018 敵の名、それはオフィード
〇惑星テラノヴァ・海琳町ゲート付近 上野拳人
ヒュージパイソンは、強さと獰猛さを兼ね備えた原生魔獣だ。
生命力が高くて狡猾。不利になったら逃げるので、倒しきるのに難儀する相手である。
それを俺と誠一で、普通に倒してしまった。
「なあ、ケント。あっけなくなかったか?」
誠一が不思議そうにしている。気持ちは分かる。
「これが今の実力なんだよ。俺たちならやれると思ってリベンジに来たわけだし」
「『星影の盟友』の戸田さんたちは、戦っている途中で逃げられたらしいが……やればできるもんなんだな」
誠一が剣についた脂を拭っている。顔は満足げだ。
以前の俺たちだったら、素材をはぎ取っただろうが、今はそれをしない。
目立ちたくないからだ。
「ここにはヒュージパイソン以上の原生魔獣はいないらしいし、目的は果たせたな」
「そうか。……で、このあとどうする? 海琳町ゲートに帰るか?」
「いや、せっかくだし、輝石を拾いたい」
輝石は惑星テラノヴァなら、どこにでも落ちているが、拾う人も多いため、ゲート付近ではほとんど見つからない。
「ここを使う覚醒者はいないから拾い放題か」
「そういうことだ。持ってきた地図によるとこの先に開けた場所がある。そこで手分けして探そう」
俺たちは、この歩きにくい草をかき分けてさらに奥へ進んだ。すると……。
「草原地帯がここで途切れるのか。かなり見晴らしがいいな」
「だろ? しかもゲートからたった十数キロ離れただけで、これだけの輝石が落ちているんだぜ」
長い間だれもここに来なかったのだろう。見える範囲でも、いくつもの輝石が見つかった。
「こりゃ、リュックがパンパンになるぜ」
「それだけあっても、毎日丸薬を作っていると、すぐに無くなるのが困りものなんだけどな」
手分けして、地面に落ちている輝石を拾って歩く。
輝石拾いは非覚醒者の貴重な収入源だが、彼らは危険なところへは赴かない。
かといって、強くなった覚醒者は熱心に輝石を拾ったりしない。
結果、こういった危険個所の輝石を拾う者が現れないのだ。
周囲の輝晶石を拾い終えた俺たちは、ちょうど良い石を見つけたので、そこで休憩することにした。
「ケントはとうとう塔を攻略か。まさかこれほど早いとは思わなかったな」
誠一が感慨深く、そんなことを言った。
たしかに塔攻略に参加するのは、もっとずっと先の話だと思っていた。
今日、誠一をここに誘ったのは、リベンジの目的もあったが、別の理由もあった。
俺と誠一はこの先、別の道を進むことになった。というか、自然とそうなってしまった。
俺たちが揃って覚醒したとき、「いつか必ず、塔を攻略しよう」と誠一と約束し合った。
そのためにはまず、輝力をあげてクランに入れてもらわなければならなかった。
どれほど希望したところで、足手まといはどこのクランでも入れてくれないからだ。
敵と満足に戦えない覚醒者は、すぐに死んでしまう。
「高校卒業までに塔攻略に参加するようなクランに加入しようなんて無謀な計画も立てていたよな」
「いま考えると、確かに無謀だったな……当時はできると思っていたんだけど」
知識と経験を積み、一人前の覚醒者となってはじめて塔攻略に参加できる。
塔攻略を目指しているクランは精鋭ぞろいなのだから、加入も難しい。
なにしろ多くの覚醒者が、塔攻略で命を落としているのだ。
自分だけは大丈夫だなんて、欠片も思えなかった。だから俺たちは時間を見つけてはテラノヴァに出かけていた。
テラノヴァに赴けは、僅かながらも体内に蓄えられる輝力が増える。
それを信じて、俺たちは頑張った。
「だがいまは、強くなるという条件をクリアした」
「ああ……」
先日俺は、バタフシャーン公国のクランと一緒に塔を攻略することを法院さんに告げた。
悩みに悩んでの決断だった。
俺が日本にいると、いつ何時貴族に特殊能力のことがバレるか分からないからだ。
日本にいる限り俺は、身を隠して生きていかなければならない。
そのことを法院さんに相談したら、「でしたら日本を脱出したらいいのではないでしょうか」とあっさり言われてしまった。
考えてみれば、日本にいるから貴族の目が気になるのだ。だったら日本から出てしまえば、目的の大部分は達せられる。
俺はバタフシャーン公国で生活することを誠一に告げたのだ。
誠一が一緒に来ると言い出しても、俺は断るつもりだった。
だが誠一は、そうは言わなかった。
バタフシャーン公国と日本、離れ離れになっても、やることは変わらないと。
俺たちの目標は、これからも変わらないと言って笑った。
本当にあいつはカッコいい。
〇
「いまは、どうやって人類の敵を退けて、塔を攻略するかを考えるようになったんだ。本当に成長したな」
「そうだな」
地球ではないどこかの惑星に棲むオフィードという種。それが人類が戦っている敵だ。
写真や映像では何度も見たことがあるし、学校の授業でも必ず取り扱うが、実際に見たことがある者は少数だろう。
首から頭にかけてキングコブラのようなフォルムをしていて、太く長い尾を持つ異形の怪物。
青銅や銅の装飾品を身に付け、両手に槍を持っていることが多い。
体長は最低でも三メートル。強いオフィードほど身体が大きく、五メートルを超える個体も確認されている。
文明はそれほど発展しておらず、知能はあくまでそれなりだと言われている。
青銅器時代の文明しか持たないことが分かったため、知能の低い爬虫人類など我々の敵ではない。
当初、みながそう考えていた。地球側が負ける要素はまったくないと。
なんなら勝者の余裕で、敵の一部が生き残れるよう一緒に知恵を出せばいいとまで言う者もいた。
だがそんな世迷言も、最初の数年ですべて吹き飛んだ。
明らかに悪意を持って攻めてくる彼らに人類は敗北し続け、ただの槍が強固な防塁や戦車までも爆散させうる姿を目の当たりにして、はじめて容易ならざる敵であると理解したのだ。
地球の動物図鑑には決して載っていない生物。
それでいて、すべての人類に根源的な恐怖を抱かせる存在。
槍一本で戦車を貫き、遠く離れた戦闘ヘリすら撃ち落とす規格外の存在。
体力は無尽蔵といえるほどで、覚醒者以上の速度で走ることができる。
数十キロメートル離れた相手に届くテレパシーを有し、死を恐れず集団で襲ってくる。
自身の分泌液と土塊を混ぜて、コンクリートより硬い巣を作り出す。
高度な文明を構築している風ではないが、それなりに作戦も理解するようで、爬虫類の進化系と侮った人類は何度も敗北している。
俺たちが敵に対して分かっているのは、それくらいである。
このオフィードについて一番やっかいなのが、時が経つと同じ攻撃が効かなくなる点である。
すでに一世代前の兵器は完全に無効化されるほど、耐性を得てしまった。
科学は、人類が持つアドバンテージだった。
だがもはや、これまで使用したいかなる兵器も効かなくなっている。
大量破壊兵器が効かない以上、覚醒者による人海戦術で対処するしかない。
人類が手をこまねいている間にも、毎年どこかの塔がオフィードに襲われている。
もしかすると、いまも塔をめぐる戦いがどこかで繰り広げられているかもしれない。
俺たちが戦わなければいけないのは、そんな相手だ。
〇上野家・リビング 上野拳人
「お兄ちゃん、おかえり~」
「ただいま……って、魔子。また天井からぶら下がっているのか」
「だって、楽なんだもん」
ユラユラと青い糸で天井からぶら下がっているのは妹の魔子。
『粘糸』という特殊能力を使って、上下逆さまの姿でテレビを見ている。
十月だというのに、いまだTシャツにホットパンツ姿はどうなのだろうか。
覚醒者は寒暖差に強いから、本人はまったく気にしていないのだろう。
「魔子、この前それで寝落ちして、夜中に母さんをビックリさせただろ。降りなさい」
頭に血がのぼらないのはさすが覚醒者といったところだが、それで家族を驚かせるのはよくない。
俺が苦言を呈すと、魔子は素直に降りてきた。
「それでお兄ちゃん、お土産は何か買ってきてくれた?」
「遊びに行ったんじゃないぞ。輝石を拾ってきたくらいだ」
「輝石って、お団子の材料にするだけでしょ。それはもういいから、何かお土産はないの?」
「お団子ってなぁ、輝石の用途はそれだけじゃな……そうだ! 魔子、お前素材屋に行って、キシリア草とニベル草を買ってこい」
「え~、なんで?」
「おもしろいもの、作ってやる」
「ふむ。おもしろいもの? お兄ちゃんが作るおもしろいものか……んじゃ、行ってくる」
「部屋着で出歩かずに、ちゃんと着替えてから行けよ」
俺がそう言うと、魔子は眉を寄せて抗議した。
〇
「ただいまっ~て、お兄ちゃん。それ、何しているの?」
「輝石の粉と砂糖水を混ぜているんだよ。買ってきたものを出してくれ。すぐに使う」
蒸し器の下段に魔子が買ってきた草を入れて、弱火にかける。
これで蒸し焼きになるはずだ。
輝石紛入り砂糖水をミキサーに注ぎ、蒸した草を入れてかき混ぜる。
ドロッとした液体ができるが、この状態ではまだ未完成だ。
「これを超弱火で煮込んでと……」
焦げないようにかき混ぜながら水分を飛ばしていると、いい感じに粘度が高まってきた。
銀紙の上に油を塗って、煮立った状態の液体を垂らしていく。
「……お兄ちゃん、それなに?」
「飴玉だ」
軽く冷えたら、手で丸めて完成だ。
「飴玉? お団子じゃないの?」
「これは爽快丸と言って、ただの飴だ。だが、これも丸薬だぞ」
「おおっ! その飴は、どんな効果があるの?」
「スッキリする」
「うん。それで?」
「それだけだ」
覚醒丸や造血丸のような特別な効果はない。
これを舐めれば、一日中気分は爽快。スッキリする。
「う~ん……微妙?」
魔子には響かなかったようだ。たしかに劇的な効果は見込めないし、効果も一日しか持続しない。微妙と言えば微妙だ。
「だけどな、考えてみろ。このストレスにまみれた現代社会で、気分が爽快になるのは何事にも代えがたいものだぞ」
「仕事に疲れた中年サラリーマンのセリフみたい」
魔子は「期待して損した」といいつつ、ちゃっかり爽快丸を持って行ってしまった。
最後に作った爽快丸だけ俺の手の中に残ったので、口の中に入れた。
「……うん。爽快だ」
これで明日のこの時間まで、気分爽快のまま過ごせるのだ。




