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013 塔攻略の話

〇どんぐり公園・公園内 上野拳人


 どんぐり公園はとても小さく、シンプルなベンチが一つだけしかない。

 いま公園内には、俺と法院さんしかいない。内緒話するのにちょうどいい。


 念のため、道路にも人がいなことを確認してから、俺は話をつづけた。

「実は、ものすごく簡単に【F02】を攻略する方法があるんだ」


 法院さんは目をキョロキョロとさせ、少しうつむいたあと、まっすぐに俺を見た。

「……聞きましょう」


 法院さんは怒っているようにも、呆れているようにも見える。

 本当はまだ言うべきでない情報だ。だがここでバタフシャーン公国にいるクランがコケたら俺も困ってしまう。


「塔の背後には高い崖がある。あれは爆弾で簡単に崩せるんだよ」

「背後の崖が壊せる……ですか?」


「堅牢に見えますし、どうにも信じられません」と、法院さんはスマートフォンで調べた塔周辺の写真を俺に見せたてきた。

 塔の背後には巨大な岩盤でできた崖がそびえ立っている。間違いない。前世の記憶にある通りだ。


 その崖は、まるでオーストラリアにあるエアーズロックのように強固……のように見える。

 それを簡単に崩せると言われても、にわかには信じられないだろう。


「実はこの崖、とっても脆い箇所があるんだよ。それこそ数カ所を爆発させるだけで、巨大な土砂崩れを引き起こせるほどにね」

 前世では、その方法で塔が攻略された。


 塔の近くに拠点があって援軍は容易。

 敵が攻めてくる方角は塔の正面のみと限定されているから奇襲もできない。


 見るからに守りやすい塔だった。

 だから塔陥落の報は、俺たちに衝撃を与えた。

 

 爆発によって塔の左右が土砂で埋まった。たったそれだけで多くの同胞が死んだ。

 土砂が塔の周囲に積みあがり、援軍が迂回して駆け付けねばならず、間に合わなかったのだ。


 結果、わずかな時間で赤晶石(せきしょうせき)が破壊されてしまった。

 敵が撤退したあと、こうなってしまった原因を徹底的に調査した。


 分かったのは、背後にあった崖は見た目ほど強固ではなく、小さな衝撃でも簡単に崩れる箇所が複数あったこと。

 雨が降ったあとは特に(もろ)く、水分を大量に含んだ土砂は、大質量の土砂崩れとなって塔に押し寄せることが分かった。


「本当に土砂崩れが起きるのですか?」

「ああ、俺が保証するよ。とくに大雨のあとなら、確実に土砂崩れはおきる」


 ここを守る敵勢力は多いが、塔の中には入れないので、周囲に展開している。

 土砂崩れさえ起こせれば、一網打尽にできるのだ。


「……調査してみます。もしそれが本当でしたら、塔攻略の大いなる助けとなるでしょう」

 敵の防衛隊が土砂崩れに巻き込まれれば、あとは簡単だ。援軍が到着するまでに赤晶石を破壊してしまえばいい。


「短期決着が絶対条件だね。もし敵の援軍が間に合ったら、攻略隊は全滅する」


 崩れた土砂は、有利にも不利にも働く。

 援軍の到着が間に合ってしまえば、どこにも逃げ場がないため、容易に全滅しうるのだ。


「オール・オア・ナッシングですか」

「そう。投げた(さい)は、もう戻らない」


「それは楽しそうですね」

 そんな剛毅なことを法院さんは言った。意外と戦闘民族か?


          〇


 法院さんと別れた俺は、法人の事務所がある雑居ビルの四階に向かった。

 四階には俺が借りた事務所以外にも、複数の事務所が入っている。


 一応、扉には『天啓企画(てんけいきかく)』と書かれたプレートを貼っておいた。

 ここは秘密の場所なので、客が来ることはないのだけど。


『天啓企画』は、俺が夏休み中に立ち上げた法人の名前だ。

 社長は俺で、誠一と夏美を社員として登録している。


 最初、誠一を社長に据えようと提案したが反対された。

 誠一はイケメンだし、人当たりもいい。行動力と決断力があるのだから社長にうってつけだと思うのだが、拒否されてしまった。


 だったら共同経営……という案も却下された。なぜだ?

 仕方がないので、俺が社長をやっている。


 ただでさえ高校生起業という胡散臭いものに、会社の顔である社長が俺(モブ顔)では、信用にかかわると思うのだが。


 そのうち絶対に誠一に引き受けさせるつもりだ。

「よし、作業するか……っと、その前に防犯装置の確認だったな」


 覚醒丸のことが外に漏れた場合、俺や俺の周囲に必ず探りが入る。

 とくにこの事務所など、格好の調査対象となる。


 そのため、見えるところと見えないところに防犯装置が設置してある。

 たとえば入り口の扉。これが開閉されると、俺のスマートフォンに通知が来る。


 正面の窓の上とロッカーの上には、極小のトレイルカメラが設置してある。

 この辺は気づかれる可能性があるが、実はもうひとつ、侵入者を検知する装置があったりする。


「棚に近づいた人は……なしか」

 事務所の床には絨毯が敷かれているが、その下に重量検知シートを置いている。


 重力検知シートは、車の運転席や助手席にあったりするので知っている人も多いが、人ほどの重さがそこにかかると通電する。


 これを記録しておけば、何時何分にどのくらいの時間、人がそこにいたか分かるようになっている。

 これまで一度も、俺たち以外が検知されたことはないが、本当にいつどこで情報が洩れるか分からないので、毎日のチェックは欠かせないのだ。


 今日も侵入者はいなかったので、丸薬作りをはじめることにする。

 棚から輝石を取り出し、事務所の台所で粉に変えた。


 他の素材も順次加工していく。

 しばらく作業を続けていると、ガチャガチャと事務所の鍵が開く音が聞こえた。


「調子はどう? 差し入れ持ってきたよ」

 扉が開き、夏美が入ってきた。


 ちなみに誠一と法院さんは入ってくる前にノックをするが、夏美だけはそのまま入ってくる。

 お嬢様じゃないのか?


「ちょうどよかった。今日のノルマは終わっているんだけど……」

「だけど?」


「実は大変なニュースを聞いてね」

「ほうほう?」


 学校と法院さんに聞いた話をすると、夏美は「本当に貴族ってどうしようもないね」と同じ感想を洩らした。

 自らの利益のみ追及して、塔攻略のそぶりもみせない貴族の振る舞いに、それなりの数の国民が気づいている。


 それを声高に叫ばないのは、貴族が権力と武力を持っているからである。

 とくにマスコミに近しいのが最悪だ。


 ペンは剣よりも強しと言うが、ペンより強いものはなんだろうか。

 ペンを抱き込んだ貴族を掣肘できる者は、いまの日本に存在しない。


「……というわけで、法院さんからの注文分は終わっているんだけど、ここからは自主的に頑張ろうと思ってね」

 注文は余裕を持った量しかこない。さすがに法院さんも限界まで作ってくれとは言ってこないのだ。


 そこで俺は、まるで捨て駒のような扱いで塔攻略を命令してきた十七人会、つまり貴族どもの鼻を明かすため、輝力(きりょく)の限界まで丸薬を作ることにした。

 それで少しでも俺達が強くなれるなら、やる意義はあると思うのだ。


「なるほどね。……私も魂妹(こんまい)のために、何かできることないか、探してみるわ」

 夏美は差し入れを置いて去っていった。


 差し入れは高級洋菓子店のケーキだったので、家に持ち帰って妹と一緒に食べた。




水無瀬(みなせ)家・自室 水無瀬夏美


 事務所に顔を出したら、案の定、拳人はがんばっていた。

 秘密が漏れては大変だからと、拳人は一人で丸薬を作っている。


 たしかに知る人が増えれば、それだけ情報が漏れる可能性が高くなる。

 そして遠からず、覚醒者が急激に増えたことで嗅ぎ回る者が出てくる。


 それを心配して法院家で護衛をつけようかと提案したらしいが、逆に秘密が漏れると断ったらしい。

「……しかし、十七人会も困ったものね」


 過去はどうだったかは関係ない。いま彼らの存在が日本のがん細胞になっている。

 権力を持ちすぎていて、排除に動いた瞬間にこちらが排除されるだろう。


 そんなことを考えていたら、誠一からメッセージが届いた。

『俺はこのままにはできない。どうにかして復讐したい』


 メッセージには、そんなことが書かれていた。

「そういえば、ここにもがん細胞があったわね」


 誠一に頼まれて調べたが、あの記者は真っ黒だった。

 放置すれば、さらなる被害者が出るだろう。


 レギオン『常勝不敗』と繋がっているのもよろしくない。

 本人は小物でも、権力をもった後ろ盾がいると話が違ってくる。


 そのことを誠一に告げると、意外な言葉が帰ってきた。

『逆に考えれば、レギオンが不要と見なせば、奴は破滅するんじゃないか?』


 なるほど。だけどそんな都合のいい話はあるだろうか。




○上野家・リビング 上野(うえの)浩一(こういち)


 上野家の夕食が終わり、子供たちはリビングでテレビを見ている。

 妻の美佐子(みさこ)が食器を片づけている様子を浩一はボーッと眺めていた。


 リビングからはテレビの音と、ときどき兄妹が言い合う声が聞こえてくる。

 浩一は持っていた湯飲みを置き、洗い物をしている妻にぽつりと漏らした。


「……なあ、美佐子。うちの子たち、なんかすごいな」

「急にどうしたのよ」


「いや、ほら。魔子は覚醒者になって、毎日テラノヴァに行ってるし……拳人は拳人で、最近なんだか忙しそうだろ? 俺たち、普通の会社員とパートなのにさ」


 美佐子がフッと笑った気配がした。

「たしかにね。私たちなんて学生時代の武勇伝もないし、運動神経も普通。家系に覚醒者がいたわけでもないのにね」


「なのに、あの二人はどうしてああなんだろうな」

「どうしてなんでしょうね」


 浩一は天井を見上げた。

 自身は平凡ゆえに、誇らしさより心配の方が大きい。


「魔子なんて、今日も『糸で木の上に登ったよ!』って笑ってたぞ。俺なんか、木登りしたら足がつるのに」


「拳人もね、最近は夜遅くまで何かを作ってるみたいね」

「まあ……元気でいてくれれば、それでいいんだけどな」


「そうね。どれだけ周りから特別でも、どれだけ遠くに行っても……帰ってきたら『ただいま』って言ってくれれば、それで十分よ」

 美佐子はそう言って、湯飲みにお茶を注ぎ足した。


 そのとき、リビングから魔子が勢いよくやってきた。

「忘れてたっ! お兄ちゃんに内緒でケーキ食べるんだった!」


 魔子の元気な声が台所に響いた。

「……ほう、冷蔵庫にケーキか。それは良いことを聞いた」


「ぎゃー、お兄ちゃん。聞いてたの?」

「声がデカ過ぎなんだよ。どれどれ……おまえ、奥の方に隠してたのか」


「だめーっ! それ、わたしのっ!」

「隠しているってことは、(やま)しい気持ちがあるってことだ。俺がもらっても構わないよな」


「わたしが買ったんだもん!」

「いつも俺が買ってやってるだろ。たまには寄越せ」


「駄目ったら、駄目っー!」


 小さなケーキを巡って、二人で言い争いがはじまった。

 浩一と美佐子は顔を見合わせて笑う。


「……特別でもなんでもないな、うちの子たちは」

「ほんとにね」


 その後、兄妹喧嘩が覚醒者同士の戦いに発展したので、浩一は子供たちにゲンコツを落とした。

 手の方が痛かった。



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やはり暴力、暴力が全て解決する。
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