011 夏休み中のこと
〇駆久高校・二年三組の教室 上野拳人
気が付いたら、半分以上残っていた夏休みが終わっていた。
今日から新学期。
夏休み中の俺は、毎日輝力が尽きるまで丸薬作りをしていた。
妹が拾い集めた輝石を粉にしては、調理器具で丸薬を作る毎日だった。
できあがった丸薬は、法院さんがすべて買い取ってくれたので、俺の懐はかなり潤った。
妹にも多額のバイト料を渡すことができた。というか、法院さんからの報酬が多すぎた。
「額が額ですので、振り込み先を分散させます」
お金の流れから身バレを防ぐ措置だが、これがけっこう面倒だった。
素材の売却費という名目で銀行口座へ入金があった。
アルバイト代として、手書きの領収書を毎回書いた。
顧問料というのもあった。なにか顧問しただろうか?
つまり、よくわからない名目に分散させて、俺に払ってくれたのだ。
それだけ分散させてもまだ全額には程遠いので、現金が入った封筒を法院さんが毎回持参した。
ファミリーレストランで、丸薬と現金が入った封筒の交換。
まるで秘密の取引だが、だいたい合っていると思う。
誠一の腕は順調に生えてきて、二週間待たずに全快した。
「外に出ると、だれかと会うかもしれないだろ」
腕が生える途中の姿を知り合いに見られないよう、誠一は毎日、家の中で過ごしていたようだ。
せっかくの夏休みなのにやることがなくて退屈だったよと笑っていた。
出来事は、それだけではない。
実はこの夏休み中に、俺は会社を立ち上げた。
俺は法院静香さん個人と丸薬売買の専属契約している。
法院さんに丸薬を渡し、法院さん個人からお金をもらっている。
それが個人間の取り引きで動く額でなくなってきている。
いつかおかしいと気づく人が出るだろう。
法院さんと会う場所も、いつまでもファミリーレストランというのはよくない。
人目に付かないところが望ましい。
そういった理由から、俺は雑居ビルの一室を借りることにした。
そのために法人を設立したのだ。もちろん法院さんに協力してもらってだ。
俺が借りた事務所は、場末にある雑居ビルの四階。
そこは一階が喫茶店で、二階が学習塾。三階は焼肉レストランと人の出入りが多い。
四階は事務所が集中していて、借りたのはそこで一番小さい部屋だ。
狭くてもいいから目立たない場所がいいと希望を出したら、ここを紹介してくれた。
事務所の壁には素材を入れる大型ロッカーが並び、反対側に冷蔵庫と冷凍庫が鎮座している。
奥に小さな台所があるので、そこで丸薬を作ることにした。
俺が設立した法人や事務所のことを知っているのは、俺と法院さんを除けば誠一と夏美のみ。
妹やその友人にも教えていない。
法院さんは、俺が売った覚醒丸を使って順調に覚醒者を増やしているようだ。
覚醒者を国内で訓練させ、準備ができたらバタフシャーン公国へ派遣、そこで覚醒者登録をさせるのだそうな。
先日、俺は法院さんの兄である将馬さんと会った。
二十歳の大学生で、思慮深そうな瞳が印象的だった。
将馬さんは、俺の目立ちたくないという希望を全面的に受け入れてくれた。
「木を隠すには森の中だけど、それだけでは足らないかもしれないね」
法院さんの近くで覚醒者が急に増えたら、本気で真相を探る者が必ず出るだろうと。
まったくもって、その通りだ。
そのとき、「隠されているけど、慎重に調べたら出てきた」という情報があれば、人は疑うことなく飛びつくと教えてもらった。
法院さんの周囲に『秘匿された存在』を作るらしい。
「ただし、別方面からバレることもある。自身の存在を隠したいのなら、慎重の上に慎重を重ねた方がいいね」
そう言われたので、クラスメイトなど、俺の友人を覚醒者にするのは止めておいた。
妹とその友人には口止めしてあったが、もう一度、念を押した。
だれかに話したら、君たち自身も大変なことになると伝えておいたのだ。
事の重大さを理解したのか、二人は無言で頷いていた。
そんなことをしていたら、長い夏休みが終わってしまったのだわけである。
〇
久しぶりの教室だが、どうにも疎外感が拭えない。
一年のときは誠一と夏美が同じクラスだったので、教室内でも話し相手には困らなかった。
二年に進級したとき、全員クラスは別になった。
夏美は一組、誠一は二組、そして俺は三組だ。
ほかに親しい友人がいなかった俺は、二年に進級した最初で、友人作りに失敗した。
これはヤバいと思ったときはもう四月も末。すぐGWに突入して、その後は中間考査。
気が付いたら、ボッチが確定してしまった。
「……俺だけ体育の授業が別ってのもあるんだろうな」
覚醒者は身体能力が向上しているため、クラスメイトと一緒に体育ができない。
熱くなって全力を出した結果、相手に大怪我を負わせたなんて事件が、頻繁におこっている。
そんな事件が続いた結果、公立高校では一般人との体育は別ということが決まってしまった。
みんなが楽しくサッカーをやっている横で、一人だけ別メニューでトレーニングをするのだ。
二学期からは夏美も覚醒者として別メニューだが、一組と二組の体育は合同なので、夏美は誠一と一緒だろう。うらやましいことだ。
「上野、知ってるか? 日本のクランが塔を攻略するんだぜ」
教室でぼんやりしていると、クラスメイトの中橋一矢が話しかけてきた。
「塔を攻略? それは久しぶりなニュースだな。あと、事前に情報が出るのが珍しい」
「いや、まだ情報は出ていない。おれの親がマスコミ関連でさ、まだ大っぴらに流せないけど確定なんだぜ」
中橋はただ、自分だけしか知らない情報を自慢したいだけらしい。
クランやレギオンは、国からさまざまな優遇措置を受ける代わりに、塔を攻略する義務を負っている。
といってもノルマがあるわけではないので、実質好きにしていい感じになっている。
そもそもクラン単体では、どうがんばっても不壊塔を攻略するなど不可能だ。
レギオンくらいの集団を集めてようやくというレベルなので、クラン単体で塔に攻め込んで覚醒者を減らしたら元も子もない。
だからクランが塔を攻略しなくてもそこまで言われることはない。
そしてなぜ、塔攻略を事前に告知しないのか。
貴族が互いに権力抗争をしているのと同じく、国家間でも足の引っ張り合いがあるからだ。
人類が一丸となって外敵と戦うなんて理想的な話はない。
他国が塔を攻略しようとすると、密かに足を引っ張ろうとする国が出てくる。
日本の場合、主に近隣の国から有形無形の嫌がらせを受ける。
ゆえに塔攻略は秘密裏に準備され、他国が邪魔できないギリギリの日程でようやく公開されることがほとんどである。
「塔攻略はマストだからな。攻略するクランが現れるのはいいことだ」
「だな。……で、どこのクランだと思う?」
中橋はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
俺に当てさせて、優越感を得たいのだろう。
「レギオンならまだしも、クランの知識なんてないよ」
だから俺は乗らなかった。中橋は「つまんねーな」と、俺に興味をなくしたようだ。
「なんだよ、話を途中で止めるのか? どこのクランなんだ?」
最近停滞気味の塔攻略に乗り出したクランがどこなのか、少しだけ興味があった。
「バタフシャーン公国にいる日本のクランだよ」
中橋はそれだけ言って去っていった。
「……バタフシャーン公国?」
法院さんのクランがいるところだ。だが、夏休みの最後に会ったとき、法院さんは何も言っていなかった。
「どういうことだ?」
〇
バタフシャーン公国に常駐しているクランは、塔の防衛のためにいると授業で習った。
いつ敵が攻めてくるか分からないから、ローテーションを組んで防衛に当たっているはずだ。
防衛をおろそかにしてまで塔攻略というのは解せない。ほかにもっと相応しいクランがいくらでもあるのだから。
それに塔を攻略するにはまず、入念な下調べが必要だ。
この下調べがやっかいで、数か月、もしくは年単位で敵の防衛強度を探り、万が一にも失敗しないような作戦を練る必要がある。
攻略には非覚醒者も大勢参加するし、集める物資も膨大なものとなる。
塔攻略は日本の威信をかける一大イベントであり、手間と時間とお金をかける価値のある活動となる。
思いついて即行動をおこせるものではない。かなり前から準備していたはずだ。
にもかかわらず、法院さんはこれまで一度も塔攻略について話してくれたことはなかった。
俺と法院さんは、『だれにも言えない秘密』を共有している関係。
なのに、塔の攻略を俺に秘密にするだろうか。
「……法院さんに聞いてみるか」
俺はスマートフォンを取り出した。




