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雨は、好き。
はるか空の上から流れ落ちてくる、水のしずく。ひそやかな雨たちの声。
一日眺めていても、飽きることはない。
「お前、もう一時間もそうやってるぞ」
声が近いと思ったら、いつの間にかマスターが私の隣に立っていた。
ふわり、とコーヒーのいい香りがする。
「いいじゃないですか。雨、見るの、好きなんですよ」
マスターは、私と同じように窓の外を見て、ひっそりと呟いた。
「ああ。気持ちいいよな」
マスターの口からこぼれた意外な言葉に、隣に立つその顔を盗み見る。私より、ずっと背が高い。私たちに口うるさく言うだけあって、マスターの姿勢もとてもきれいだ。こうしてみると、やっぱり整った顔してる。
店内には、今日はモーツァルトが小さくかかっていた。
いつの間にか、私は、じ、とマスターを見つめてしまったみたいだ。その視線に気づいたらしいマスターが、私を振り向く。
「ん?」
珍しく穏やかな表情で、マスターが口元を少しだけほころばせた。
とたん、急に頬が熱くなって、私はあわててまた視線を外にむける。
ちょうどその時、ベルをならしてお客さんが入ってきた。
「い、いらっしゃいませ!」
声が裏返ってしまって、あわてて咳をしてごまかす。
び、びっくりした。
「こんにちはー」
「あー、もう、雨のせいでブローがくしゃくしゃ」
「やーん、足元濡れちゃった」
口々に言って入ってきたのは、常連のOLさん三人組だ。今日はお仕事お休みなのか、いつものスーツじゃない。
お水を持っていくと、こっそりと私に耳打ちされる。
「持ってくるの、悠希さんにお願いしてもらってもいい?」
この人たちのお気に入りは悠希さんで、来たときには必ず悠希さんを指名する。
ここ、そういうお店じゃないんだけどなー。
カウンターに戻って悠希さんにこっそり指名を告げると、悠希さんは読んでいた本を閉じて立ち上がった。一応笑顔だったけれど、あれ、絶対めんどくさいとか思ってる。
「ここ、三人もバイトいなくてもいいんじゃないですか?」
コーヒーを淹れるマスターを見ながら、なんとなく口に出た。
ゆったりとテーブルを配置してあるせいで、この店の収容人数は思ったより少なかった。これならバイトは一人でも十分やっていけそうな気がする。
ていうか、そもそも、メニューも簡単な飲み物と日替わりのケーキだけ、営業時間は夕方の数時間、って、儲けようって気持ちが全然感じられない。こういうのって、フツー定年迎えたおじいちゃんが趣味でやるものじゃないんだろうか。そこにバイトが三人って、どう考えても人件費の方が多かろう。
「三人て……それ、僕も人数に入っているの?」
コーヒーを三つトレーに乗せた悠希さんが、聞きつけて顔をしかめた。
「そうですけど……」
「僕はただの暇つぶしだよ。それに一応、ここのオーナーだからね」
「え?」
早紀と、私の声が重なる。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「バイトの先輩かと思ってました」
「……残念ながら」
答えた悠希さんは、目だけが笑っていなかった。




