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「私ここにバイトに来たはずなんだけど……お金貰って行儀見習いって……」
つっぷしたまま、一人ぶつぶつつぶやいていると。
こんこん。
「奏子、生きてる?」
マスターの声がした。起き上がるのもおっくうで、私はそのままの姿勢で答える。
「だめです。マスターのおかげで立ちあがれません」
「それだけ言えれば大丈夫だ」
ことん、と音がして、鼻をくすぐるコーヒーの香りがただよった。
顔をあげると、目の前にコーヒーカップが置かれている。いつも見るカフェラテと違うのは、白い泡の上に綺麗なハートがラテアートで描いてあることだった。
「かわいい」
思わず声をあげてしまった。
もしかして、私がぐったりしてたから作ってきてくれたの?
「あ、ありがとうございます」
「俺がわざわざ作ってきてやったんだ。心して飲めよ」
……口を開かなければ、いい男なんだけどなあ。
店に出ている時は泰然として、マスター渋くて素敵、なんてお客さんには言われているけれど、その中身はドSよ、ドS。……そう言えば、早紀にはそれほど厳しくないよね。私、嫌われている?
「さっさと飲まないと冷めるだろ」
「……いただきます」
なんでこの人、こんなに偉そうなんだろう。
そうは思っても、目の前に出されたカフェラテの魅力には勝てない。
それほどコーヒーが好きだったわけではないけど、マスターの入れるコーヒーは別格だ。好きなのはカフェラテだけど、マスターのコーヒーだけは、ブラックでも飲めてしまうくらい。どうして、性格と料理の腕って比例しなのかな。
私は大人しくそのカップに手を伸ばすと、そっと口をつけた。
「おいしい……」
ほ、と体の力がぬける。
これだけは、認めないわけにはいかない。こだわっているだけのことはある。
マスターをこっそり伺うと、相変わらずのどや顔。あああ、くやしいけれど、いらないと言えない自分が憎い。
葛藤しながらカフェラテを飲んでいると、マスターが正面の椅子に腰かけて頬杖をついた。そんな何気ない姿も絵になるんだから、たち悪いわ、この人。
「奏子、ずっとここにしわ寄ったままだろう。俺、そんなに嫌われている?」
「いえ、そんなことありません……」
「そのセリフ、俺の目を見てもう一度言ってみろ」
「っていうか」
じーっと上目づかいでマスターを見上げる。
「マスターこそ、私のこと嫌ってません?」
「俺が? なんで」
「だってマスター、私にばっかり厳しいし……」
しりつぼみになる私の言葉に、マスターは、ふ、と笑った。
「早紀は基本ができていたからね。奏子は、初心者といえどあまりに動きが鈍すぎる」
「う……そうですけど……」
「だから、あんな顔して俺を見てたのか」
「いえ、あれはちょっと夢見が悪かっただけで……」
もごもごと言いかけてやめる。
あんな夢見たなんて言ったら、絶対笑われる。




