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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk
僕と彼女の猟奇的な日常

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第50話 規制線の手前

茂はもう着替えを終えていた。

デニムにニット帽。上はラムレザーのジャケット。

無言のままベルトを通し、最後に黒いホルスターを腰へ滑らせる。


差し込んだのはスプレーだった。

短い筒を収め、角度だけを指先で微調整する。

確認というより、ただの動作。


ユイは最初から立っている。

行く前提で動いている人間の気配。鏡も見ずに髪をまとめ、そのまま振り返る。


「……それ、何」


視線が茂の腰で止まり、ホルスターへ落ち、スプレーでわずかに止まる。


「護身?」


「……一応」


ユイは小さく鼻で笑った。


「似合わない」


短く刺すだけの言い方。

そのまま茂のデニムへ視線を落とす。


「そのデニムなら」


ユイは奥の収納を開けた。迷いのない手つきで取り出したのは黒いライダース。真新しいルイスレザー。


茂の胸へ押し当てる。


「こっち」


「……なんで」


「こっちがいい、似合うと思って買ったのに、茂、全然着てない」


それで会話は終わる。

茂は何も言わずラムレザーを脱ぎ、ルイスに腕を通した。


馴染んでないから妙に硬い。

肘の位置が落ち着かない。


ユイはその様子を一度だけ見てから視線を戻す。


「で、そのスプレー」

「どこで使う気」


「使わない」


「使わないのに付けるんだ」


声は軽い。目は笑っていない。


茂はホルスターを一度押し、緩みがないことだけを確かめた。


玄関の横には長いケースが立てかけてある。黒。

楽器にも見えるし、武器とも断言できない形。


茂は迷わずそれを持ち上げた。


ユイの目がケースへ移る。


「それも?」


「……うん」


ユイはそれ以上言わず、代わりに自分の上着を取った。

丈の短い、暗い青色。動ける服。


足元はスニーカー。ヒールは履かない。


「私も行くからね」


確認ではない。

最初から決まっていたことを言い直しただけ。


茂はニット帽を深く被り直す。


「行く」


ユイは鍵を取り、先にドアへ向かう。

一歩だけ振り返った。


「……それ、私に向けないでよ」


茂は答えない。

答えないままケースを握り直す。


アパートのドアが閉まり、廊下の空気が肌へ触れる。室内よりわずかに冷たい。

足音が硬さを帯びる。


茂はケースを持ったまま階段を下り、ユイは半歩後ろを歩く。

追い越さず、遅れない。


外へ出る。

細い路地。街灯は少ない。すぐに少し大きい通りへ抜ける。


流れる車列の騒音の中に、人の気配が混ざっている。


茂はスマホを開いた。

センターからのメールには、場所、建物名、入口指定だけが短く並んでいた。


ユイは覗かない。聞かない。

ただ茂の顔だけを見る。


赤信号で止まったタクシーに、茂は手を上げた。運転手が視線だけで応じ、車を寄せる。


ドアが開く。


茂が先に乗り、ケースを膝の横へ立てる。

ユイが隣へ滑り込む。


距離は縮まる。言葉は増えない。


「どちらまで」


茂は画面を見せる。

口では説明しない。メール表示をそのまま差し出す。


運転手が一瞬だけ目を落とし、頷いた。


「はい。分かりました」


ドアが閉まり、車が流れへ戻る。


ネオンが窓を滑っていく。

看板と信号とコンビニの白が重なり、窓の外で色だけが流れ続ける。


茂は前を見ていない。

何も考えていない顔をしている。


ユイの手が伸びた。

指先が茂の手を探り、掴む。


強くない。逃がさないだけ。


「……ねえ」


静かな声。


「こそこそしてたのってこれ?」


茂の視線は動かない。


「最近ずっと変だったじゃん」


指先の力がわずかに増す。


茂は握り返さない。振りほどきもしない。


「……別に」


ユイは一瞬黙り、それから小さく笑った。


「……なにそれ」


約20分。

街の明るさが徐々に薄れていく。


「着きました」


モール外周。指定位置。


メーター。¥4,870。


茂はスマホで決済した。音だけが短く鳴る。


「ありがとうございました」


頷きだけでドアを開き、二人は夜の空気へ出た。


ケースの重さが腕へ戻る。


そこから先は別の領域だった。


規制線の白いテープが張られ、外周は完全に封鎖されている。


茂は真っ直ぐ歩き、ユイは隣へ並ぶ。


「止まってください」


茂はスマホを見せる。


「センターから言われて来ました」

「才能 茂です。案件ID、28-KSC-0533」


無線が短い雑音を混ぜながら、断続的に照会を繰り返している。

「同行者は入れません」


「なんで」


「危険区域です」


ユイの指が袖を掴む。


「中には入れなくていいです」

「入口外で待たせてください」


無線が鳴る。


『入口前まで通せ』


警官が頷く。


「ここまで」


ガラス越しの現場。


管制机の上でノートPCが開かれ、現場映像が映し出されている。


距離が取れない。


ユイの手が茂の手を握る。


「……これ、やばいね」


茂は画面を見る。


「誰に名乗ればいいです?」


「指揮の警部補へ」


無線。


『候補、通す』


茂は取っ手を握り直す。


ユイは袖を離さない。


「私、ここね」


茂は一度だけユイを見る。


「動くな」


「言われなくても」

口元だけがわずかに緩む。


自動ドアが開く。


室内の明るさと漂う匂い、張り詰めた空気が異様な違和感を作っていた。


規制線の内側。


もう一つの領域。

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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