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「本当ならここからがデートの醍醐味なんだけど。まあ、奏子にはまだ早いよな」
食事の後、着替えたいと言った私を、アルは自分の部屋に連れてきた。アルの部屋、なんてのがあるんだ、このホテル。しかも、最上階のスィート。
私は、テーブルの上に置いてあった自分の荷物をとりあげながら振り向く。
「子供扱いしないでよ」
「おや? まるで誘っているみたいだよ、その台詞」
「何ばかなこと言ってんの。勘違いしないで」
先に着替え終えたアルと入れ違いに、ベッドルームへと向かう。今度アルが着てきたのは、さっきのとはまた別のカジュアルなシャツだった。
「もったいない。せっかくきれいなのに」
すれ違いざま、アルが私のスカートのすそにさらりと触れた。一瞬鼓動が早くなったことを悟られないように、平静を装う。
確かに、こんなきれいな格好も捨てがたいけれど。
シンデレラタイムは、もうおしまい。
「こんな格好で帰ったら、親がひっくり返っちゃうわよ」
「奏子、着替えるのは、こっち」
と、渡されたのは有名なブティックの大きな紙袋。
「それなら、ご両親もびっくりしないだろ?」
入っていたのはカットソーとミニ丈のスカート。ご丁寧に靴までそろえて。
「ちょっ……こんなにもらえないわよ」
結局、今日は一日全部アルのおごりで過ごしてしまったし。
「いいんだよ。言ったろ? 俺のわがままなんだから。それとも」
近づいてきたアルが、私の顔をのぞき込む。
「他の女達みたいに、少し差し出してみる?」
なにを、とは言わないけれど。思いっきりベーと舌を出して。
「冗談。そこらへんの女と一緒にしないでよ」
笑うアルに背を向けて、今度は私がベッドルームに入る。
広い部屋の中央に大きなベッドがひとつ。その上には、アルが脱ぎ散らかした服が散乱していた。
もう、しわになっちゃうじゃない。男の人って、だめだなあ。
それを一通りハンガーにかけてから、自分の着替えも済ませた。頭は……無理だな。これはしょうがない、このまま家に帰ろう。とりあえず、飾られていたパールだけをとって。
用意されていた服は、私の体型にぴったりだった。というか、すごく、私好みの服。これも柴田さんが用意してくれたのかな。結局ちゃんとした挨拶ができなかったのが、少し残念。
「似合うよ」
着替えて出てくると、窓辺で外を見てたアルが振り返った。この部屋の窓も、外に向かう面は全てガラス張りになっている。ガラスに映りこむ照明を落とした室内の向こうに見えるのは、果てしない闇だけ。
吸い込まれそうな闇をバックにしたアルに、少しだけ見とれる。
この人、と、私は、一日一緒にいたんだ。
「奏子?」
ついぼんやりとしていた私は、呼ばれて、は、と我に返った。何気なさを装ってアルの隣に立つと、視線を落とす。そこには、さっきの部屋と同じように、一面に光がちりばめられていた。
「ありがとう、アル」
「ん?」
素直に言うのは、少し照れくさいけれど。
「今日は、まるでお姫様になったみたいで、本当に楽しかった。こんな夢みたいな気分、初めてよ。もう、怒ってないから、私」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
なにより、今日の思い出が全部、私のためのものだってわかったから。
たとえ、それが今日一日だけの思い出だったとしても。魔法使いの魔法はもうすぐ切れて、私はまた、ただの女子高生に戻る。
「私、ちょっとがんばってみるね」
「何を」
「アルの大切な人を……リシィのことを思い出せるように」
「………………え?」




