第41話 結果だけは同じ
蛍光灯の光は均一で影を作らない。
夜でも昼でも、同じ明るさになる。
シャワーを浴びた後の匂いが、まだ残っている。
ドリンクコーナーの前に立ち、缶コーヒーを一つ取る。
ブラック。
銘柄は多分有名なやつ。
次にレジ前の棚。
ミントタブレットを二つ。
レジに向き直る時、スマホが震えた。
短い振動。
画面を見ないまま、会計に並ぶ。
前にいる客は一人でスマホをいじっている。
「――――円です」
店を出てから、画面を見る。
通知は一件。
差出人:K市環境回収サービス株式会社
件名:【回収精算】買取金額(確定)のご連絡
本文は短かった。
丁寧な言葉より先に、数字が出てくる。
対象:特大型級《450kg級》
買取金額:¥———
一瞬、表示が途切れる。
地下に入ったわけでもない。
通信の問題だ。
再表示、数字が揃う。
茂は、缶のプルタブに指をかけたまま、動かない。
計算はしない。
見直しもしない。
条件反射で、ベース・補正・控除・振込予定日だけを読み取る。
すべて、想定の範囲だった。
缶を開ける乾いた音。
一口飲む、苦い。
歩き出す。
店の自動ドアが閉まり、背後で音が切れる。
金額は、頭に残らない。
残るのは、「次をどうするか」それだけだった。
歩きながら、もう一度だけ画面を見る。
数字には目を向けない。
項目だけを追う。
控除。
精算方法。
振込予定日。
早払いの選択肢もある。
今は触らない。
画面を閉じ、ポケットに戻す。
缶はもう空だ。
頭の中で、在庫を並べる。
V-Gel。5本
刃は問題ない。
クロスバーも歪んでいない。
服の袖を引く。
落ちきっていない汚れがある、洗えば落ちる。
買い替えるほどじゃない。
空腹は管理できる。
疲労も、判断に影響する水準ではない。
使い道はいくつか浮かぶ――補充、新しい装備、ユイと――
どれも、今決める必要はない。
信号待ちで足を止める。
赤が長い。
新しい通知が来るかどうか、少しだけ意識する。
来ない。
青に変わる。
歩き出す。
今やることは、決めないこと。
それだけでいい。
次に動くのは、
条件が揃ってからだ。
街を歩く。
腹が減った、という感覚だけが先にある。
どこで食うかは決めていない。
交差点を渡る途中、視界の端で光が動いた。
ビル壁面の大型ビジョンだ。
遅れて、ニュースの音声が重なる。
他県の映像だった。
他県の市民公園か競技場。
広い芝生と、避難線の外側に固まる人影。
画面の中央に、例外級《2000㎏級》がいる。
重心が低い。
動きは鈍いが、地面を踏むたびに揺れが走る。
砲塔が映る。
25式偵察警戒車。
Mk 44が動きを止め次の瞬間、砲口が火を吐く。
間隔の詰まった連射。
30ミリ弾。
数発。
超大型は、その場で崩れた。
倒れ込む、というより、力が抜けたように落ちる。
脚が折れ、胴が傾き、動かなくなる。
歓声もアナウンスもなく、映像だけが無音で流れ続ける。
倒れた巨体の背後で、何かが走った。
小型だ。
影の裏から、地面を掠めるように飛び出す。
速い。
逃げる方向も、一直線だ。
砲塔がわずかに動き、角度だけを調整。
一拍も置かず、再び砲口が火を吐いた。
乾いた音が短く重なる。
次の瞬間、画面が弾ける。
小型だったものは、形を失った。
破片が散り、土が跳ねる。
爆発というより、ばらけた。
カメラが遅れて追う。だが、そこにもう形は残っていない。
砲身はすぐに戻り、次を探す動きはない。
それだけ。
映像は切り替わる。
別の角度、別の現場。
茂は、立ち止まったまま、信号を待つ。
カレーチェーンのカウンター席。
茂は、チキンカツカレーを前にしている。
ダブルのライス800グラム。
スプーンで衣の端を切り、ルーを絡めて口へ運ぶ。
大きな皿の縁までソースが広がり、揚げ物の匂いが強く立ち上がる。
スマホは、音を消し立てかけたまま。
動画が切り替わり、別の映像になる。
レクサスLX。
原型は分かるが、装備は別物だ。
前後に太いパイプガード。
車高は上げられ、タイヤも異様に太い。
LXが、画面の端から飛び込んでくる、減速する様子はない。
大型上位級の横腹に当たる。
鈍い衝突音と同時に、撮影者の足が一歩だけ退き、画面がわずかに傾いた。
LXは、その場で静止した。
フロントは潰れ、ボンネットは折れ、ドアの隙間が歪んでいる。
害獣は吹き飛ばされ、数メートル転がる。
だが、死なない。
呻くように身をよじり、腹が上下する。
瀕死だ。
周囲に人が集まる。
ギャラリーだ。
スマホを掲げ近づく。
声を上げながら指をさしていた。
警察がいる。
GM6対物ライフルを構えた人間。
近くの車両には、KPV重機関銃。
撃たない。
ただ、待っている。
LXのドアが開き、中から男が引きずり出された。
重傷なのか自力で立てない。
白いカンドゥーラに、同じ白のクーフィーヤ。
サングラスは外れていない、手首には金無垢の時計。
血が付いているが金色は鈍らない。
周囲が、ざわつく、拍手のような動き。歓声に近い口の形。
事故でも、成功でも、ここでは同じだ。
茂は、咀嚼を止めない。
視線だけが、画面と皿を行き来する。
――痛そうだな。
それだけだった。
遠い国の話だ。条件も、数も、装備も違う。
それでも「倒せる」という結果だけは同じだった。
スプーンが止まる、最後の一口。
そして皿になにもなくなった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ページ下部の【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】をタップしての評価をお願いいたします!
明日も21時に時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




