017 リベンジ
○惑星テラノヴァ・海琳町ゲート付近 上野拳人
十月最初の日曜日。
俺は誠一を海琳町ゲートに誘った。
海琳町ゲートは、俺たちが住む町から電車を乗り継いでも二時間かかる場所にある。
朝早く出発して、ようやくいまゲート前に着いたところだ。
十月に入ったとはいえ、日中の日差しはまだまだ厳しい。
世間では今年も異常気象だと言っているが、毎年異常気象なら、それはもう普通のことではなかろうか。
今回は革の防具を身にまとい、剣と盾も用意した。
探索用ではなく、完全に戦闘用の装備だ。
「ケント、本当にこの先に行くのか?」
「ああ、俺たちが前に進むため、原生魔獣にリベンジしようぜ!」
海琳町ゲートを潜った先に広がる景色は、圧巻だった。
見渡す限り、背丈より高い草が生い茂る森林地帯だ。
とにかく視界は悪く、圧迫感がある。
またここは、常に緩やかな風が吹いているため、草を掻き分ける音はかき消されてしまう。
あまりに危険なため、足を踏み入れる覚醒者はほとんどいない。
というのも、ここは原生魔獣の棲息地とかなり近く、さらにヒュージ種がウヨウヨいる場所としても有名だからだ。
雑誌『覚醒者通信』でも、海琳町ゲート周辺は『危険度A』の区域に指定されている。
また、ここから歩いて行ける場所に何もないことから『魅力度C』という不遇っぷり。人がいないのも当然のことであった。
「しかしこの草丈はヤバいな。せめて草刈りはすべきだろ。日本政府はなぜ管理しないんだ?」
「この草は、切っても無駄らしいぞ。三日で元に戻るくらい成長が早いらしい」
「三日でそんなに伸びるのか。……まるでタケノコだな」
「ああ、葛のツル並みに伸びるんだから、最低でも週に二回は手入れが必要だろう。日本政府もこんなところにリソースを割きたくないんじゃないか」
惑星テラノヴァには、こういった摩訶不思議な現象を起こす場所がいくつもある。
人の身体を軽々と吹き飛ばす突風が吹く渓谷や、蟻地獄のように人を飲み込む流砂がある砂漠などは『危険度A』として注意喚起されている。
他にも、植物の出す匂いで酩酊する森、一度嵌ると抜け出せない粘度の高い湿地、一日数千回の雷が落ちる場所などもある。
このへんは覚醒者なら大丈夫だろうということで、『危険度B』に指定されている。もっともそのくらい雷が落ちる場所は、地球にも存在しているが。
「まあでも、行くしかないか。このあと、俺たちはもっと危険な連中と戦うわけだしな」
誠一が覚悟を決めたようだ。
「その意気だ。原生魔獣くらい、軽く蹴散らしてやろうぜ」
俺は、バタフシャーン公国のクランと一緒に塔を攻略することを法院さんに告げた。
参加するのは俺だけじゃない。妹の魔子も連れていく。
昔、とある覚醒者が、このような言葉を残した。
――戦場に立たずして、覚醒者を語るべからず
とてもいい言葉だ。
昔は社会的弱者として女性や子供の名が挙げられたが、覚醒した女性や子供は並みの大人よりよっぽど強い。
そして女性だから、子供だからと覚醒者が戦場に出なければ、地球が滅んでしまう。
覚醒者は守られる側ではなく、守る側なのだ。
「塔を攻略せぬ覚醒者は、名のみの覚醒者である……だな」
不意に誠一がそんなことを言った。これもまた、有名な言葉だ。どうやら誠一も俺と同じようなことを考えていたらしい。
「そうだな。俺は『武勇伝だけ豊かな覚醒者は、塔を攻略しない覚醒者だ』の方が好きだな」
「語り達者な覚醒者のことか」
「ああ、口だけ達者な者がなんと多いことよ」
俺がおどけて言うと、誠一が声をあげて笑った。
地球とテラノヴァがゲートで繋がったとき、多くの覚醒者がこのような言葉を残して死んだ。
みな死地へ赴き、散っていったのだ。
そしてなぜか、天寿を全うした覚醒者ほど武勇伝が多い。
七十五歳で覚醒し、百三十二歳まで生きたとある覚醒者は、インタビューのたびに攻略に参加した塔の数が増えていった。
初期のころはみな手探りで敵と戦い、帰らぬ人となった。
多くの屍が積み重なって、いまの攻略法が確立したともいえる。
だからこそ俺たちは、先人に恥じぬよう、覚醒者の義務を果たすべく塔攻略に参加する。
覚醒者なのだから。
俺たちは、藪をかき分けて進でいる。
背丈以上の草が生い茂るこの場所は、原生魔獣にとって格好の狩場だろう。
音を立てずに忍び寄り、一撃で獲物に致命傷を与える。
この環境なら、それができる。だからこそ俺たちは……。
「セイッ!」
「分かってる!」
草と同じ色に擬態していたヒュージフロッグが舌を伸ばして攻撃してきた。
カエルの舌といっても、極太の鞭より太い。それが高速で飛んできたのだ。
「――通すかっ!」
俺が盾をかざして弾き、横に回った誠一が、剣で伸びきった舌を斬った。
舌を斬られたヒュージフロッグが反動でのけぞったところを俺と誠一で追撃する。
それぞれ数回ずつ剣を突き刺し、そのうちの一回が脳に達したのだろう。ヒュージフロッグは目をぐるりと回転させて動かなくなった。
「あっけないな? 強くなったのか、オレたちは……」
「ああ、強くなった。ヒュージ種に手も足も出なかったのがウソのようだ」
俺と誠一は、増養丸で輝力を蓄えて、増骨丸、増血丸、増肉丸で身体を頑強にした。
これらの丸薬を作成するのに多くの魔獣素材が必要だが、それらはすべて法院家で揃えてくれた。
最近は、持久丸でスタミナもあげている。
覚醒すると心肺機能が増加する。覚醒者が力を振るうために必要だからだ。
小型車に大型エンジンを積めば、アクセルを軽く吹かしただけですっ飛んでいく。
だが、大型バスに大型のエンジンを積んでもスピードが出ない。
それと同じで、いくら覚醒によって心肺機能が上がったとしても、覚醒者の力を長時間維持するためには、スタミナアップが急務となる。
そのことを知っていた俺は、持久丸を優先的に作っていた。
そのおかげで、ヒュージ種でも無傷で倒せるようになっていた。
「よし進むか」
さらに草をかき分けて、奥に向かって歩く。
途中、二度ほどヒュージフロッグが襲ってきたが、いずれも倒すことに成功した。
俺も誠一も何も言わないが、あのときより数倍は強くなっている自覚がある。
ゆえに、俺たちの因縁の相手――ヒュージパイソンの姿を見つけたときは、思わず笑みがこぼれたほどだ。
「向こうもこっちに気づいたみたいだぞ」
誠一に緊張はない。俺も同じだ。
ヒュージパイソンが鎌首をもたげたまま、こちらにスルスルと近寄ってきた。
その姿は圧巻。
以前の俺たちは、相対した瞬間に立ちすくんでしまった。だがいまは……。
「セイ、来るぞ!」
「分かってる!」
口を開けて俺を飲み込もうとしてくるヒュージパイソン。だがそれは想定済み。
俺は盾を振るって、ヒュージパイソンの下顎をかち上げた。
ヒュージパイソンがのけぞり、露わになった下腹に誠一が斬りかかる。
ヒュージパイソンの皮が切り裂かれ、体液が飛び散る。
俺は素早くヒュージパイソンの脇に回り込み、剣を突き刺して離れる。
数度俺が攻撃すると、ヒュージパイソンは左右にいる俺たちのどちらに注視していいか迷いはじめた。
誠一の攻撃に反応すれば俺が攻撃する。俺に注意が向けば、誠一が攻撃を加える。
それを繰り返していくと、ヒュージパイソンの動きが悪くなっていった。
「――ハッ!」
誠一がヒュージパイソンの胴体を半ばまで切断し、それが致命傷となった。
暴れるヒュージパイソンにはもはや、俺たちを攻撃する意思は残っていなかった。
動きが止まるまで待って、俺はヒュージパイソンの頭に剣を突き刺した。
「リベンジ完了」
「ああ、やったな」
終わってみれば、あっけない戦いだった。
夏休みに出会ったときは、あれだけ絶望的な相手だったのに、いまではただの獲物に成り下がっている。
改めて考えても、俺が前世から持ち込んだ『丸薬作成』の能力はチートだと思う。
だが前世は、俺以上の能力を持つ者がゴロゴロいてすら負けたのだ。
相手だって必死だ。
塔を守り、攻略するのは大変なのだとあらためて思った。
○上野家・自室 上野拳人
ヒュージパイソンにリベンジを果たした翌日。
俺は丸薬作りを終えて、二階の部屋に戻った。
直後、ベッドに突っ伏した。
今日は、昨日できなかった分だけではなく、俺や誠一たちの能力を底上げするための丸薬を一気に作成した。
そのおかげで、輝力をほとんど使い切ってしまった。
頭の奥がじんわりと重い。
「……瞑想で輝力を回復させるか」
体内に蓄えられる輝力が増えたおかげで、最近は輝力切れを起こすことがなくなっていたため、瞑想の出番はなかった。
部屋の明かりを消し、カーテンを閉める。
ベッドに腰を下ろしてあぐらをかいた。
呼吸を整え、背筋を伸ばして目を閉じると、じんわり輝力が回復してくるのが分かる。
暗くした室内で目を閉じているため、気づくのが遅れた。暗闇の奥で、影が揺れた気がしたのだ。
(……?)
どうやら、意識の深いところで何かが動いたらしい。
注意深くそれを観察していると、草を押し分ける音が聞こえ、湿った土の匂いがしてきた。
(いま瞑想中だぞ。……だけどこの景色)
背の高い草の景色が浮かぶ。先日リベンジを果たしにいったあの場所だ。
ふいに、ヒュージパイソンの姿が草の間から現れた。
見間違えるわけがない。あの巨体だ。
だが恐怖はなかった。いまは瞑想中なのだ。これは俺が頭の中に作り出した幻影のはず。
落ち着いて眺めると……どこか懐かしいような、前世の記憶に触れるような感覚があった。
ヒュージパイソンは、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。目ではなく頬のあたりに並ぶ小さな穴が見えた。それは……
――ピット器官
その穴が、赤く、淡く、光った。
瞬間、俺の意識に『熱』が流れ込んできた。
視界に写るそれは熱で間違いないはず。だがその熱は、色を持っていた。
冷蔵庫から持ってきたペットボトルは青く、廊下を歩く家族の体温は黄色い。
外を走る車の排気の熱は赤く、空気の流れはさまざまな色をしていた。
世界が、視界のすべてが熱で色を持ちはじめた。
「……っ!」
思わず目を開けた。
だが、瞼の裏に残った『熱』は消えない。
部屋の中は薄暗い。
それなのに、意識を少し集中させるだけで温度の輪郭が浮かび上がる。
ペットボトルは青く冷え、自分の手は赤く温かい。
壁の向こう、廊下を歩く母の足跡が、淡い黄色の点として見える。
「……マジかよ」
瞑想が、進化した。
前世の記憶が、今世の能力と結びついたのか?
それとも、倒した魔獣の情報を取り込んだのか?
理由は分からない。だが、分かることがある。
意識すれば、俺は温度で周囲を見ることができるようになっていた。
「……これ、塔攻略でとんでもなく役に立つんじゃないか?」
思わず笑みがこぼれた。
なにしろ、塔攻略は近いのだから。




