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「な……! てめえ、何す……!」
水をかけられなかった方の男が勢いよく立ち上がると、私に手を伸ばした。固まった私の目の前で、マスターがその腕をあっさりつかむと簡単にひねりあげる。
「い! いててて!」
「店内で暴力行為は困ります、お客さま。お望みであれば、外でお相手をしますよ? ただし」
そう言うマスターの目が、不気味に底光りした。
「その時は、あなたたちはもうお客様ではありませんので、それなりの対応をさせていただきますけれど」
「く……」
腕をひねりあげられた男は、乱暴にマスターの手を振り払う。
「畜生、二度とこんな店、こねえからな」
お決まりの捨て台詞をはいて、二人は足音も荒く出て行った。
「おさわがせいたしました」
もう一組いた女性のグループににっこりと微笑むと、マスターは私を促してカウンターへと戻る。そこには泣きそうな顔をして待っている早紀がいた。
「奏子」
早紀がとびついてくる。
「大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「うん。私は大丈夫よ。心配かけてごめんね」
「よかったあ」
マスターは、と見れば、カウンターからクッキーを取り出してお皿に飾り付けると、トレーにのせてフロアに出て行った。
さっきまで美形のマスターを鑑賞してひそひそと盛り上がっていた女性三人組は、今の男たちのせいですっかりと意気消沈していた。
「こちら、お詫びの品でございます」
そこへ、マスターが今のクッキーのお皿を置く。顔をあげた女性たちに、マスターはわずかに目を伏せて、憎らしいくらいに魅惑的な顔で微笑んだ。
「嫌な思いをさせてしまいましたね。どうか、機嫌を直して、また素敵な笑顔を見せてください」
ぽー、となった女性たちにもう一度ダメ押しの笑顔をおとしてから、マスターはカウンターに戻ってきた。
「マスターの笑顔って、利用価値高いんですね」
「これだけの逸品だ。当然だな」
さらりと言ったマスターは、残ったクッキーをお皿に乗せると、無造作に早紀に渡した。
「人も少ないし、二人で休憩取ってきていいよ」
私はともかく、早紀は動揺が激しい。確かに少し休ませた方がいいかも。
「早紀、休んでおいでよ。こっちは私がいるから」
「でも……」
「そんな青い顔で接客は無理よ。落ち着いたら出ておいで」
私は、その背を押して休憩室へと押し込む。扉を閉めようとすると、さらに私の背中も押されて振り返る。
「マスター?」
「お前もだよ、奏子」
「え? 私は平気ですよ? 二人で入っちゃったら、ここ人いなくなるし……」
扉を閉めてさっきのテーブルを片付けにフロアに戻ろうとすると、マスターが私の腕をつかんだ。
「俺がやるから、いい」
そう言うマスターを思わず見上げる。マスターがフロアに出ているのなんて、見たことない。




