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少しだけ、血が出る的な痛いシーンがあります。苦手な方はご注意を。

「ぐわっ!」

 と、悲鳴と同時に、肩にかかった手が離れた。冷たい雨の中でもわかるくらいの温かい液体が私の体にかかる。強い鉄の匂いに、反射的に吐きそうになる。

「すみません、叔父さん。今、手加減できる体調じゃないんです」

「お前……」

 体を起こすと、アルが息をきらして私を背に向けていた。その向こうに、歪んだ目をアルにむけたディードがいた。肩を押えたその指の間から、血がしたたっている。


「血迷ったか、アルト」

「私は、本気ですよ」

「アル!」

 苦笑しながら振り向いたアルは、まだ顔色が悪いままだった。その手には、短剣が握られている。

「ごめんなさい。私、また……」

「説教ならあとでたっぷりしてやる。……本当にお前は、やっかいなお姫様だよ」

 憎まれ口は相変わらずだけど、細めた目はどこか優しげに見えた。アルはもう一度ディードに振り向くと、今度は凛とした声で言った。

「手を引いてください、叔父さん。あなたを、傷つけたくないんです」

「私も、本当ならお前を傷つけたくはない。お前を……お前のままで連れて帰りたいんだ」

 風が鳴った。空気がひとつの塊となって、アルに襲い掛かる。


「アル!」

 鋭い風が、今度はアルを切り裂く。その体中から血飛沫があがった。少しよろめきながらも、アルは短剣を握ってしっかりと立っていた。さらに風がアルを取り巻く。

「やめてよ! アルが大事なんでしょ! お願い、傷つけないで!」

 怒鳴りながら踏み出しかけた私を、風の壁が阻んだ。鼻先で風が鳴る。

「動くな、奏子!」

「ああ、とても大事だよ」

 肩の傷を押さえながら、ディードが言った。


「兄が死んでからというもの、息子のいない私が実の息子のように手塩にかけて育ててきた。なのに、何故、お前は今私に刃をむける?」

 キィィィィ……ン

 アルを取り巻いていた風が悲鳴をあげた。渦巻く風を押しのけるように膨らみ始める別の風。絡み合う風が、光を帯び始めた。アルの髪が逆立つ。


「違う……俺は、あの時気づいたんだ。あの時まで俺の言うことは絶対だった。けれど、あなたたちは、人里で消えた母を探してくれなかった。それどころがすぐに別の女性を探し始めて……それでやっと、あなたたちに必要なのは、俺ではなく、直系の血を持つ跡取りだということに気づいたんだ。その立場にあれば、俺でなくても……誰でも、よかったんだ!」

 は、としたようにディードが顔をあげた。


「リシィに出会って、初めて俺は、俺になることができた。彼女といる時だけは、俺は宿命も一族も関係ない、ただのアルでいられたんだ。この体だって血だって、全部あなたたちにくれてやることを選んだ。望んだものはたった一つ……たった一つだけだったのに……なぜそれだけのことが許されないんだ!」

 つ、とアルが目を細めた瞬間、風が内側から爆発した。

 風圧に耐えるために一瞬閉じた目を開けると、アルが持っていた短剣が風に吹かれて遠くへと飛ばされるのが見えた。それを素早くディードが手に取ってアルに走り寄る。

「アル!」


 自分へと振り下ろされたその短剣を、アルは素手で受け止めた。血しぶきがあがる。悲鳴を上げた私の目の前で、二人がその姿のまま固まった。

「水の精はもういない。なのに、お前はこれ以上何を望む?」

「確かにあの頃俺の望んだ水の精は、もういない。けれど、望むものなら、今も、ある」

 返り血を浴びたディードをまっすぐ見つめて、アルはよどみのない声ではっきりと言った。

「ある人に、伝えたいことがある。守りたいものがあるんだ。そのために、俺は必ず、自由に、なる……なってみせる。それが、今の俺の望みだ」

「そんなことが許されるとでも……!」


  ―― 嬉しい ――


 その時、緊迫した空気には場違いな、はずんだ声が頭の中に響いた。



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