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と、野宮君はまだそこで私を見ていた。
昨日のことがあったから、今日は一日、野宮君とは話をしていない。避けているのは、向こうも気づいてるんだろうなあ。
緊張しながら見ていると、野宮君は、ふ、と微笑んでそのまま教室をでていく。
いやーな汗が全身に吹き出していた。
なんなのよ、一体。言いたいことがあるならはっきりと……
いや、言わなくてもいいかな。うん、いいよ。なんか、こわいし。
「奏子」
電話の終わったらしい早紀が、顔をあげた。
「お母さん、学校まで迎えにくるって。だから、ここで待ってるわ。バイト、お願いね」
「おばさんくるまで、一緒にいようか?」
「ううん。図書館に行って暇つぶす」
「わかった。バイト、今日明日と休みって言っておくから、明日は家にいなよ」
「ありがと。一晩眠って元気になれれば行くけど……」
「無理しないで。顔色、めっちゃ悪いよ」
「そう? ……そうね。じゃあ、休もうかな」
『リースリーナ』は、基本的に日曜を休みにしてもらってる。だから、明日の土曜はバイトあるけれど、明後日は休みだ。二日も休めば、具合もよくなるだろう。
青い顔の早紀を図書館まで送って、私は急いで学校をでた。
☆
「やあ」
店に入ると、悠希さんがちょうどテーブルを拭いていた。
「こんにちは。マスターは?」
「裏にいるよ。あれ? 一人?」
「はい。急で申し訳ないんですけど、早紀、今日と明日、休ませてください。ちょっと具合悪くて」
「あー……」
ん?
いきなり納得したような声を出した悠希さんは、急に私に背を向けてまたテーブルを拭き始めた。
まるで、しまった、と言わんばかりに。
その姿に、ざわり、と胸が騒ぐ。
早紀が具合悪いことなんて、悠希さんには何の関係もない。はず。
なのに、めずらしくあせったようなその姿が気になる。
悠希さんは、何かを知っている。
根拠なんてない。ただの私のカン。
「悠希さん」
「ん?」
悠希さんは、振り向かない。
「何か、隠してます?」
「何か、って?」
「早紀、すごい具合悪そうだったんです。まるでひどい貧血の」
「奏子さあ」
私の言葉を遮って、砕けた調子で悠希さんが振り向いた。
「あいつのこと、どう思ってる?」
営業用の笑顔じゃない。これは、意地悪な時の笑顔だ。
「あいつって……」
「あいつ」
悠希さんは、人差し指だけ立てて、上の方を示してみせた。店の二階。おそらく、マスターがいるはずの。
「たとえばさ、あいつが、早紀ちゃんが好きでついキスしちゃった、って言ったら……」
「悠希さん!」
思わずあげてしまった大声は、わずかに裏返ってしまった。
「早紀は、そんなこと……」
「でもほら、あいつ顔だけはいいから、無理やり迫られたら早紀ちゃんだってふらふらと」
「ありません! そんなこと!」
だって、早紀が好きなのは悠希さんだし……でも。
夕べの二人。あれは、どうして。
に、と悠希さんが笑った。
「大丈夫そうだね」
悠希さんは、持っていたダスターをぽい、とテーブルの上にほおり出す。
「おいで」
そうして、私を誘って休憩室の扉をあけた。




