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休憩室に入ると、マスターがちょうど階段を下りてきたところだった。私の顔を見たマスターは、ちょっと目を見開いた。
「奏子?」
「なんですか」
思いがけない不機嫌そうな声が出て、自分でも驚いた。マスターも、わけがわからないといった顔だ。
そんなマスターの横を通って、悠希さんは二階へとあがっていく。
「あと、よろしく」
「悠希?」
「お前の責任だから。うまくやれよ」
それを聞いて、マスターがふいに目を細めた。
「もう、いいのか?」
「ああ」
なんだかわからないけれど、それだけでマスターには通じたようだった。肩をすくめて悠希さんを見送ると、私に向き直る。
「さて、と。奏子、俺に言いたいこと、ある?」
「別に、何も……」
「じゃあ、なんでそんなに怒ってるんだよ」
「怒ってなんか……」
ふい、と横を向くと、視界の端にマスターがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「ああ。怒ってるんじゃないか。拗ねてるんだ」
「なんで、私が……」
「夕べ、何を見たの?」
どきん。
マスター、私に気づいてたの?
「み、見たって……」
何気なく返したつもりの声は、自分でも情けないくらい震えていた。すぐ目の前に立ったマスターが、小さく言いかける。
「俺と、早紀が」
私は、かたく唇をかみしめて視線を落とした。
泣くもんか。たとえマスターの口から、何を聞いたとしても。
と、あろうことか、マスターがくすくすと笑い始めるのが聞こえた。
「奏子、自分がどういう顔してるかわかってる?」
「え?」
す、とマスターの指が私の目じりを押えた。
「そそるなあ、その顔。そんな風に嫉妬してもらえるのは、男冥利につきるね」
嫉妬?
思いがけない言葉に顔をあげると、マスターが笑んだまま顔を近づけてくる。そこにあったのは、初めて見る挑戦的な視線。
「まあ、そろそろ頃合いかな、とは思ってたんだ。猫被ってるのも、たいがい疲れてきたし。どう? 少しは俺の印象、変わった?」
「……マスター?」
その口調に、私は眉をひそめた。
いつものマスターと違う妙になれなれしい態度が、何か記憶にひっかかる。この話し方って、どこかで……
はた、と、あることに思い当たった。
なれなれしい口調……挑むような視線…………まさか……
「印象って……私、以前にマスターに会ったこと、ありましたっけ?」
「やだなあ、マスターだなんて」
震える声で聞いた私にマスターは、額にかかった少し長めの髪を振り払うようにして、ざ、と、頭を振った。癖のある柔らかそうな髪が、一瞬でそれは見事な金髪になる。
「アルって呼んでくんない? レイディ」
そう言ってアルは、澄んだ深い青の瞳でばっちりとウィンクを決めてみせた。
☆
「あ、あ……………」
あまりのことに口が開いたままふさがらない私を見て、アルは笑いながら私を抱きしめた。
「いや、もう、手を出すなってユーキに釘刺されてたから、我慢するのが大変だった。これでやっとお前に触れられる」
「は、離して!」
「やだ。もうちょっとこうさせろよ」
「いやっ! ばかー! 変態! いつもの冷静沈着毒舌のマスターはどこいったのよ!」
「そこ、余計なのいろいろ混ざってるぞ。あれもこれも、俺に決まってるだろ。渋い俺もなかなかのものだろ?」
「こんなのマスターじゃない! 騙したわねえええええ!」
「あんまり騒ぐと、大人のやり方でその口ふさぐぞ」
顔を近づけてくるアルを、思い切り押し返す。その手が、怒りで震えた。
「夢、じゃ、なかったのね……」




