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  ☆


 休憩室に入ると、マスターがちょうど階段を下りてきたところだった。私の顔を見たマスターは、ちょっと目を見開いた。

「奏子?」

「なんですか」

 思いがけない不機嫌そうな声が出て、自分でも驚いた。マスターも、わけがわからないといった顔だ。

 そんなマスターの横を通って、悠希さんは二階へとあがっていく。


「あと、よろしく」

「悠希?」

「お前の責任だから。うまくやれよ」

 それを聞いて、マスターがふいに目を細めた。

「もう、いいのか?」

「ああ」 

 なんだかわからないけれど、それだけでマスターには通じたようだった。肩をすくめて悠希さんを見送ると、私に向き直る。


「さて、と。奏子、俺に言いたいこと、ある?」

「別に、何も……」

「じゃあ、なんでそんなに怒ってるんだよ」

「怒ってなんか……」

 ふい、と横を向くと、視界の端にマスターがゆっくりと近づいてくるのが見えた。

「ああ。怒ってるんじゃないか。拗ねてるんだ」

「なんで、私が……」

「夕べ、何を見たの?」

 どきん。

 マスター、私に気づいてたの?


「み、見たって……」

 何気なく返したつもりの声は、自分でも情けないくらい震えていた。すぐ目の前に立ったマスターが、小さく言いかける。

「俺と、早紀が」

 私は、かたく唇をかみしめて視線を落とした。

 泣くもんか。たとえマスターの口から、何を聞いたとしても。

 と、あろうことか、マスターがくすくすと笑い始めるのが聞こえた。

「奏子、自分がどういう顔してるかわかってる?」

「え?」

 す、とマスターの指が私の目じりを押えた。

「そそるなあ、その顔。そんな風に嫉妬してもらえるのは、男冥利につきるね」

 嫉妬? 

 思いがけない言葉に顔をあげると、マスターが笑んだまま顔を近づけてくる。そこにあったのは、初めて見る挑戦的な視線。


「まあ、そろそろ頃合いかな、とは思ってたんだ。猫被ってるのも、たいがい疲れてきたし。どう? 少しは俺の印象、変わった?」

「……マスター?」

 その口調に、私は眉をひそめた。

 いつものマスターと違う妙になれなれしい態度が、何か記憶にひっかかる。この話し方って、どこかで……

 はた、と、あることに思い当たった。

 なれなれしい口調……挑むような視線…………まさか……

「印象って……私、以前にマスターに会ったこと、ありましたっけ?」

「やだなあ、マスターだなんて」

 震える声で聞いた私にマスターは、額にかかった少し長めの髪を振り払うようにして、ざ、と、頭を振った。癖のある柔らかそうな髪が、一瞬でそれは見事な金髪になる。

「アルって呼んでくんない? レイディ」

 そう言ってアルは、澄んだ深い青の瞳でばっちりとウィンクを決めてみせた。


  ☆


「あ、あ……………」

 あまりのことに口が開いたままふさがらない私を見て、アルは笑いながら私を抱きしめた。

「いや、もう、手を出すなってユーキに釘刺されてたから、我慢するのが大変だった。これでやっとお前に触れられる」

「は、離して!」

「やだ。もうちょっとこうさせろよ」

「いやっ! ばかー! 変態! いつもの冷静沈着毒舌のマスターはどこいったのよ!」

「そこ、余計なのいろいろ混ざってるぞ。あれもこれも、俺に決まってるだろ。渋い俺もなかなかのものだろ?」

「こんなのマスターじゃない! 騙したわねえええええ!」

「あんまり騒ぐと、大人のやり方でその口ふさぐぞ」

 顔を近づけてくるアルを、思い切り押し返す。その手が、怒りで震えた。

「夢、じゃ、なかったのね……」



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