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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk
続 僕と彼女の猟奇的な日常

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第十四話 昼下がりの食堂

県警に最も近いバス停。


昼下がりの路面は乾いている。

人は多くない。


路線図を一度だけ確認する。

行き先表示。

系統番号。


自分の最寄りを通ることを確かめてから、乗る。


車内は空いている。前方に二人、後方に一人。

運転席の背中だけが動いている。


窓際に座った。

黒いケースは隣の席へ。


発車、振動は一定。吊革がわずかに揺れる。


窓の外の建物が滑る。

標識や歩道、コンビニや交差点が、窓の外を途切れなく過ぎていく。


茂は無表情のまま窓の外を見ているが、何も追ってはいない。


車内アナウンスが、アパートの三つ手前の停留所名を告げた。


立ち上がり、

ケースを持ち上げて重さを確かめるように一度だけ握り直す。


降車ボタンを押す音。

短い電子音。


バスが減速する。


アパート最寄りの三つ手前で降りる。

ドアが開いて外気が流れ込み、そのまま茂は歩道に足を下ろす。



バス停の近く。


ガラス戸の奥で、白い蛍光灯が静かに光っている。油よりも、湯気の匂いが先に届く。


昔からある地元の食堂。


茂は歩き、そのままガラス戸を引いた。

戸が靴に当たり、ガラスと木枠が軋んだ。


丸い照明が天井から長く垂れている。


店内は空きが目立つ。

カウンターと四人掛けのテーブル席がいくつか。


カウンターの内側は調理場になっている。


鍋が返る。

金属の擦れる音。

湯気が蛍光灯を曇らせている。


茂は一歩入って立ち止まり、店内を軽く見回す。


カウンター内から女性店員の声。


「いらっしゃいませ」


カウンターと厨房の間の透明な板に、手書きのメニューが貼られている。

板は湯気で少し曇っている。


茂はそれを見ていた。

ほんのわずか、口元が緩む。


店員が声を掛ける。


「何いたしましょうか」


茂は一瞬視線を店員へ移し、頷くように言った。


「―ビールください」


そのまま、カウンター正面のテーブル席へ移動する。


黒いケースをテーブルの上に置くと、椅子を引き座る。


体をわずかに右へ捻り、カウンター中央の手書きメニューを見る。


腕を組み、すぐに解いた。

両手でベルトを引き上げる。


視線は止まり動かない。


数十秒――店内の音だけが続く。


中華鍋を振る音。皿の擦れる音。低い会話。


やがて足音が近づく。


瓶ビールとコップを持った店員がテーブルに来て、コップを置く。

何も言わずに、ビールを注ぎ始めた。


泡の音が聞こえる。茂は店員を一瞬だけ見た。


「あの、」


言ってから、再び視線をカウンター中央のメニューへ戻す。

文字を追うでもなく、そこに置いたまま。


「醤油ラーメンと」


視線を店員に戻す。


「かつ丼――」


店員がビール瓶をテーブルに置く。


「ください」


店員が軽く頭を下げる。


「はい」


「醤油ラーメンいっちょう、かつ丼一個お願いします」


調理場の奥から、高い返事が返る。


注文を終えた茂は、ビールの注がれたコップを見る。


サッポロの文字がプリントされた薄いガラス。

白い泡が縁の上で丸く盛り上がっている。


その向こうに赤星の瓶。


左手でコップを持ち、親指で数度なでた。


右手を添え、泡がわずかに揺れる。


そのまま数秒、泡を見つめる。


まだ飲まない。


両手でゆっくり持ち上げ顔を近づけ――


啜る。


そのまま一気に傾ける。


ゴクリ。


ゴクリ。


ゴクリ。


一息で飲み干し、コップを下ろす。


短く二回息を吸い、空のコップに視線を落とした。


数秒。


唸る様にコップを見る。

そして、胸の奥から押し出すように、息を吐いた。



息を吐き終えたあと茂は、

何かの儀式をやり切ったように、口元をゆっくりと歪めた。


ニヤリ、と。

湿った笑み。


空のコップを指先で軽く弾きポケットからスマートフォンを取り出した。


画面が光り、指が流れる。


@k_news_clip

【独自】園舎から漏れる白い閃光と爆発音の正体は「特定外装備」か。銃は一度も火を噴かず。救助された園児の鼓膜損傷、世論は「救命の代償」か「過剰な暴力」かで真っ二つ。


@anti_system_jp

警察は「任意同行」とか言ってるけど、実質は「自分たちの無能を晒した民間人の口封じ」だろ。田村って指揮官が「俺の承認だ」って庇ってたのに、本部が命令で黙らせたってマジ? 組織防衛のために子供の命を天秤にかけるな。



@mama_support_net

助かったのは本当に良かった。でも、救急車から降りてきた子の耳から血が出て、ガーゼを当てられている姿を見て震えた。あの「爆発」は本当に必要だったの? 救助者に感謝はしたいけど、一生残る後遺症だったら……と思うと複雑。 #鼓膜破裂



@urban_legend_hunter

あの男、誰か特定できた? 血もついてない、息も切らしてない。あの淡々とした歩き方、素人じゃない。でも公認でもない。#槍の男



茂はスマートフォンを操作し、SNSを無表情で流し見する。


指が一定の速度で画面を滑る。止まらない。反応もしない。


やがて、足音。


お盆がテーブルに置かれる。

醤油ラーメン。

かつ丼。

みそ汁。

漬物。


湯気が立つ。


「お待たせしました」


茂は顔を上げず、軽く頷きスマートフォンを伏せた。


割り箸を割り、かつ丼の蓋を取る。


チャーシューを持ち上げ、裏表を見る。

丼に戻す。


麺を持ち上げ、混ぜる。

そして一息に啜った。


啜る。


啜る。


啜る。


一定の速度。途中で止まらない。


数分で丼は空になる。スープも残らない。漬物も消えた。

器は空になった。残滓もない。


茂は空になった器を数秒見つめる。


それから顔を上げ、カウンターに向けて言った。


「唐揚げと天津飯ください」


店内の音が、ほんの一拍ずれる。


聞き返しはしない。


「唐揚げと、天津飯」


声は変わらない。調理場へ通る。


「唐揚げと天津飯、追加いっちょう」


奥から、少し間のある返事。


まだ足りない、と身体が告げている。


茂は空のコップを引き寄せ、瓶を傾けた。


泡は立たない。透明な液体だけが満ちる。



本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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