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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk
僕と彼女の猟奇的な日常

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第53話 二分間

茂はポケットの中で、目覚まし時計の角を指で確かめた。


しゃがんだまま、片方を取り出す。画面を覗き込み、指先だけで時刻を合わせる。2分後。

もう片方は予備として、ジャケットに残した。


男が隠れている棚列から、反対側。

広場へ抜ける通路の、さらに影が深いほう。


時計を指先で床に触れさせてから滑らせ、棚の脚の影へ寄せる。見えにくい線で。


時計は途中で止まり、棚の下の暗がりに吸い込まれた。


——まだ気づかない。


二足の黒い塊は、別の動く点に意識を割いている。

腕が床を掴むように動いて、影から影へ移る。視界の切れ目だけを使っている。


長い2分。


男を見る。黒い塊を見る。自分の位置を見る。

もう一度。

もう一度だけ、順番を変えて見る。


距離。遮蔽物。

逃げ道の幅。棚の角。柱の影。

視界が切れる位置。音が出る床。

——足を置ける場所。


男へ視線を送り、黒い塊を確認し、すぐに自分の立ち位置へ意識を戻す。


同じ線を、何度もなぞる。

最初に決めると、外れた瞬間に詰む。

ここで代替を用意しないと、動いた瞬間に詰む。


茂は上着の前を片手で押しのけ、腰のホルスターに指を掛けた。

スプレーのグリップを確かめ安全ピンを抜く。


抜いたピンはデニムのポケットへ押し込んだ。


ホルスターの位置を少しずらす。利き手が最短で入る角度に寄せる。

引っ掛かりが出ないところまで出して、指で一度だけ押さえた。


呼吸を整える。

大きく吸わない。小さく吐く回数を増やす。

走れる体にしておく。脚の筋を固めすぎない。抜けすぎもしない。


男を見る。

まだ隠れている。顔が歪んでいる。

あれは、何かが起きた瞬間に飛び出す。止まられない。


茂は男と目を合わせた。

人差し指と中指で目元を指し、視線を示す。

そして頷く。

それで十分だった。


男の位置と、黒い塊の影、その間の空白を頭の中で並べ直す。


——2分。

 

時計の針が、見えない場所で揃った。


次の瞬間。


棚の奥で、目覚ましが鳴った。

短い電子音。細い音が、床を這って広がる。


黒い塊が一瞬だけ止まった。

止まったのは耳じゃない。視線の向きだ。

影が、鳴ったほうへ寄る。反応は速い。だが、全部じゃない。片方が半拍遅れる。


茂が動いた。


立ち上がらない。腰を浮かせたまま、棚の角を切る。

槍の穂先は出さない。体の横に沿わせ、影の中を抜ける。


速度を上げるのは、男が《《使える》》状態になってから。


男が飛び出した。


棚の隙間から転がり出るみたいに通路へ出て、足がもつれて、立て直して走る。

叫ばない。叫べない。喉が固まっている。


黒い塊が追う。


二足。腕が長い。床を掴んで引き寄せるみたいに加速する。

人間の走りじゃない。

速い。短い距離ほど速い。


男はすぐ追いつかれた。


片方が正面へ回り、もう片方が背後へ回る。

挟まれる。通路の幅が、男の逃げ道を消す。

背後に押され、棚側へ滑る。角に肩が当たる。


大きいほうが前に出る。影が覆いかぶさる。

腕が伸びて、男を掴んだ。


腕が伸びた。男の身体が引き止められる。


—— 今 ――


茂の速度が切り替わる。

棚の影を滑って、距離を奪う。


男の身体が宙に浮いて、落ちて、また浮く。

床に当たる直前で引き上げられる。

そのまま終わらない。上へ引き戻される。

男の口が開く。声が出ない


両手首が、左右から固定された。

拘束じゃない。引き裂くための掴みだ。


引っ張られる。肩が先に鳴る。

左が外れて、裂けて、ぶら下がる。

右も遅れて同じになる。


刹那、血が噴いた。

途切れず落ちて、床に線を引く。


腕を失った身体だけが落ちた。

今度は、床が逃げない。


もう片方は、落ちた男を見ている。

口元が緩む。笑いじゃない。

ただ、面白いという反応だけが出ている。


大きいほうの背後に入る。

真正面は取らない。横も取らない。

槍の長さを、棚の影で隠したまま距離を奪う。


——届く。


茂は、槍を突き出さない。

体ごと寄せて、刃先を滑り込ませる。

狙いはわき腹。胴の厚みの外側。骨の列の隙間。


刺さった。


手応えが返る。

止まった感触じゃない。中へ入っていく感触。


躊躇せず、トリガを引いた。


内部で、圧が解放される。

V-Gelが供給路を抜け、ガスポートから噴射された。


槍を抜かない、抜けばジェルが逃げる。

刺したまま、角度だけを変え、体重を預け直す。

相手が振り向く前に、踏み替えの半歩を作る。


男のことは、もう見ない。

視線を戻さない。

今見るのは、もう一体の動きだけだ。


槍を刺したままの塊を、盾みたいに前へ滑らせた。

抜かない。穴を作らない。距離だけをずらす。


空いた手が腰へ落ちる。

ホルスター。指先でグリップを確かめて、引き抜く。


間合いは約3m。

近い。射程圏内。


スプレーのレバーを倒す。


フォームの泡が、勢いよく噴き出した。

白い塊となって飛び、散らず、そのまままとわりつく。


顔面に当たり、泡が貼り付く。

目と鼻、口元に広がって、薄い膜みたいになる。

剥がそうと動くほど、伸びて残る。


塊が顔を振る。振っても剥がれない。

前脚で掻こうとして、泡がさらに伸びる。指の間に絡む。


呼吸が乱れ、吸うたびに音が変わる。

視界が消え、頭の向きが迷う。

身体だけが前へ出ようとして、足が空振りする。


槍越しの重さが変わる。

刺さっているほうの脚が沈んで、身体が傾く。

立っていられなくなって、床へ崩れた。


茂はそれに合わせるだけだ。

次の半歩だけを残す。


6秒。

最後まで使い切る。

噴射が途切れて、レバーが軽くなった。


使い切ったスプレーを捨てる。床に落ちて転がる。


槍は抜かない。

刺したまま、体重だけを預けて固定する。


手がチャンバーへ。

ロックスリーブを押し下げて左へ捻ると、カチッという音とともに薬室が開いた。


排莢。

指で摘んで、抜く。

空のカートリッジが落ちる。


ポケットからV-Gelを1本。

カートリッジを薬室へ落とし込み、押し戻して右へ捻ると完全にロックされた。


数秒。

槍先は刺さったまま、次弾が装填された。


茂は槍を抜く。

抜いた瞬間、半歩下がり距離を空ける。


視線は、無意識にフォームを噴いた方へ流れた。


白が顔面に貼り付いたまま、頭を振っている。

掻くが剥がれない、指に泡が絡む。

息が吸えない。

吸おうとして、音が潰れる。


巻き込まれない位置へ回る。

正面を取らない。軸線を外す。

まず、槍が届かない距離で止める。

次の半歩で、刺せる距離へ入る。


ここからは速さを捨てる。手順だけで処理する。


半歩。

正面を外したまま、腰の横へ入る。

骨盤の外側を狙い槍を深く刺し、抜けない深さで止めた。


トリガを引きV-Gelが叩き込まれる。


最初に変わるのは呼吸だ。

胸が膨らもうとして、途中で止まる。

次に脚。踏ん張りが利かない。関節が支えるのをやめる。


暴れは続く。

だがもう、推進にならない。

動くたびに自分の体が崩れる。


遅れて、内部が裂ける。

筋が切れて、重さの置き場が消える。

身体が、音もなく沈む。


倒れる。

追わない。刺したまま、角度だけを変える。体重を預け直す。


最後に、動きが途切れる。

残るのは、痙攣みたいな細い揺れだけだ。


茂の胸に、熱が入る。

静かに上がってくる。腕へ、背へ。

力が満ちる感覚が、確かにある。

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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