019 丸薬の可能性
〇惑星テラノヴァ・楢橋町ゲート付近 上野拳人
十月の中旬。俺は誠一を誘って、惑星テラノヴァに来た。
「……で、妹に頼まれて素材採取か?」
爽快丸を微妙微妙と言っていた魔子だったが、翌朝、態度が一変していた。
「お兄ちゃん、これサイコーだよ! こんな晴れやかな気分になれたのって、これまでの人生で一度もなかったんじゃないかな」
大げさなことを言うと思ったが、魔子は本気らしい。
目がガンギマリだったので、両親が怪しい薬でもやっているんじゃないかと心配していた。だいたい合ってる。
「魔子のやつ、他にないかってうるさくてな、クランに素材採取を頼むのも変な話だし、素材屋にも売ってなかったから自分で採ってこようと思ったわけだ。……で、考えてみれば、最近は同じ丸薬ばかり作ってたから、気分転換するつもりで、誘った」
「なるほど……しかし、多芸だな」
誠一が少し呆れた顔をしている。
「塔攻略の準備をしなければいけないのは分かってるけど、正直、いまの俺ができることって、ほぼないんだよ」
丸薬を粛々と作って、法院さんに渡すだけの毎日だ。
「派手に動くなって言われているしな……それはそうと、どんな素材が必要なんだ?」
「一応調べてきた。ここに載っている草と花、それにこの木の実があれば少し嬉しいかも。作れるものが増える」
テラノヴァの植生図鑑に付箋を貼って持ってきてある。
それを誠一に手渡した。
「この星って似たような草花が少ないから、探すのは楽だな」
「進化の系統が一本線で、あまり枝分かれしないのかもな」
誠一とそんな会話をしながら、ゲートから二十キロほど離れた湖のほとりにやってきた。
ここまで来るのにかかった時間は二十分ほど。時速六十キロで走った計算になる。
「この前戦ったときも思ったけど、俺たち、強くなったよな」
「非公式だけど、輝力はすでに5級だぜ」
「テラノヴァに十年通ったのと同等か……恐ろしいな」
輝力はbf(brilliant force)という単位を使って測ることができるが、覚醒者センターにある計測器を使うと、痛くもない腹を探られることになる。
ゆえに俺たちは、法院さんから輝力測定器を借りて測っている。
公的には九級だが、実際は五級。能力だけみれば、まさにテラノヴァに通い続けた十年選手だ。
そして九級の頃あれだけ一喜一憂していた輝力だが、ここまで増えてくると、あまり気にしなくなってくる。
「なあ、ケント。ミン草の茎って、これでいいのか?」
図鑑の写真と比べながら、誠一が聞いてきた。
「えーっと……大丈夫、合ってるぞ」
慣れないとミン草とミソ草は判別しづらい。
「クルージュ草は全体が必要だったよな」
「ああ、根っこはいらないから、適当に手でちぎってくれ」
俺たちはいま、湖のほとりで丸薬の素材となる草花を採取中だ。
この湖にもちゃんと名前があるが、俺は知らない。
惑星テラノヴァに行けるようになったとき、日本政府は国民に様々な名前を募集し、山や谷、丘、川、湖など適当につけていった。
結果、土地柄やその場の雰囲気と関係ない名前が付くことになり、ほとんど使われないまま今に至っている。
地名と違って、原生魔獣や一般の動植物は、学者さんたちが頭を悩ませながら付けたらしい。
日本政府は草花一つ一つまで名付けするつもりはなかったようで、どこかの国が付けた名前をそのまま使っている。
「なあ、セイ。夜に見える星にも、名前が付いているんだよな?」
「どうした、やぶから棒に」
「山とかは名前を付けた方が便利だけど、星に名前を付けても意味あるのかなって」
「あるんじゃないか? ロマンとか」
誠一が真顔でそんなことを言った。
「ロマンか。それじゃ、しょうがないな」
ロマンならしょうがない、たぶん。
「人は宇宙を理解したいって想いがあるんだよ。けど手が届くわけじゃないから、宇宙じゃなく星にロマンを感じるんだろう」
誠一の言うロマンとは物語性だろう。
ギリシャ神話にでてくる神々やその使役動物などは、たいてい星座や星になっている。
日本でもあるが、彦星とか織姫星は中国由来だ。
日本独自の名づけだと源氏星と平家星が有名だが、たしかに物語性がある。
「人類の生存をかけて戦っているんだから、せめてロマンの心を忘れないってのも、いいのかもな」
そんなことを思いながら、俺たちはせっせと素材採取をするのだった。
〇上野家・台所 上野拳人
人類に戦いを強制した超越者は、たしかに『公平』になるよう調整したのだろう。
前世だと、特殊能力が発露した者は、かなり多かった。文明の発展度で劣っていたからだと思う。
俺と同じ『丸薬作り』の能力を持った者もそれなりにいた。
俺が覚醒したころにはすでに数多くのレシピが残っていたし、自分もよく研究した。
覚醒丸のように一回限りのものや、増養丸のように永続効果があるもの。
そして爽快丸のように一時的な効果を得るものなど、様々な丸薬があった。
といっても、俺が生まれた時代はすでに敗北寸前だったため、あまり遊んでいる余裕はなかった。
「こんな感じでよかったはず……」
俺がいま作っている飴も、丸薬の一種だ。
効果はほぼ一日続く。
作り方は簡単で、草、木、花、木の実、果実などを加工して輝石の粉と混ぜるだけ。
味を調整するための砂糖は必須。草を多用するため、砂糖を入れても青臭い味がする。
これらの丸薬は、種類こそ多いものの、前世ではあまり作成しなかった。
「お兄ちゃん、お土産~。輝石だよ」
魔子が天井を伝ってやってきて、テーブルに袋を二つ置いた。
天井から粘糸で済ませるあたり、かなりの横着者だ。
摩子は今日、友だちと輝石拾いに行くと言っていた。
「まるで蜘蛛人間だな……まあいい、新しい飴ができたぞ」
「おおっ、いっぱいあるじゃん。どれが何なの?」
「黒っぽいのは夜目丸だ。夜間にものが良く見えるようになる」
「ふむふむ。こっちの黄色いのは?」
「軽身丸だな。体重が軽くなる」
「おっ、身体測定のとき使えそう」
「体重が数キロになるぞ。それで測ったら、保健室の先生もビックリだ」
「むむっ。じゃあ、こっちの青いのは?」
「無心丸と無腹丸だ。無心丸は雑念が消えて集中力が増す。無腹丸は空腹を感じなくなるが、腹が膨れるわけじゃないから、注意が必要だな」
「それはびみょーだよ、お兄ちゃん。……こっちの灰色のは?」
「煙霞丸だな。口から煙を吐くことができる」
「口から煙? 敵から逃げるときに使うの」
「煙を吐いている暇があったら、逃げた方がいいだろ」
「それもそうか。じゃ、何に使えるの?」
「煙はなかなか霧散しないから、見えない敵とかと戦うときにいいかもな。そんな相手がいるか分からないけど」
「意味ないね、これ」
「ジョークグッズとして役に立つだろ、知らんけど」
俺だって、作りたくて作ったわけではない。
採取してきた素材で作れるものがこれしかなかっただけだ。
「まあいいや。じゃ、お兄ちゃん。これらもらっていくね」
粘糸を使って丸薬をすくい上げると、妹は天井を伝って行ってしまった。
「粘糸での移動訓練……してるわけじゃないよな」
横着したいだけだろう。
○高平邸・書斎 高平健司
レギオン『常勝不敗』のクランマスターである高平健司のもとにやってきたのは、『大衆パンチ』の記者杉林秀治だった。
「いつもお世話になっております」
「…………」
平身低頭する杉林は、健司から応えがないことが分かると、頭を下げたまま話し始めた。
「バタフシャーン公国の政務総監と話していた者の素性が分かりました」
杉林は、自分が調べたことを健司に報告する。
「男たちは瀬戸井興業の社員でした。軍用物資を生産する企業でして、調べた限りバタフシャーン公国との繋がりはこれまでありません」
「ふむ」
杉林はそこで顔を上げた。
「軍需用品を取り扱う中では新興です。ただ、塔攻略に必要な物資を多く扱っておりますので、その関係で接触を持ったのだと愚考します」
「なるほど……その先も調べたのだろうな」
「もちろんでございます。社員一人に金を握らせたところ、愛璃市の倉庫へ届ける依頼が確認できました」
「愛璃市にあるゲートは?」
「筑美町ゲートになります。調べたところ、【H06】の塔が近いです」
健司は、手元の端末を操作する。
しばらくして、にやりと笑った。
「【H06】の塔は攻略難易度Bか、普通だな。敵のゲートは遠いが、現地戦力は多い。これをどう攻略するつもりなのだ」
「スモークを多めに注文しています。視界を奪って一気に攻略するつもりではないでしょうか」
「使い古された策だな。成功するとは思えん」
「まったくもって、その通りです」
「まあいい……筑美町ゲートだけでなく、愛璃市も監視させておこう。ご苦労だったな」
「ははっ! もったいないお言葉でございます」
杉林は深々と頭を下げた。
「軽井沢に経営破綻したヴィラがあったはずだ。それをやろう。売るなり使うなり好きにするといい」
「ありがとうございます!」
杉林は、大げさに頭を下げた。




