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いつか記憶の降りつもる  作者: 和泉 利依
エピローグ
95/96

- 1 -

「春だねー」

 風に散らされた桜が、強い風に舞っている。

「お花見、行きたいわね」

「早紀のとこの入学式、うちと同じ5日だったよね。終わったら、中央公園、行ってみない? その頃がちょうど見頃になるんだって。あ、夜桜も見たいな、私」


 私、乃木奏子は、幼馴染の林早紀と無事にこの春、高校を卒業して希望大学へと合格した。早紀と別々の学校になっちゃったのは、仕方のないことだけどちょっとさみしい。口には出さないけど早紀も気持ちは同じようで、春休みになってからも、買い物に行ったり遊びに行ったり、毎日のように私たちは会っていた。お互い実家から通える学校に受かったこともあって、春休みはのんびりと過ぎていく。

「夜桜……」

 小さく繰り返した早紀に、彼女が何を言いたいか見当がついた。


「やだな、もう、気にしてないよ? 野宮君とは、今はもう、全然普通の友達だし」

「そお? ならいいんだけど……でも、絶対お似合いのカップルだと思ったんだけどな」

「今でも仲はいいよ。でも、なんかほら、私達ってどうにも色っぽい感じにならなくて」

 去年、私が夜桜を見に行ったのは、当時付き合っていたクラスメイトの野宮君だ。


 野宮君に告白されて付き合い始めたのは、二年も終わろうとする春のこと。けれど、結局夏を待たずに、私たちはただの友達へと戻った。野宮君はいい人だけれど……友達以上には、私の中で野宮君の存在が大きくなることはなかった。それは、彼にもわかっていたんだと思う。

『友達に戻ろう』そう言いだしたのは、野宮君だったから。

 多分、私は彼を傷つけてしまった。


「で、今日はどこへ行くの?」

 重くなりそうになった気分を断ち切るように、私は早紀を振り向いた。

 お昼を少し過ぎたほどの今の時間は、うらうらと日差しが心地よく降り注いでいる。今日は連れて行きたいところがあるから、と言われて、行き先も知らされずに早紀に呼び出されたのだ。


「それなんだけど、ねえ奏子、一緒にバイトしない?」

 私の台詞を待っていたように、早紀がにっこりと笑った。

「バイト? いずれはやってみたいと思ってたけど……学校始まってからの方がいいんじゃない? 始まってみないと、大学生活のペースってわかんないし」

「でも、すっごく雰囲気のいい喫茶店なのよ。も、ひとめぼれしちゃった」

「えー、喫茶店って、ウェイトレス? 早紀は慣れてるだろうけどさあ、私、バイトどころか接客業なんてやったことないじゃない。ちゃんとできるかなあ」

「大丈夫よ。それにね」

 なぜか早紀が視線をそらす。

「学校が違っちゃっても、同じところでバイトしてたら、いつも奏子に会えるじゃない」

 その言葉に言葉がつまる。

「……早紀」

 感極まった私をチラリと見て、早紀がいたずらっぽく笑った。

「というかね、本当は、奏子と一緒だからってお母さんに了解してもらったんだ。だから、お願い」

「ええ? こら、そういうことは本人に確認してから……」

 言いながら、ふいにひっかかるものを感じる。

「早紀、前にも同じこと私に言わなかった?」

「え? 奏子をバイトに誘うのは初めてだと思ったけど……」

 そうよね。私も誘われたのは初めてだと思うけど……


 何か、ちらちらとした残像が記憶の隅に引っかかっている。なんだろう、この感じ。肌を刺す、季節外れの暑い日ざし。ステンドグラスの向こうに降る、雨の音。

 このうららかな春の日に?


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