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「んー、ちょうど昨日、私が、ちょっとね」

「何か、されたのか?」

 意外に真面目な顔で、野宮君が聞いてきた。

「されたってほどじゃないわ。ちょっとからまれたくらいで。早紀の時みたいにこじれる感じじゃなかったし」

「そ、か。今日は林は?」

 ほ、とした顔になって教室の中を見回す。早紀の姿は見えない。

「手芸部の部会だって」

 早紀の入っている手芸部は、一ヶ月に一回の部会がある。とりあえずそれだけ出ていれば、あとは自由参加らしい。


 帰ろうとしたら、なぜか野宮君もくっついてきてしまった。

「野宮君、クラブは?」

「校庭を陸上の連中が使うからって、自主トレ」

「……って言いながら、どうして体育館じゃなくて昇降口へ向かうの?」

「自主的に精神トレーニング」

「ようは、サボりね」

「細かいこと言うなよ」

 どうやら、このまま野宮君も下校してしまうらしかった。


「バイト、どう?」

 靴を出しながら、野宮君が聞いた。

「なんか……きついわ……」

 私も靴を履きながら、バイト先での指導を思い出してげんなりとなる。

「仕事、大変か?」

「大変だけど、多分、野宮君が思うような大変さじゃないと思う」

 仕事がきつい、とか、回転がはやくて立ちっぱなし、とか、そんな理由で疲れてるわけではなくて。

「これからバイト?」

「うん」

「俺も行っていい?」

「え? 今日は早紀いないよ?」

「いいじゃん、別に。どんなとこでバイトしてんのか興味あるし」

「おこづかい、あるの?」

「分割で払えない?」

「払えるわけないでしょ」

 真顔で言った野宮君に、ついつい笑ってしまう。


「ま、コーヒー一杯くらいは飲めるかな?」

「サービスで、お水二杯つけたげる」

「せめてケーキとか……」

「単品だと千八百円だけど、ケーキセットにしたら二千五百円よ?」

「コーヒー一杯だけでいいです……」

 しょぼくれるその姿に、私は声を上げて笑った。


 高校の駅から電車にのって三つ目が、『リースリーナ』と私たちの家のある最寄駅だ。

 とりとめもない話をしながら、お店に着く。

「ほら、ここ」

「え? ここって、喫茶店?」

 『リースリーナ』につくと、野宮君が目を丸くした。確かに、看板もメニューも申し訳程度だし、パッと見、喫茶店には見えない。よく早紀、このお店に気づいたと思うもん。


「そうよ。いい雰囲気でしょ」

「どちらかというと、廃屋の洋館、って感じが……」

「廃屋、は、余計よ」

 男子高校生のイメージってそんなものなのかな。私は素敵だと思ったんだけど。

 先にたってドアをあける。


「いらっしゃいませ……と、奏子か。遅いぞ」

「すぐ支度します。野宮君、適当に座ってて」

 カウンターの中から声をかけたマスターが、私の後ろに視線をむける。

「お客さん?」

「同級生です」

 野宮君は、目を真ん丸にしてカウンターを見ていた。

 あー、うん、そういえば最近見慣れてきたけど、マスターってば一応美形の部類なんだっけ。


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