015 世間の動き
○水無瀬家・リビング 水無瀬夏美
「ねえ、ママ。私の覚醒記念パーティだけど、追加で招待したい人たちがいるの。いいかな?」
「もちろんよ。どういった方?」
「マスコミ関係の人と、魂妹の会社関係の人……かな?」
「法院さんの会社の人たちにはちゃんと、招待状を出しているわよ?」
「ううん。会社じゃなくて、バタフシャーン公国の人。私も覚醒したことだし、今後お付き合いすることになるかもしれないでしょ。これ、出席してほしい人の資料だけど」
「……あら? ちょっと夏美さん。この名前……」
ママは招待客の名前……というより、肩書きに驚いているようだ。
「いまバタフシャーン公国にいるけど、ちょうどこの頃、日本に来る用事があるらしいの」
「だからって……来てくれるわけないでしょ!」
「すでに日時と会場の連絡してあって、ぜひ出席させてくださいって返事ももらっているわ」
「……本当の話なのね?」
「もちろんよ。バタフシャーン公国にいる鉄馬おじさまに聞いてもらった話ですもの」
ママは「あらあら」と慌て出した。
すぐに「お料理が……招待状が……警備が……お電話しなきゃ」とつぶやいて、リビングを出て行ってしまった。
夏美は小さくガッツポーズをすると、そっとリビングを出た。
自室に戻ってすぐ、「うまくいったわ」と誠一にメッセージを送った。
返事はすぐに来た。『これで計画の第一段階は終了だな』と書いてある。
「うふふ……今回のパーティは渡りに船だったわ」
スマートフォンを握ったまま、夏美はほくそ笑む。
夏美の覚醒記念パーティは、彼女の知らないところで進んでいた。気づいたときにはもう、招待状を出したあとだった。
それではさすがに、中止にできない。
ほどなくして静香や誠一から、パーティの招待状が届いたと連絡が来た。
不機嫌を隠し切れない夏美は、それ以来あまり両親と会話をしていない。
当日も挨拶だけして退場してしまおうと思ったほどだ。
「でも両親のことだから、私に内緒で婚約者を探してくるかも……」
覚醒したことは純粋に嬉しいが、両親は私の価値が上がったとしか認識していないのが困りものだ。
誠一と付き合いはじめたとき、そのことを両親に伝えた。両親は誠一が覚醒者と知って喜んでくれた。
覚醒者という肩書きが重要だったのだと思う。
すぐに身辺調査をしたのだろう。両親は一度、誠一だけでなく、拳人まで家に招待している。
覚醒者として活動している二人組ということで、取り込みたいと考えたのだと夏美は予想している。
これまで小さなパーティに夏美が出席する際、同伴者として何度か誠一が選ばれている。
覚醒者である誠一と、一般人の重役の子息なら、誠一の方が価値が高いと判断したことになる。
これまではそれでうまくいっていた。だが今回、夏美自身が覚醒してしまった。
覚醒者を欲する貴族や有力者は多い。
今後、より条件のよい相手との縁談も可能と、両親は判断しているはずなのだ。
ただすでに周囲へボーイフレンドとして誠一を紹介している手前、急に乗り換えたりすると外聞が悪い。
候補となる相手が見つかった場合、何らかの理由をつけて誠一と別れさせられる可能性が出てしまった。
「そのときは家族の縁を切ろうかしら」
ありえそうな未来に、夏美は本気でそう考えた。
○法院家・リビング 法院静香
静香と兄の将馬は現在、バタフシャーン公国にいるすべてのクランとオンライン会議をしている。
会議に集まったのは、バタフシャーン公国で活動している五つのクランリーダー。そのうち一つはバタフシャーン公国人からなるクランである。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。法院将馬です。そして隣にいるのが妹の静香です」
「お初にお目にかかるかかる方もいらっしゃるかと思います。静香と申します。よろしくお願いします」
画面に五つの顔が映っている。
上段左は、クラン『青の栖』のクランマスター日野川梓。
日野川はすでに十年の長きにわたって、『青の栖』のクランマスターをしている。将馬も静香も、彼女のことはよく知っている。
実年齢こそ四十代の半ばだが、覚醒したのが早かったため、いまだ二十代の外見をしている。
その隣に映るのは、『爆走迷信』のクランマスター合田鶴弥。
幼児が見たら泣き出し……精悍そうな顔をした中年男性だ。日焼けした肌には、多くの傷が見て取れる。
合田は先日、還暦を迎えたので、そろそろ後継に道を譲ると周囲に宣伝していたところに塔攻略の話が持ち上がり、辞めるに辞められない状況に陥ってしまった。
下段左には、『南都の会』のクランマスター圓家ルミカがいる。
彼女はバタフシャーン人とのハーフで、くすんだ金髪に薄いブルーの瞳をしている。
覚醒者として活動しているだけでなく、グラビアモデルもしている。
陽気な性格と、きさくな態度が人気で、日本とバタフシャーン公国の両方で知名度が高い。
下段真ん中には、『雲海』のクランマスター海老原総持。
彼はこの中でもっとも若く、まだ二十代の青年である。昨年先代が引退し、代替わりしたばかりである。
最後、下段右にはバタフシャーン人のみで構成されたクラン『ミントリーフ』のクランマスターウェープ・ハネンの顔があった。
ハネンはバタフシャーン人であるため、本来ならばこの会議に参加する義務はない。だが、本人たっての希望で今回参加と相成った。
『青の栖』は、法院家が所有するクランであり、『爆走迷信』と交流がある。
ルミカの『南都の会』とハネンの『ミントリーフ』はクラン間の交流があり、クランマスター同士も親しいらしい。
そして海老原がクランマスターを務める『雲海』は、すべてのクランと緩やかに繋がっている。
日本国内と違って、バタフシャーン公国内ではクラン間の対立はほぼないと言える。
「さっそく本題に入ります。いまさら言うまでもないでしょうが、十七人会は我々に『死ね』と言ってきました」
将馬の言葉に全員が頷く。
海老原が難しい顔を崩さないまま、口を開いた。
『前置きはどうでもいい。俺がこの会議に参加したのは、法院家に塔攻略を成功させる策があると聞いたからだ。まずそのことを聞きたい』
「お話しする順番が……いや、もういいですね。では結論から申します。塔攻略は我々のクランのみで成功させます」
「我々……? 『青の栖』だけってことか?」
「はい。塔攻略は『青の栖』だけで十分です。これは日野川さんも了承済みです」
『ええっ!?』『無理だ!』『どういうこと!?』『OH!』
反応は様々。だが共通しているのは、将馬の言葉を信じていないこと。
『自分たちだけ犠牲になる……というわけではないのか?』
「成功する確率は高いと私は考えています。ですが、敵は十七人会だけではありません」
『貴族と……竜華国よね?』
『それにマスコミもでしょ』
将馬は頷いた。
「我々には策があります。そして『青の栖』は塔攻略に専念します。みなさんにはそのバックアップをやってもらいたいのです。そのために今日、この場を設けさせていただきました。塔攻略を成功させるため、他国の介入と貴族やマスコミの対処をみなさんにやってもらいたいのです」
『…………』
全員の顔が真剣になる。
『……聞かせてくれ。その策とやらを』
海老原の言葉に、将馬は「もちろんです」と作戦の詳細を語った。
話を最後まで聞き終えた各クランのリーダーは一様に驚き、呆れ、そして笑みを浮かべた。
『なるほど、私たちの役目は理解したわ……けど、ほんとうに「青の栖」だけで攻略できるの?』
『そうだ。そこまでやって失敗したら……』
『信じてください』
将馬がそう言ったとき、圓家が『それ、フラグ』と言い、これまで黙って推移を見守っていたハネンが『Crazy』と呟いた。
何にせよこの会議で、バタフシャーン公国にあるすべてのクランの合意が得られたのである。
あとは、作戦に沿って各々がその役割を全うするだけとなった。
◯バタフシャーン公国 クラン『青の栖』
「……ふう」
オンライン会議が終わり、クランマスターの日野川梓は大きく息を吐き出した。
「お疲れ様」
梓の幼馴染にしてサブクランマスターの内田光 が梓を労う。
「横から覗いておったが、他のクランマスターはずいぶんと驚いておったの」
同じくサブクランマスターの柊光三が「シシシ」と人の悪い笑みを浮かべた。
「私たちだけで塔を攻略するって言えば、あんな表情にもなるでしょう」
「そうだよねー」
「ワシらのクランだけと言っても……なあ」
「いまいる覚醒者って、残りの四クランを合わせたよりも多いのよね」
「しかも貴族やマスコミに一切、顔を知られていないじゃろ?」
光三の言葉に、梓は「そうなのよね、ふふふ」とやはり、こちらも人の悪い笑みを浮かべた。
上野拳人が作成した覚醒丸によって、毎日多くの覚醒者が生み出されている。
覚醒者は秘密裏にバタフシャーン公国へ向かい、クラン『青の栖』に加入している。
いまだ訓練中だが、梓たちの座を脅かすほどに、戦闘力の高い者たちも出てきた。
加えて、静香からもたらされた塔攻略の秘策がある。いまのままでも成功率はかなり高いと梓は見ていた。
「問題は竜華国の妨害じゃが……」
「それもなんとかなりそうなのよね。……静香さん、末恐ろしいわ」
梓の言葉に光と光三は同意するように頷いた。
○駆久町・松葉公園 四堂誠一
夕暮れ時の公園は、子どもたちの声が消え、静かな場所になっていた。
ベンチに腰掛けた誠一は、缶コーヒーを握りしめたままずっと黙っている。
となりに座る夏美は、彼が言葉を探しているのを感じて、急かさずに待っている。
穏やかな時が流れ……。
「……ナツ」
ようやく誠一が口を開いた。その声は、いつもの軽さがどこにもなかった。
「うん」
「オレさ……ケントには、まっすぐでいてほしいんだ」
夏美は横目で誠一を見る。
誠一の横顔はどこか寂しげで、それでもその奥に確固たる意志が見て取れた。
「ケントはさ……ああ見えて、危なっかしいだろ。人のために迷わず飛び込むし、自分のことは後回しだし……でもあいつは、あいつだけはあのままでいてほしいんだ」
「……うん。分かるわ」
「でもな、あいつが持っている秘密を探るやつが出てくる。貴族やマスコミがあれを知ったら絶対に利用しようとする」
誠一は缶を握る手に力を込めた。金属が歪む。
「だからオレは……あいつのために、汚れ仕事をしようと思う」
夏美は息を呑んだ。
「…………」
「ケントには言わない。絶対に。あいつは知ったら止めるし、止められたら、オレは動けなくなる。だから……オレが裏を引き受ける。必要なら、だれかを脅すことも、罠を張ることも、敵を潰すことだってやる」
誠一の声は静かだった。怒りでも焦りでもなく、ただ覚悟だけがそこにあった。
「……うん」
「俺はケントの『影』でいい。あいつが前を向いて走れるように、後ろの泥は全部かぶる」
誠一の言葉はもう、迷いのないものだった。
ゆえに夏美は、しばらく黙っていた。そしてゆっくりと、彼の手を握った。
「……分かったわ。誠一がそこまで覚悟してるなら、私も一緒に背負う」
「ナツ……」
「拳人くんはたしかに危なっかしいわよね。だれかが支えなきゃいけなんでしょ。でもそれは一人でなくてもいいと思わない?」
誠一は、少しだけ目を見開き、フッと笑った。
「……ありがとな、ナツ」
「当然よ。だって私は、誠一の彼女なんだから」
人類がこの星間闘争に勝ち残るには、拳人の力が必要だ。
だからこそ二人は、同じことを思ったのだ。
夏美は誠一の肩に頭を預けた。
夕暮れの風が、二人の間を静かに通り抜けていく。
二人分の影法師が、一つになった。




