第十一話 救出の代償
黄色い規制線の向こう側、スマホを掲げる手と、高いテンションの耳障りな声が場の空気に刺さった。
「……映ってる!? みんな、これ見えてる!? 今、緊急で回してます!」
「やばい、本当にやばい。今、ひまわり保育園で爆発が起きました! 爆発っていうか、何か光ったんです!」
画面が激しく揺れる。
規制線の向こう、園舎の窓が、一瞬だけ異常なほど真っ白に染まった。
「ほら! また白い光! 銃声じゃない、花火みたいな乾いた音がした! 中にまだ子供たちが残ってるって情報あるけど、警察は……おい、何で入らないんだよ!」
動画の解像度は荒く、ノイズが走る。だが、その臨場感が逆に恐怖を煽り、コメント欄は狂ったような速度で埋まっていく。
@user_09:
警察なにしてる? 突入しろよ!!
@k_city_watcher:
中で何が起きてるんだよ。テロか? 爆弾?
@tech_master_26:
どうなってんの、日本かこれ?
配信から数分でトレンドのトップを独占した。
#ひまわり保育園
#爆発音
#警察
地元のインフルエンサーがその動画を拾い、
瞬く間に再生数が跳ね上がった。
テレビ中継車が砂煙を上げて急停止し、局のロゴが入ったアンテナが空へ伸びた。
規制線の向こう側、混乱と怒号が渦巻く現場に、メイクを焦りで崩したレポーターがマイクを握って立つ。
【LIVE:緊急報道】ひまわり保育園
レポーター:
「……はい! 現在、ひまわり保育園正門前です! 」
「数分前までは爆発音が断続的に聞こえていましたが、
現在それはなくなっています」
「警官隊の突入の後、救急隊員が園内に入って行きました!」
県警本部・対策本部室。
映像統合システムには交錯する三つの事実が映し出されていた。
手ブレの激しい素人映像。数万の視聴者が「警察は何をしている」「爆弾か」とコメントを連打し、怒りと興奮がデジタルな熱量となってコメントが流れては消える。
「断続的に爆発音が……」と、取り乱したレポーターが繰り返す。
超高精細な定点映像。赤外線モードに切り替わったレンズが、閃光の回数を淡々と記録していた。
無線のスピーカーがノイズを吐き、現場医療班からの第一報が室内に響き渡った。
『……現場、速報です! 救出された園児数名に、鼓膜破裂疑い、複数』
『衝撃波起因の可能性』
先ほどまでの怒号が嘘のような重苦しい沈黙。
モニター越しに横たわる搬送中の園児。
耳を覆うガーゼの端から滲み出た赤黒い血。
「……負傷、確定か」
「……装備使用者の所在確認」
「事情聴取を優先しろ」
「任意でいい。無理に押さえつけるな」
指令室の奥から、低い、重い声が響く。
赤と青の警告灯が入り乱れる保育園の玄関前は、
救出の安堵よりも、暴力の余波に対する言いようのない恐怖に支配されていた。
救急隊員の荒い声と共に、ストレッチャーが次々と運び出される。
横たわるのは、小さく、ぐったりとした身体。
「道を開けてください! 搬送を優先します!」
ストレッチャーがカメラの横を通り抜ける瞬間、レンズがそのディテールを残酷に切り取った。
子供たちの両耳には、分厚いガーゼが痛々しく当てられている。そこから滲む赤。
「……嘘でしょ、耳から血が……ねえ、何をしたの!? 何が起きたのよ!」
規制線の外で、我が子を呼ぶ母親の悲鳴が夜の空気を引き裂く。
数本のマイク、スマホのレンズが、群がるように彼女の方へと向けられた。
レポーターが、戸惑いと苛立ちの表情を浮かべる若い警官に詰め寄る。
「園舎内で爆発物を使用したというのは事実ですか!? 救助のために子供たちを犠牲にしたのですか!」
「……離れてください。現在、状況を確認中です」
警官の手がマイクを遮る。
喧騒と静寂。保育園を包む空気は、その二つに叩き割られていた。
園舎の影から、一人の男が溶け出すように現れた。
黒い布が顔を覆っていた。
血はついていない。呼吸も乱れていない。
ただ、淡々と歩いている。
「……今、出てきた!」
「この人じゃない!? 突入したの!」
僅かな空白の後、フラッシュの群れが男を白く飛ばし、無数のレンズが一斉に寄る。マイクの束が槍のように突き出され、規制線の外から質問が飛んだ。
「あなたが爆発物を使ったんですか!?」
「中に何がいたんですか! 説明してください!」
茂は、答えない。
視線を現場指揮所に固定したまま、フラッシュに瞬きすらしない。
その先には無線に声を荒げている田村の姿。
その進路を、制服警官が静かに塞ぐ。
「少しお時間よろしいですか」
声は低く怒号も威圧もない。
背後で母親の叫びがまた上がる。
「何したの!? 何したのよ!」
フラッシュの連写音が響き、ライブ配信のコメントが爆発する。
『警察、なんで即逮捕しないの?』
『いや、アイツが助けたんだろ? 警官は外で突っ立ってただけだぞ』
『でも子供怪我してんだろ、やりすぎだ』
『連れてかれる。任意ぽいけど、実質確保じゃん』
茂が止まり警官と目が合う。
「何か?」
短い確認。
「事情をお聞きしたい」
「田村さんに確認してください」
言って茂は指揮所にいる田村に視線だけ送る。
その瞬間、田村が振り向いた。
無線を切り、早足で割って入る。
「俺の承認だ。装備使用も判断も、俺が出した」
制服警官は動かない。
「本部指示です」
間を置かず、田村の肩の無線が鳴る。
『田村。装備使用者の所在確認を優先。』
「必要ない。園児は全員救出済みだ。副次被害は――」
『命令だ。』
短い。田村の顎が強張る。
「現場見てねえだろ。中で何が――」
『田村。命令だ。』
無線はそこで切れ、田村の言葉だけが宙に取り残された。
田村は無線を握り締めたまま、茂を見る。
怒りが剥き出しのまま、しかし行き場がない。
「……申し訳、ありません……彼に従ってください」
「私から本部に説明します」
茂は田村の目を一度だけ見て理解する。
警官が距離を詰める。
「任意での同行です」
「分かりました」
「装備はこちらで預かります」
制服警官が言った。
「……はい」
フラッシュが焚かれる。
母親の叫びが背後で弾ける。
茂は抵抗しない。ただ歩き出す。
田村は動かない。
無線が鳴り田村は応答する。
「……了解」
その声は平坦。背中は固い。
茂は振り返らない。
規制線の向こうで、スマホの画面が一斉にその背中を追った。
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