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「言って。奏子の声で、聞きたい」

 ねだるように、甘く、囁く瞳。くやしい。くやしいけど、そんな風に言われたら。

「…………………………好き」

「聞こえない」

 小さい声で言ったら、アルが笑んだまま即答した。

「……好き」

「聞こえないよ」

「好き! 好きだってばっ……!」

 なかばやけになって声に出したら、アルに思い切り抱きしめられた。

「ありがとう……」

 その顔は見えないけれど、なぜだか、アルが泣いているような気がした。


「……アルがいなくなったら、さっさとかっこいい彼氏作っちゃうんだから」

 わざと茶化したら、耳元で、ふ、と笑う気配がした。

「俺よりいい男がいるなら、ぜひとも見てみたいね」

「あんたより優しい人なんて、きっといっぱいいるわ」

「けれど、お前が俺より好きになる男なんて、この世にいるわけないだろ」

「な……」

 も、ああいえば、こう言う……本当に口の減らない男。

 でも。

 しょうがないわよね。私が好きになったのは、そういう男なんだもの。

 この気持ちは、どこからくるんだろう。生まれる前、この人を愛していたから? 

 そんなのどうでもいい。

 だって、私は、今、この人を離したくない。

 好き、だから。

 私は、小さくため息をついてその背にゆっくりと手をまわした。


「そこまで言うなら、待っててあげてもいいわ。でも、早く帰ってこないと、アルのことなんて忘れちゃうわよ? だから……」

 軽く言うはずだったのに、声が震えてしまったのは失敗だったわ。

「約束して。必ず、また、会えるって……」

「奏子」

「絶対、絶対に、戻って……くるって……」

 体を離したアルの顔が、ゆっくり近づいてくる。私は、そ、と目を閉じた。

 キス、される。と、思った。のに。

 アルの唇が触れたのは、私の首筋。触れる直前に、小さく、ごめん、と聞こえた。

 驚いて目を開ける間もなく、私の意識はそのまま、深い闇へと落ちていった。


  ☆


 誰かが、歌っている。


 私は、眠りに落ちる寸前のような、逆にもうすぐ目が覚めるときのまどろみのような、ぼんやりした意識の中にいた。


 きれいな、声。


 閉じた目を、無理やりあける。白い空間。その声の主を探して首をめぐらした視線の先に、髪の長い女性が座っていた。

 私はゆっくりと、彼女に近づいていく。手も足も、まるでおもりがついているようにうまく動かない。

 ああ、そうなんだ。

 みんなが言っている水の抵抗って、こんな風に感じるものなのね。


 小さく何かの歌を口ずさみながら、彼女はその手の平から白い砂をこぼしていた。砂は、彼女の前で小さな山になっていく。


 何をしているの?

 そばに立つと、彼女は歌うのをやめて私を見上げた。

 大きな丸い瞳は、私を見つけてにっこりと笑う。

 

 見ているの。


 何を。


 魂の行く末を。


 その砂のこと……?


 そう、ね。これは、記憶の砂。


 記憶の?


 そう。この粒の一つ一つが、見たもの、聞いたもの、感じたもの……すべて、私達が生きたことの証。


 さらさらとその手から流れ落ちていく、綺麗な、砂。


 魂の続く限り、この砂は降り積もり続ける。下にある記憶は、砂に埋もれて次第に見えなくなっていくけれど、決してなくなるわけじゃない。


 それは……私達のこと?


 彼女は、もう一度嬉しそうに微笑んだ。


 アルを、よろしくね。


 つきり、と胸が痛む。

 だって、行ってしまう。アルは、私を置いて。一人で。


 帰ってくるって言ってたじゃない。


 そうだけど……信じても、いいのかな。


 大丈夫よ。口ではいろいろ言うけれど、アルは思い込んだら一途よ? 

 

 ……知っているわ。だって、百年もの長い間、たった一人を追っていけるような人だもの。

 すねたような私の口調に彼女が笑って、あたりがさざ波のように震えた。


 最後に、私の力、ひとつだけ残しておいてあげる。あの自惚れ屋に、奏子だって文句のひとつも言いたいでしょ?


 笑う彼女の姿がゆらめく。

 夢が、覚める。


 あなたと話がしたかった。でも、もうその必要もないのね。

 そうでしょう? 


 リシィ。

第十章、そして本編が終わりです。あとは、気軽にエピローグを、どうぞ。さてさて。

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