016 覚醒記念パーティ
◯ハイコンチネンタルホテル・パーティ会場
九月の下旬。
水無瀬夏美が覚醒したことを祝うパーティは、都内にあるハイコンチネンタルホテルのもっとも大きい会場で行われた。
貴族や政治家、大企業の重役などがお祝いに駆けつけ、どこもかしこも人で賑わう様相を呈していた。
会場に集まった数は四百人を超える。
都市部のインフラを支える水無瀬家の権勢を象徴する数と言えよう。
そして本日の主役である夏美だが、彼女は挨拶もそこそこに、誠一と会場から姿を消している。
夏美を通して、水無瀬家と親しくなろうと思っていた人たちは肩透かしを食ったことだろう。
当然、これだけの規模のパーティである。
立食形式とあって、参加者はいくつもの小集団に分かれて交歓を楽しんでいた。
会場が多くの大人たちで賑わう中、夏美と誠一はというと……。
「準備はいい?」
「ああ、任せろ」
パーティ会場に通じる扉の前で立ち止まり、夏美と誠一はこのあとの役割を確認し合う。
どうやら問題ないと同時に頷いたあと、二人は腕を組んで扉に近づいた。
扉の左右にいたホテルの従業員がそっと扉を押し開ける。
ゆっくりと二人が会場に姿を現すと、気がついた何人かが近寄ってくる。
主役の再登場である。近づこうとする人の流れができた。
それを敏感に感じ取った招待客の何人かが、夏美たちに目線を注ぐ。
自然と夏美たちが注目された頃を見計らって、誠一は夏美のそばをそっと離れた。
一方の夏美は、笑顔で招待客の輪の中へ入っていく。
夏美に注目が集まるなか、誠一はゆっくりと会場を歩く。
目ざとい何人かが、夏美と一緒に会場入りした誠一に注目する。
誠一は、壁際に佇んでいる数人の男性を見つけ、笑顔でそちらに歩いていく。
軽く会話が交わされ、誠一が彼らを会場の中央へ誘うものの、男性たちはそれを固辞する。
誠一は分かったという風に軽く会釈して、その場を離れた。
それは、今日のパーティの中でも、どうってことのない一コマ。
視線が夏美に向いている中、他の招待客の動向などだれも気にしない……はずだった。
誠一に目を留めたのは、『大衆パンチ』という雑誌の記者で、名前は杉林秀治。
スクープ記事を生業としている杉林は、だれもが注目しない事柄にこそ、がぜん注意が向く。
たまたま誠一が彼の目の前を通ったことがきっかけだったが、なぜか誠一の姿に惹きつけられたのである。
杉林が再び注目したのは、壁際に佇む男たち。
周囲の招待客に、あそこにいるのはだれかと聞いても、だれも知らない。
せっかくのパーティなのに、なぜ壁際から動かないのだろう。杉林は気になった。
ここは有力者と知り合って交歓する場のはず。逆に有力者ならば、黙っていても人がやってくる。
わざわざパーティに参加してまで、ポツンと佇んでいることがおかしいのだ。
不思議に思った杉林は、付き合いのあるマスコミ関係者を見つけて聞いてみた。
「どれどれ……う~ん、知らないなぁ」
「はあ、そうですか」
マスコミ関連でも知らないということは、今日出席できなかった者の代理だろうか。
杉林が興味を無くしたとき……。
「あれはバタフシャーン公国の……」
「えっ、だれです?」
壁際の男たちに話しかける者が現れた。
それなりに親しそうが雰囲気だ。
「あれは公国の政務総監と……たしか内務局長だ」
マスコミ関係者の声が震えている。それもそのはず。
「あれは日本がバタフシャーン公国に派遣しているトップとナンバー2ではないですか。この時期、日本に来て大丈夫なんですかね。というか、いつの間に会場に?」
「そうだな……こりゃ何かあるぞ」
「何かって? バタフシャーン公国にいる日本のクランは、このあと塔攻略をするんですよね」
「ああ……トップが調整のために日本に来ることはあると思うが、こんなパーティで油を売っている暇はないはずだ」
杉林は舌なめずりをした。だがこの場でカメラを構えるわけにはいかない。さすがにマナー違反だし、見つかったら追い出される。
杉林は考えた。あそこにいる二人は、日本が公国に派遣した官僚のトップとナンバー2。
常ならば、分単位でスケジュールが詰まっているタイプの人間だ。
覚醒したとはいえ、小娘のパーティに顔を出す余裕があるとは思えない。
「なにかおかしい……」
杉林がそんな風に思っていると、親しげにしていた両者は離れていった。
知り合いのマスコミ関係者が、政務総監たちのあとを追った。
だが杉林は別のことに注目していた。
政務総監と話していた男たち……何者だ?
見ると、壁際にいた男たちは会場をあとするところだった。もうここには用がないらしい。
「オレだったら……こっちだな」
杉林は、男たちの後をつけることにした。
○水無瀬家・夏美の自室
夏美の覚醒記念パーティが終わった。
夏美は誠一とともに、一足早く自宅に戻った。
両親は付き合いのある有力者たちとまだ交歓を続けている。
「獲物が食らいついたな」
「そうね。これで駄目だったら別の方法も考えたけど、うまくいってよかったわ」
夏美と誠一はいま、パソコンで動画を見ている。
画面には先ほどのホテルの入口が写っている。
人を雇い、ずっと撮影を頼んでおいたものだ。
誠一が声をかけた男たちがホテルが出ていったあとで、別の男がその後をつける形でホテルから出ていく様子が写されていた。
間違いなく、『大衆パンチ』の記者杉林だ。
怪しまれないよう、夏美は何人ものマスコミ関係者を招待した。
杉林はそのうちの一人である。
その杉林が、まるで尾行するかのように、男たちと同じ方向へ歩いていくのが確認できた。
「バタフシャーン公国から目立つような人をお願いしたら、まさか政務総監が来るとはね」
「こっちで用事もあったようだが、釣り餌としたら優秀だよな。見事、釣り針に引っ掛かってくれた」
「拳人なら、フィーッシュ! とか言いそう」
夏美が拳人の声真似をして、誠一が笑った。
「だがこれで、格段に策が通りやすくなった。政務総監に感謝だ」
「今回の件で、バタフシャーン公国に駐留しているクランが全滅したら、一番困るのは政務総監だからね。必死になるわよ」
「それもそうか。……で、このあとだが」
「しばらくはこのままかしら。勝手に踊ってくれそうだし」
「貴族はそこまで無能か?」
「今回、自然に情報が流れる道筋ができたわ。あまり策を弄しすぎると逆に気づかれると思うの」
「それもそうか。なら一旦、こっちは手仕舞いにしよう」
「うん。あとは静香にお任せね」
「それじゃ、俺たちの作戦の勝利を祝って」
「いえ~い!」
夏美と誠一は、笑顔で互いの拳をコチンとぶつけ合った。
◯天啓企画事務所 上野拳人
夕方、事務所でコーヒーを淹れていると、扉がノックされた。
「拳人さん、入ってもよろしいですか?」
法院さんの声だ。
パーティからそのまま来たのだろう。ドレスの上に薄いコートを羽織っている。
「どうぞ、入ってください」
事務所に入った法院さんはコートを脱いで微笑んだが、目の奥には疲労が滲んでいた。
今日は都内のホテルで、夏美の覚醒記念パーティが行われた。
法院さんは、それに合わせて裏で動いたと聞いている。それは法院さんしかできないことがあり、ギリギリまで調整していたのだとも。
ちなみに俺は呼ばれていない。
というか顔を覚えられたくないので、呼ばれても出席するわけにはいかない。
「大丈夫? 相当疲れているように見えるけど」
「お分かりになりますか……」
ドリップしたてのコーヒーを法院さんに手渡す。
自分のはもう一度淹れなおそう。
「ありがとうございます。本日のパーティですけど、うまくいったと思います」
法院さんはコーヒーカップを受け取って、ソファに座った。
「バタフシャーン公国のツテを頼って、政務総監に繋ぎを取ったって聞いたけど、大丈夫だったの?」
夏美が「まさかトップに連絡を取るとは思わなかった」と驚いていたくらいだ。相当無理をしたのだと思う。
「手配についてはさほど……バタフシャーン公国の人と何度もやりとりをしましたけど、そこは現地にいる父も協力してくれましたので」
「そうなんだ」
その割には疲れているようだけど。
「ただ、計画の詳細が伝えられないので、その上でお願いするのに難儀しました」
「なるほど……」
バタフシャーン公国から急遽帰国した要人がいれば必ず注目される。とくにマスコミが食いつく。
それを餌として、最終的に貴族を嵌める絵を誠一が描いた。
実際に動いたのは、パーティを開いた夏美と下準備をした法院さんだ。
とくに法院さんは大変だったと思う。
その甲斐あって、超過密スケジュールの政務総監をパーティに引っ張って来たのだからすごい。
法院さんはソファに腰を下ろすと、テーブルの上に置かれた丸薬の瓶を見つめた。
「……上野様、これは今日の分ですか?」
「少しでも塔攻略の助けになればと思ってね」
法院さんは小さく息を吐いた。その表情には、感謝と別の感情が混じっている。
「あらためて言うことではありませんけど、この能力はあまりに都合が良すぎます」
「うん。たしかにそうだけど……」
前世ではそれなりにいた『丸薬作成』の特殊能力。
それでも俺たちは、劣勢を挽回できなかった。
「この能力が貴族の目に留まれば、間違いなく囲い込まれます。上野様の意思など関係なく、利用されるでしょう」
もちろん、それは分かっている。
だからこそ俺はこの事務所を借りて、丸薬作りを秘密にしている。
だが、法院さんが言いたいのはそのことではないだろう。
「上野様はまだ、塔攻略をしたいと考えておりますか」
法院さんが夏美の魂妹なら、俺と誠一の目標が塔攻略だと聞いているだろう。
「もちろん……俺の目標はいまでも変わってないよ」
前世で俺は、志半ばで散ってしまった。仲間に後を託すしかできなかったことをいまでも後悔している。
法院さんはしばらく黙っていた。
やがて決心したように、静かに言葉を紡いだ。
「今後のことを考えれば、日本で動くのは危険すぎます。上野様の能力は、十七人会に知られた瞬間に資源として扱われるでしょう」
俺は頷いた。
「だから俺は……」
「だからこそ私は――バタフシャーン公国を勧めます」
その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「公国を……勧める?」
「はい。あの国でしたら、日本の貴族の手は届きません。幸い、いまの政務総監は十七人会とは距離を置いています。塔攻略に参加したあと、そのまま公国に残るという選択肢があると思うのです」
たしかに日本にいる限り、俺は毎日ビクビクしながら生活しなければならない。
貴族の目が届かない公国なら、たしかにいまよりもっと自由に暮らせるだろう。
「いますぐ結論を出す必要はございません。ですが十年先を見据えた場合、ずっと日本に留まるのは、危険が大きいと私は思います」
「十年先か……」
星間闘争はあと十二年で終焉を迎える。つまりいつかどこかで出し惜しみできなくなるときがくる。
そのとき俺は、どこで何をしていればいいのだろうか。
そんなことをつらつら考えていたら、法院さんは本日の分の丸薬を持って、すでに事務所から出ていってしまっていた。
◯高平家の邸宅・書斎 高平健司
レギオン『常勝不敗』の代表である高平健司は、部下からの報告に首を傾げた。
バタフシャーン公国に派遣していた政務総監が、一時帰国したことは把握していた。
十七人会に帰還の挨拶はなかった。それも当然だと健司は思っている。
政務総監は、政府に席を置く高級官僚である。
政治家には多様な派閥があり、派閥内でも序列を巡ってさや当てが繰り返されている。
経験も豊富で老獪な政治家たちは、いかな高平家であろうと持て余し気味だ。
いまの政務総監は無能とは程遠く、健司をもってしても取り込むことは容易ではない。
そして派閥の関係もあって、十七人会と距離を置いている。
加えて、今回の塔攻略の件もある。
政務総監ならば、十七人会がバタフシャーン公国に派遣しているクランを生贄の羊としたのも理解しているだろう。
クランが全滅すれば、バタフシャーン公国を守るクランはいなくなってしまう。
政務総監としては失った分のクランを補充したいだろうが、首を縦に振るクランは存在しないと思われる。
結果、数を揃えられなくなった政務総監は、責任を取って辞任せざるを得ない。
政務総監の命運は今年で潰えると、健司は考えている。
その原因を作った十七人会にいい感情を抱いていないのは十分に理解できる。
接触はしない方がいいということも。
「……だが、小娘のパーティに出席?」
この情報は、子飼いの記者である杉林からのタレコミだった。
政務総監が少女の覚醒記念パーティに出席して、軍用物資を生産する企業と接触したというのだ。
たがいに親しい素振りだったとも。
塔を攻略するさい、新兵器の使用は厳しく制限される。
既存兵器でどうやって攻略するかといえば、通常兵器に加えて音や煙で敵を撹乱する方法が採られる。
物理耐性を持っている敵とはいえ、爆音やスモークで耳や視界が塞がれれば、十全に動くことができない。
ゆえに塔を攻略するさい、敵の行動を妨害するガスや煙、爆音を使うのは一般的なことだったりする。
「信頼のある海外メーカーでなく、実績のない新興の企業と握手か。しかも親しいそうだったということは、それなりに交流があったと?」
どうにも腑に落ちないと健司は考えた。
バタフシャーン公国側としては、塔攻略を成功させるより、クランの壊滅を阻止したいはずだ。
その場合、煙やガスでの支援攻撃はクラン生存の鍵。生命線となりえる。
つながりがあるとすれば、そのくらいしか思いつかない。
「杉林に、その企業について調べさせろ」
健司は、そう部下に命じた。




