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「なんなの、この部屋」

「いい眺めだろう。反対側には、昼用に海の見える部屋が用意されてる」

「アルって、一体……」

「言ったろ。ここ、一族の経営するホテルなんだ。俺は大切な大切な跡取りですからね。こういう特権もあるんですよ」

 ふざけた口調で言っているけれど、顔に浮かぶのは自嘲だ。

「本当はこんなとこ、出来る限り近寄りたくもないところなんだ。獅子身中の虫もいないとは言い切れなかったし……ま、それでも柴田みたいに信頼できる連中も多かったし、何より女性の喜ぶところ、って考えたら、経験的にここが一番だったから」

 その言葉に、ビミョーな気持ちになった。

 それほどに嫌な場所でも、リシィのためなら我慢することができるんだ。

 アルの気持ちはわかってる。わかってる、つもりだったのに。

 ばかみたい。私、何浮かれてたんだろう。


「そうね。素敵なとこなんじゃない?」

 ついつい口調もそっけなくなる。

「なら、これで許してもらえるかな?」

「許すって……」

「かなり、怒っていただろ?」

「別に……怒ってなんか……」

 とっさに、さっきの彼女が頭に浮かぶ。気付かれていたんだ。

 別に、アルに怒ってたわけじゃない。わかっていたはずなのに、浮かれてしまった自分自身の馬鹿さ加減が腹立たしかっただけよ。


「最初から、騙すつもりでいたわけじゃないんだ。けど、結果的にそうなってしまったんだから、奏子の怒る気持ちも当然だと思う」

「…………は? 騙す?」

 かみ合わない会話に、顔をあげる。アルは、存外真面目な顔で居心地悪そうに目をそらした。

 騙すって、何の……

 あ。 

 唐突に、アルの台詞に思い当たった。


 騙して知らん振りして、私を怒らせたアル。そういえば昨日からの騒ぎでうやむやになっていたけれど、もしかして、あれ、まだ気にしていたの? ……私が、許さないって、言ったから……

「じゃあ、今日一日って……」

「先日のお詫び、になれば、と。どうだろう。許してくれるかい?」

 珍しく落ち着かない態度のアルに、すとんと、肩の力が抜けた。


 そっか。じゃあ、遊園地で遊んだのも、近寄るのも嫌なこのホテルにわざわざ連れてきてくれたのも、みんな、本当に私のために……

 他の、誰のためでもなく。

 急に笑いがこみ上げてきた。声をだして笑う私をいぶかしげにアルがみつめる。

「奏子?」

「ここまでやられちゃしょうがないわ。許してあげる」

 ほ、としたアルの顔がまたおかしくて、笑いがとまらなくなる。


 オードブルが運ばれてくる。一緒に目の前に置かれたドリンクは、アルは赤ワイン。私は、ロンググラスに入った薄いピンク色の液体。中に小さなバラの花が沈んでいて、幾筋もの細い気泡をあげていた。

「さっき言ったこと、まんざら嘘でもないよ?」

 乾杯のかたちに軽くグラスを持ち上げ、アルが言った。揺らめく炎に照らされたその顔は、ほのかな影をともなっていつになく艶っぽかった。

「そうやって装っていると、奏子もなかなか捨てたもんじゃないね」

「あら、こんないい女捨てる人なんて、いるのかしら」

「言うね」

 笑いながら、一気にグラスを干した。

「もし奏子が捨てられて泣いていたら、拾ってやってもいいよ」

「それはどうも。どうしてもって泣いて頼むなら、拾われてさしあげてもよろしくてよ?」

 笑うアルを無視して、私は少しだけグラスを傾けた。ピンクのとろりとしたそのドリンクは、すばらしくおいしかった。


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