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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk
僕と彼女の猟奇的な日常

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33/76

第32話 揃った

刃先の奥で、圧が生き物みたいに跳ね返った。


茂の掌に、返ってくる。

押し返される感触。

刺したものが、内側から膨らむ。


次の瞬間――


腹の内側が鳴った。


音じゃない。

破ける感触だ。


硬直していた巨体の胴がひとつ痙攣し、

皮膚の下の形が崩れた。


内側で何かが裂ける。

筋が切れる。

血管が破れる。


表面はまだ、持っている。

だが中身が致命的に壊れている。


身体の芯が、一瞬空になった。


巨体の片足が、ふっと浮いた。

踏ん張りが消える。


力が残っている形のまま、

支えるものだけが消えていた。


内部が破断している。


茂は槍を抜かなかった。

抜けば、その瞬間に距離が消える。

距離が消えれば、拳が来る。


巨体は拳を振り上げた。

怒り。

殺意。


だが拳は落ちない。


腹の内側が、もう一度鳴った。

小さく、湿った破裂。


筋膜が耐えきれずに裂け、

血が行き場を失って、内側で噴き上がった。


身体が傾ぐ。

前に落ちる。

怒りの勢いのまま、崩れた。


動かない。


槍を引くと同時に、半歩下がる。

離れる。


血が滲む。

だが外に流れ出る血じゃない。

内側で溜まり、膨らむ血だ。


巨体が膝を折った。

地面に拳をつく。

支えようとする。


支えられない。


倒れないようにしているのに、

倒れる形に身体が勝手に向かっていく。


交差点の向こうで、クロスボウの男が構え直した。

さっきまで迷っていた手が、硬く固まる。


撃てる。


背中が見えている。

車内から、射線が外れている。


倒れている。

撃つ必要はない。


撃てば――得。


だが揉める。


その一拍の間に、巨体はもう崩れていた。


呻きはない。

声を出す余裕が、もう無い。


腹の内側が壊れている。

立てない。

呼吸ができない。


身体が横倒しになり、

最後に、頭がアスファルトへ落ちた。


鈍い音。


それで終わった――はずだった。


茂の喉が、一度だけ詰まった。

息を吸っていないのに、肺が膨らむ。


背中の奥が熱い。

熱じゃない。

力が、内側から押してくる。


視界が一瞬だけ澄んだ。

コンビニの白い光が、妙に輪郭を持つ。

世界の雑音が減ったみたいに。


指に力が入る。

入れた感覚より、深く握れた。


槍の柄が、掌の中で軽くなる。

重さが消えたんじゃない。

滑りが消えただけ――はずだ。


――来た。


茂はそれを言葉にしなかった。

確認もしない。

ただ、逃がさないように呼吸だけ整えた。


腕の内側が、じわりと痺れる。

痺れが消えると、骨が硬くなった錯覚だけが残る。


心臓が一拍遅れて跳ね、

そのあと急に静かになる。


体の奥で、何かが揃う。


音はない。


だが確かに、流れ込んでくる。







槍を構えたまま、近づかなかった。

死を確かめない。

近づく理由がない。


車内から、ようやく声が漏れた。

泣き声に近い。

喉が壊れた音。


茂は振り向かなかった。

生きていようが死んでいようが、今は同じだ。


警察が来て規制線が張られる。

回収が来て割合が決まる。


交差点に、遅れてサイレンが刺さった。


近づく音が角を曲がる。

赤色灯がコンビニの窓に反射して、色だけ浮き上がった


――来た。


茂は槍を下げた。


パトカーが二台。

警官が降りるより先に、車内から短い指示が飛んだ。


「交差点、止めます!」


次の瞬間、動きが分かれた。

一人は倒れた巨体へ。

二人は四方向へ走る。


線はここじゃない。

倒れたものの周りに張るんじゃない。


交差点そのものを切る。


角。

横断歩道の端。

コンビニ前。

路地の入口。


黄色と黒のテープが交差点を囲い、交通も歩行者も止めた。


茂は、その内側に取り残された。

倒れたものと同じ側。


戦場の延長じゃない。

今は区域の中だ。


警官が巨体を見て、すぐ無線を入れた。

声が低い。


「車内に負傷者、います」


茂はそれを聞いて、理解した。


こういう現場は、警察が握る。


規制線。安全確保。被害者対応。証拠。回収。


駆除のあとに残るのは、いつも事件だ。


警官が茂に気づき、駆け寄った。

目線はまず装備に行って、すぐ顔に戻る。


「大丈夫ですか。ケガないですか」


茂は首を振った。


「すみません、その槍、先端をこちらに向けないでください」


言われた通り、槍の向きだけを変えた。

下げる。

それ以上はしない。



「ありがとうございます」


警官はすぐ、横に目をやった。

血に濡れた車内で、影だけがまだ動いていた。


「中に人いますよね」

「こちらで確認します」

「すみません、安全確保のため、規制線のところまで下がってください」


命令じゃない。

段取りの声だ。


茂は一拍だけ止まった。

車内。

倒れたもの。

クロスボウの男。


視界の中で、順番を並べ直す。


――いま前にいる意味はない。


槍の先端をさらに下げ、規制線の端へ、走らず、逃げず、距離だけを下げた。


遅れて、回収のトラックが来た。

クレーン付きの平ボディ。

回転灯はない。

だが動きだけが速い。


回収業者。

作業着に手袋、台車とフック、折り畳まれたシート。


片付ける手が来た。


業者は巨体の周りをまず撮った。

角度。損傷部。道路の血痕。車体の破損。

槍痕。


撮る順番が決まっている。

慣れている。


死体はもう生き物じゃない。

書類だ。数字だ。金だ。


クロスボウの男が、規制線の内側で立ち尽くしていた。

腕章が光る。

登録駆除従事者。


逃げる理由が消えた顔で、そこに残っている。


別の警官が男に声をかけた。


「すみません、駆除に入ってました?」


男が頷く。


「登録の方ですか」

「ID、見せてもらえます?」


男は胸元からカードを出した。

その動きだけが、情けないほど速い。

生き残りの速度だ。


さらに遅れて、もう一台。

黒っぽい車が滑り込んだ。

公用車ではないが動きに迷いがない。


降りてきたのは、現場用の上着を着た男だった。

首からID。

目が速い。


アジャスターが来た。

――配分だ。


車内に被害者、その外側に登録とフリー


単独は成立しない。


アジャスターは巨体の周りを歩いた。

踏まない。

触らない。

見るだけで拾う。


業者の端末を覗き、警官と短く言葉を交わす。

その会話の中に、感情はない。


ここから先は、処理。


アジャスターの視線が、茂に来た。

一秒。


装備。位置。

それだけで測られている視線だった。


茂は何も言わなかった。


最初に声をかけた警官が戻ってきた。


「すみません、確認だけさせてください」

「駆除に入ってた方ですよね」


茂は頷いた。


「登録の方ですか。未登録ですか?」


「……フリーです」


警官は一拍だけ止めて、それから頷いた。

驚かない責めない。


「わかりました」

「身分証、あります?」


茂は短く頷き、ポケットに手を入れた。


戦いは終わっていない。

形が変わっただけだ。


次は、制度が相手だ。

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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