014 密談
〇駆久高校・二年三組の教室
新学期がはじまり、一週間が経過した。
教室のそこかしこで、塔攻略の話題が持ち上がっている。
――バタフシャーン公国にある日本のクランが、ついに塔攻略に乗り出す!
昨日の夜、テレビ局のどのチャンネルでも一斉に、その報道が流れた。
各社、足並み揃えての報道である。
まるで知っていたかのように特集番組が組まれ、塔攻略に詳しい有識者が画面に並び、コメンテーターが訳知り顔で解説していた。
クラン関係者から聞いた話というのもあった。いつ取材したのか謎だ。
「……でよ、まだ報道されてないけど、すでにスタッフがバタフシャーン公国で取材してんだよ。向こうの反応ってのも、あった方がいいじゃん?」
中橋一矢のもとにクラスメイトが集まっている。
中橋の父親がマスコミ関係者ということで、仕入れた内部情報を惜しげもなくクラスメイトに話している。
彼やその父親は、社外秘や守秘義務という言葉を知らないのだろうか。
中橋の言葉をスマートフォンで撮影しているのもいるけど、あとで問題にならないか? 俺の知ったことではないが。
問題は話の中身とクラスメイトの反応だ。
なにしろテレビでまだ報道されていない部分まで中橋は喋り、クラスメイトは感心しながら聞いているのだ。
「それじゃ、年内の攻略は確実ってことか」
「つかもう、始めるんじゃないか?」
「でもよ、他国のこともあるだろ。攻略するって発表しちゃったら、邪魔しにくる国があるんじゃね?」
「なおさら、早い方がいいだろ」
「いや俺の見立てだと、年末ギリギリに行動起こす」
「年末? 妨害とか考えたら、早い方がいいんじゃないか?」
「準備があるからね。まあ、俺の予想は外れないと思うよ」
「へえ~…」
今回の件、バタフシャーン公国にいるクランだってつい最近知った話だ。
準備など、できているはずがない。
テレビでは日本政府が攻略クランをバックアップすると報道しているが、事実はまったく違う。
バックアップもなにも、一方的な通達によって無理やり塔攻略させられるのだ。
中橋はそれを知っているのかもしれない。
クラスメイトは、マスコミの発表を完全に信じているようだ。話を疑っているそぶりはまったくない。
マスコミは十七人会に抱き込まれていると法院さんが言っていた。
報道内容や手回しの良さを考えると、その通りなのだろう。
このまま塔攻略に向かえば全滅は必至。貴重な覚醒者を多数失うことになる。
覚醒者を失うんだぞ。それでいいのか?
やはり権力争いばかりしてる貴族はクズだ。
人類の存亡をかけた戦いを貴族は少しも理解してない。
「そしてマスコミも同じ穴の狢か……やれやれだな」
盛り上がるクラスメイトをよそに、俺は嘆息した。
〇天啓企画事務所 上野拳人
「やられましたわ」
いま事務所にいるのは、俺と誠一、夏美、そして法院さんの四人だ。
今日の午前中、マスコミが新しい発表を行った。
それがすぐにネットニュースとなり、俺たちはついさっきそれを知った。
いま、スマートフォンでそのニュースを見ているのだが、先ほどから法院さんの顔が厳しい。
俺もまさか、ここまでしてくるとは思わなかった。
「こんなに早く、攻略する塔まで発表するとはな」
「近隣の国は色めきだっていることでしょうね」
そう、マスコミはなんと、攻略する塔まで勝手に発表したのだ。
昨日、日本のクランが塔の攻略に乗り出すと発表があったばかりなのにだ。
攻略を要請されたクランは、まだなんの準備もできていない。
そんな状態での発表だ。あまりに早すぎる。
各国が攻略に成功した塔の数は、国家間のパワーバランスをはかるゲームのようになっている。
落とした塔の数が明確に分かるせいで、この七十年もの間、ずっと競い合っているのだ。
当然、仲の良い国もあれば敵対している国もある。
どこかの国が塔攻略に乗り出すと、敵対国や潜在的な敵対国がピリピリしだす。
「時間を与えたら、周辺国は妨害を仕掛けてくるぜ」
誠一の言葉に、俺は頷いた。
「少なくとも竜華国からは、絶対に妨害があるな」
竜華国はとにかく日本を敵視している。妨害をしないわけがない。
いまごろ、どうやって妨害しようかと緊急会議を開いている頃だろう。
それを分かっていて、マスコミは早々に攻略する塔を発表したのだ。
「まったく忌々しいですわ」
「攻略する塔を変更するしかないと思うけど」
「そうですわね。本日発表された塔は、とても難易度の高いものです。変更すべきでしょう。問題はマスコミです。これだけあからさまですと、塔攻略が成功しても手柄は十七人会に取られ、実際に戦ったクランについては、ネガティブキャンペーンが行われるような気がします」
「そこまでするか?」
「貴族たちはそこまで腐っています。攻略する塔を変更した場合、マスコミや十七人会に偽情報を流して周囲を混乱させた……などと報道されても驚きませんわ」
「エグいわね……でもやりそう」
夏美でもそう思うらしい。本当に我が国の貴族は信用ないな。
「攻略する塔を変更したことを変更すると発表すればいいんじゃないか?」
「そりゃ発表すればいいだろうけど、それじゃ絶対に妨害しにやって……ん? まてよ」
誠一が何かに気づいたように動きを止めた。
「どうした、セイ?」
「その話、いいかもしれん」
「……?」
「いけるか? ……うん、いけそうだ。マスコミを振り回して、貴族の鼻を明かせるかもしれない」
誠一に何か考えがあるようだ。
「セイ。一体、どうしたんだ?」
「貴族やマスコミを出し抜く方法はある……あるんだが、それは塔攻略できなければ意味はない」
「なるほど……アレを利用するのね」
誠一と夏美が頷きあっている。
「何か考えがあるのでしょうか」
「今度、夏美の覚醒記念パーティをしなくちゃならなくなってな」
「そのときちょっと……ね」
仲いいな。いや、二人はカップル(死語)だけどさ。
だが、実は俺と法院さんにも秘密の策がある。ということで……。
俺は法院さんに目配せした。法院さんは小さくうなずいてくれた。
いまの、意思疎通できた……んだよな?
「セイ。俺に、塔攻略の秘策があるって言ったらどうだ?」
俺の言葉に、誠一は驚いた顔をした。
「塔を攻略……できるのか?」
「ああ、俺はかなり成功率の高い話だと思っている。そのための調査を法院さんがしてくれている」
法院さんが頷いた。
「調査員を派遣している最中ですわ。専門家にも連絡を取っていますので、近いうちに結果が出ると思います」
「それは頼もしいな。オレと夏美で最近調べたことがあるんだが、もしかして……?」
「俺とセイの……いや、四人の意見を出し合ったら、イケるんじゃないか?」
俺と法院さん、誠一と夏美でそれぞれ動いていたことが分かった。
「なら、俺から話そう。考えた計画はこうだ。一通り聞いたら、意見をくれ」
その日俺たちは、塔を攻略する作戦とマスコミを振り回し、貴族の鼻を明かす計画を遅くまで語り合った。
○上野家・リビング 上野拳人
今日は休日。事務所に行くのが面倒なので、台所で丸薬作りをした。
ノルマが終わったところでリビングに行くと、妹の魔子がソファに寝転びながらスマホをいじっていた。
俺の姿を見るなり、ぱっと顔を上げる。
「お兄ちゃん、ただいまー!」
「おかえり? ……で、そのテンションの高さはなんなんだ?」
「聞いてよ! 今日ね、モモちゃんと一緒にテラノヴァ行ってきたの!」
モモちゃんとは、魔子と一緒に覚醒した百瀬香奈のことだ。
魔子から親友だと聞いている。
「大丈夫だと思うが、危険な場所には近づくなよ」
魔子は「もちろん大丈夫だよ」と勢いよく起き上がり、テーブルにどさっとナップサックを置いた。
いつも魔子がテラノヴァに行くとき、お菓子をつめているナップサックだ。
中からジャラジャラと音がする。
「それでね、こんなに拾えたんだよ!」
ナップサックをひっくり返すと、青白く光る輝石がテーブルいっぱいに転がった。ざっと見ても百個以上はある。
「……おまえ、どこまで行ったんだ?」
「ゲートから一時間くらい走ったら森があったの! そこ、意外と人が来ないみたいでさ。モモちゃんが『こっちの方にある気がする〜』って言うから行ってみたら、めっちゃ落ちてた!」
すでに魔子の輝力は6級に上がっている。
それで一時間も走れば、一般人の行動範囲を楽に超える。
「でね、途中で原生魔獣の気配がしたから、モモちゃんがビビって帰ろうとしたんだけど……」
「おい、だから危険なところへは行くなって」
「大丈夫だよ! わたし、糸で木の上に避難したもん!」
魔子は得意げに両手を広げ、指先から青い糸を天井まで出してみせた。
「ほら、こうやってスルスルーって登って……そしたらモモちゃんが下で『ずるい!』って泣きそうになってた」
「……おまえ、楽しんでるだろ」
「うん! めっちゃ楽しかった!」
即答かよ。まあ、本当に一人だけ避難したわけじゃないだろうが。
「でね、帰りにモモちゃんが『絶対また行こうね!』って言ってくれてさ。わたし、覚醒してよかったて思った!」
魔子は天井からぶら下がって、ゆらんゆらんしながら笑っている。
その姿を見ていると、なんだか肩の力が抜けてしまった。
「……楽しそうでなによりだ」
「でしょ? あ、これ全部お兄ちゃんにあげるね! 丸薬の材料にして!」
「助かるよ。ほんとに」
魔子は満足げにうなずき、ソファにダイブした。
実際、いま魔子なら、スモール種やミドル種なら普通に勝てる。
ラージ種でも、状況次第で勝てるだろう。
さすがにヒュージ種は無理だが、それは装備が整っていないのと、戦いの経験が少ないからだ。
「次はどこに行こうかな。モモちゃんと一緒なら、どこだって行ける気がする」
そう言って笑う魔子の顔は、どこまでも無邪気だった。
「ほどほどにしとけよ」
魔子たちには、能力を高める丸薬を渡している。順調に輝力が上がり、人間離れしてきている。
そのうち手が付けられなくなるのでは?
俺はテーブルの上で光る輝石を眺めながら、そんなことを思った。




