第42話 ニュースだけが通り過ぎていった
アパートの室内には、湿った熱気が満ちていた。
軋むベッドが、一定で荒いリズムを刻んでいる。
茂の上に、ユイが身体を重ねていた。
彼女は衝動に押されるように、動きを止めなかった。それは快楽を追うというより、今日一日で身体に貼りついた――ストレス――を振り払い、削ぎ落とそうとする行為に見えた。
茂は、下から無言でユイを見上げていた。
身体は彼女の動きに合わせて揺れているが、その瞳だけは驚くほど静かで、冷たい。
茂は、揺れるユイに両手を伸ばした。
重みを受け止め、そのまま食い込ませる。荒々しさはなく、壊さないように抑えながら、離さない触れ方だった。
そのたびに、ユイの身体が短く反応する。
ふとした瞬間、ユイが視線に気づいた。
茂の冷たい瞳。
熱を帯びた自分の顔を、鏡のように無機質に見つめるその「目」と合った瞬間、背筋に小さな震えが走る。
拒絶でも愛でもない、その冷えたまなざしが、彼女の神経に火を点けた。
「……っ、その目」
ユイは歪んだ笑みを浮かべ、茂の顔を引き寄せた。
そのまま、深く口づける。呼吸が近づき、間が詰まる。
「……あ、……」
茂の冷たさに押されるように、ユイの動きが速まり、やがて力が抜けた。
彼女の身体が大きく揺れ、息が乱れる。
先ほどまでの音は、短く切れる呼吸に置き換わった。
茂は依然として冷えた視線のまま、上に崩れた重みを受け止めていた。
テレビの音が、部屋に戻ってきた。
画面の明るさが、さっきまでの湿った空気を少しだけ押し返す。
テーブルの上には箱が並ぶ。
シーフードピザとミックスピザ。
紙袋の中で、フライドポテトがまだ温度を保っていた。
ユイは冷蔵庫を開け、迷いなくビールを二本取り出した。
一本は自分の手に残し、もう一本を茂に差し出す。
「たまには飲めば?」
茂は一瞬だけ見てから、それを受け取った。
言葉は返さない。
缶を開ける音が重なり、テレビの音に紛れる。
二人は並んで座り、黙ってピザに手を伸ばした。
チーズが伸び、具が落ちそうになる。
ユイは気にせず食べ、茂は落ちない位置で折って口に運ぶ。
ビールが減り、ポテトの紙袋が擦れる。
画面では、どうでもいい番組が流れている。
会話はない。
視線も交わらない。
それでも、同じテーブルで、同じものを食べている。
夜はそのまま、続いていた。
テレビの画面が切り替わり、スタジオの照明が一段落ち着いた色になる。
軽い効果音のあと、アナウンサーが原稿に目を落とした。
佐藤:
こんばんは。「ニュース・ポイントゼロ」メインキャスターの佐藤です。本日、政府はゲート現象以降の懸案となっていた「新銃規制法」、いわゆる改正銃刀法の施行日を、来月の1日に決定したと発表しました。
小泉:
ようやくですね。ゲート現象直後の無秩序な武装化による混乱を経て、ようやく「一般市民が銃をどう管理するか」の法的な着地点が決まった形です。本日はこの新法について詳しく解説します。
佐藤:
ゲスト解説委員で治安問題評論家の江崎さん、今回の新法。ポイントはやはり「誰でも持てるが、自由には撃てない」という点に尽きますか?
江崎:
その通りです。これまでの日本における銃所持のハードルを考えると、歴史的な転換点です。しかし中身を見ると、これは「武装を推奨する法」ではなく、徹底した「デジタル管理法」なんですね。
小泉:
まず驚くのが取得の容易さです。これまでの猟銃免許と違い、一日講習を受ければ「仮免」が取得できる。合格率もかなり高いと聞いています。
江崎:
ええ。実技は最低限。選別は「人」ではなく「システム」で行うという思想です。この仮免こそが、新法における唯一の使用資格になります。
佐藤:
「本免」は存在しないんですね。
江崎:
必要ないからです。なぜなら、配備される銃そのものが、これまでの常識とは全く異なる設計だからです。
小泉:
(画面にライフルの3Dモデルが表示される)
こちらが新法対応の「特定管理ライフル」です。専門家の間では「一発銃」とも呼ばれているそうですが……佐藤さん、これ、マガジンがないんですよ。
佐藤:
本当だ。一発ずつ、手で込めるんですか?
江崎:
そうです。ボルトアクション方式ですが、弾倉という構造そのものを持たせていません。薬室に一発だけ手で込め、撃ったらまた込める。さらに口径は5.56mmのSP弾、つまり貫通力を抑えた被害抑制型に限定されています。
小泉:
連射ができない……。しかも、最も重要なのが「スマートロック」ですよね?
江崎:
(頷く)これが新法の肝です。銃がアプリ経由で本部のサーバーに繋がっており、警察が「発砲許可フラグ」を立てない限り、トリガーは物理的にロックされたままです。
佐藤:
つまり、目の前に害獣が現れても、本部の承認を待たなければ「ただの鉄の棒」だと?
江崎:
その通りです。市街地では原則として警察の同伴、あるいは現場本部の許可が必須。緊急時の無断発砲は後で厳格に審査され、不適切と判断されれば即、資格剥奪と処罰の対象になります。
小泉:
でも江崎さん。住宅街で急に襲われた時、そんな「許可待ち」の銃で本当に間に合うんでしょうか?
江崎:
政府はこの銃を、市街地における最終的な防衛手段と説明しています。しかし現場からは、「撃てるかどうかを待たされる銃を持つくらいなら、最初から自分の判断で動ける装備の方がいい」という声もあります
佐藤:
一方で、猟友会の方々、いわゆる「旧免許組」の銃には、このスマートロック義務はないんですよね?
江崎:
ええ。彼らは従来通りの銃を使えます。ただし市街地への投入は原則として避けられています。
結果として、「新法に基づく登録駆除従事者」が市街地を、「旧免許組」が山林を担う形に落ち着く可能性は高いでしょう。
小泉:
市街地で突発的に現れる個体には、新法の「遅い銃」を持った人たちが対応せざるを得ない……。
江崎:
銃が強くなったわけではありません。管理が厳しくなっただけです。秩序を求めた結果、現場には新たな「空白」が生まれる。その余地は、皮肉にもこの新法で維持されてしまうかもしれません。
佐藤:
新銃規制法、来月1日の施行後、私たちの生活がどう変わるのか。注視が必要です。
小泉:
以上、特集でした。続いては――。
番組は次の話題へ移る。
音量は変わらない。
ユイはピザを持ったまま、画面を見ている。
茂も缶を置き、視線を動かさない。
ニュースだけが、部屋の中を通り過ぎていった。
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