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「ひどいけが……」
手を差し出そうとした私を、アルはきつい目つきで見上げてきた。
「なんでこんな夜中にのこのこと出歩くんだ、この不良娘!」
どこにそんな元気があったのか、大声でどなりつけられる。
「もう少しで殺されるとこだったんだぞっ! 自分が狙われてるって、もっと自覚をもてよな!」
「な……そんなの、アルには関係ないでしょ!」
「二度と、そんな力使うな」
「力って……」
私の使った、水の力のこと?
「でも! これだってリシィが私の中にいる証拠でしょ? もしかしたら、こうやって力を使っていけば、いつかリシィの記憶も……」
「思い出さなくていい! お前は……!」
そこで声がつまって、アルは激しく咳き込んだ。のどの奥からひゅうひゅうと苦しそうな息がもれる。
思い出さなくて……いい?
なんで? だって、それこそがアルの望みでしょ? たった一つ、それだけが私がアルのためにできることなのに……
「……とにかく、家に行きましょ。手当てをしないと」
アルの腕。あの犬に噛みつかれたとき、嫌な音がした。あれはきっと……骨のくだける音。
アルは無言でふらりと立ち上がった。怪我をしていないほうの腕をそっと支えても、アルは何も言わなかった。
一緒に歩きながら、私はその顔をみることができなかった。
怒らせた。
そうだよね。自分を大事にしろ、って昨日言われたばかりじゃない。万が一私が死んだら、せっかく見つけたはずのリシィもまたどこかへ行ってしまうのかもしれない。百年も追いかけて来てようやく見つけた恋人だもの。不用意な行動をとる私を、アルはどれほどいらだたしく思っただろう。
前を向いたまま、小さな声で私は言った。
「ごめんなさい」
アルは何も言わなかった。
☆
「もう落ち着いたから大丈夫だよ」
ユーキがキッチンのドアを閉めながら言った。
『リースリーナ』の2階、ダイニングキッチンのテーブルは6人掛け。その一つに私はおとなしく座って、借りたタオルで濡れた体を拭いていた。
「アルの腕……」
「あれくらいの傷なら、一晩で治るよ」
「え?」
涼しげに言って、ユーキはポットでお湯を沸かし始めた。
「僕らの治癒能力は、人間とは比較にならないからね。心配しなくても大丈夫。それに、僕がちゃんと治療しておいたから」
けらけらと笑いながらユーキが言う。いや、あれは笑いごとじゃないでしょう。
「今のアルでも?」
ひき終わった豆をプレスにうつしていたユーキが振り返る。
「昨日からアル、どう見ても体調悪そうだわ。もしかして、病気?」
私はテーブルの上に身をのりだして、向かいに座ったユーキに迫る。
「ね、お願い。アルがどうしてあんなに具合悪そうなのか、知ってたら教えて」
「僕が言っていいものかなあ……」
からのカップをもてあそんだまま、視線をはずしてユーキが話し始めないものだから。
「言ってくれないのなら……」
「言ってくれないのなら?」
ユーキが繰り返した。
「こうよ」
テーブルの上にあったスプーンを二つ、さ、と取り上げて直角に交差させる。
きょとんとした表情のユーキ。
あ、あれ? 変だな。吸血鬼なら怖がるかと思ったんだけど。
十字架のつもり、なんだけど、な。
それに気づいたらしいユーキがすごい勢いで吹き出した。




