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「店が混む前に休憩してこいよ」
悠希さんが行ってしまうと、マスターがことりと一枚のお皿を差し出す。仕事もしないで休憩も何もないけど、一応立ちっぱなしだから座る時間はやっぱり欲しい。
今日のケーキは、キャラウェイのスポンジケーキ。ボックスで焼いたそれは両側がお客さんには出せないものだから、必然、私たちのおやつになる。
あああああ、これがあることを考えると、簡単にこのバイトやめられないー。
ここで扱っているケーキは、全部をマスターが作っているわけではないらしい。それでも、このスポンジケーキみたいにマスターが作るものもある。くやしいけど、それがおいしいのよー。
お皿を持って裏に消えた早紀を追って休憩室に入ろうとした私の耳に、小さな声が届いた。
「九十二点」
カウンターの中で豆をはかっていたマスターを振り返る。真剣に豆を見ているその姿に、聞き間違いかと思ったとき。
私を向いたマスターの手が、ぽんと私の頭におかれた。
「さっきの姿勢、とてもきれいだったな」
いつもの意地悪を含まない素直なマスターの笑顔に、とっさに言葉がでなくて、勢いよく頭を下げてドアを閉めた。
う、わあ。
微妙な数字が気になるけれど、今までで一番の高得点だ。
熱くなった頬に両手を添えて、気持ちを静める。
マスターに認められたことが、素直に嬉しい。私は一度大きく、深呼吸をした。
「もう、なんで悠希さん、あんなに愛想がいいのかしら」
私の顔を見たとたん、早紀はにぎりしめていたエプロンをテーブルに投げ出しながら言った。
おっとっと。私はケーキをあわてて避難させる。
「さっきのOLさん?」
「そう。ここ、喫茶店よ? 指名するなら別料金、って言ってみようかな」
「それじゃホストクラブ……」
笑いかけて、本気で怒っているような早紀の顔に言葉を止めた。
まさか。
「早紀、もしかして悠希さんのこと……」
それまでふくれていた早紀が、ぽ、と顔を赤らめた。
「ん……なんかね、気になるの」
「えー!! そうなの?」
早紀が誰かを好きになるなんて、中三の時の小松君以来じゃない。
「好きなのかどうなのか、ってのはまだよくわからないんだけど、ほら、あの人優しいし」
「あー、マスターよりはよっぽどね」
「マスター、奏子には厳しいよね」
くすくすと笑いながら、早紀がちょこんと椅子に座った。つられて私も椅子に座ると、早紀が首をかしげた。
「でも、悠希さんがオーナーだったなんて知らなかったわ」
「オーナーって、マスターと違うものなの?」
「さあ……? 一体、いくつなのかしらね、あの人。てっきり私たちと同じくらいだと思っていたけど……お店を持ってるってことは、ああ見えて結構歳なのかしら」
「あれ、早紀も知らないの?」
「うん、聞いたことないわ」
「やけに落ち着いてるのは、歳くってるからなのかな。だとしたら、かなりの童顔だよね」
首をひねる私を、早紀が、じ、と見つめているのに気が付いた。
「早紀?」




