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- 9 -

 慣れた道を、ひそやかな雨に濡れながら歩いてゆく。あたりは、重苦しい雨雲のせいか、必要以上に暗いように見えた。

 だから、震えているのは、暗い夜道のせい。これから私がしようとしていることに、怯えているわけじゃない。


 ふと、背後で何かの気配がした気がした。何の気なしに振り返った私の前、黒い影が横切ってぎょっとする。

 え? なに?


 立ちすくんだ私の目の前。そこでは、切り取った闇のような黒い影が踊るように舞っていた。ううん、違う。戦っている?

 強くなってきた雨の中に、影が二つ。ひとつは大きいけど……犬? もうひとつは、見覚えのある長身で細身の後姿。

 アルが、空中で犬とぶつかって勢いよくはじける。地面に落ちる直前、くるりと回って体勢を整えた。そのまま地上に片足だけつくと、勢いをつけて高く跳躍する。犬が再度とびかかって、両者の間に光が散るのが見えた。


 無音だった。聞こえるのは強くなり始めた雨音だけ。音を消したテレビを見ているようで、目の前の光景にはまったく現実感がなかった。

 ほとんど後ろ姿しか見えないアルは、こころなしか苦しそうに見える。いつか、彼のおじさんにみせたような威圧するようなオーラが、今のアルにはない。


「アル……?」

 無意識に漏れた小さな声だったけれど、その声で、アルと犬の動きが止まった。と、その犬は視線を私に向けて、そのまま私めがけてとびだした。

「奏子!」

「きゃああああああ!」

 とっさに傘を突き出して目をつぶる。ざくっと嫌な音がした。でも、手ごたえがない。


 おそるおそる目を開けると、アルの腕が私と犬の間に入っていた。目の前にあったその犬の姿を見て悲鳴をあげる。

 その犬は全身の毛を逆立てて、泡を吹きながらアルの腕をぎりぎりと噛み砕こうとしていた。真っ赤な血が、アルの腕から流れている。


「奏子、逃げろ!」

 腕をかまれたままで、アルが叫んだ。その声で正気に返る。

「な、アルはどうするのよ?!」

「俺のことはいいから、早く行け!」

 その間もその犬は、にごった赤い目を私に向けていた。私を狙っているんだ。アルの苦悶の表情がさらに深くなる。

 ごきっ。

 嫌な音が響いた。


「だめ!」

 私の叫びと同時に、激しく降っていた雨のしずくが、形をかえる。するどい針になったそれは、その犬の化け物めがけて突き刺さった。

「ギャン!」

 予期せぬ襲撃に、犬が食いついていた腕から口を離す。そのまま、地面を転がり回ってうめき声をあげ続ける。

 私は、その光る針を呆然と見つめた。

 

 なに……あれ。水の……針?

 もしかして、私の力?


 と、その隙を逃さずに、アルが何か呪文のようなものを唱えた。同時に、持っていた一振りの短剣を逆手に持ち直すと、最後の言葉と一緒にそれを犬の額につきたてた。

 ものすごい悲鳴をあげて犬が離れる。しばらくは痙攣していたけど、じきに動かなくなった。いつの間にか、水の針は消えていた。


 肩で息をしていたアルはそれを見届けると、その場に崩れ落ちるように座り込む。

「アル!」

 膝をついたアルの顔は、白いを通り越して青白く、血の気というものがなかった。呼吸が荒い。


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