キケンなアイツに近寄るにゃ!
シロのお腹は日を追って大きくなってきた。
日曜日、貴実華と未久理がタマを連れて来店する。
タマは、去勢手術を終えたので連れ込みが可能となっている。
『シロちゃんの様子、どうですか?』
『順調にゃ。後で会いに行くにゃ。』
貴実華はシロの子どもが産まれたらそのうち一匹を引き取る事になっていて、シロの出産を心待ちにしている。
『私も猫飼いたいなあ。』
未久理のマンションはペット不可なので、猫は飼えない。
『ウチのマンションも猫飼えませんよ。その分ここでゆっくり楽しんでください。』
アルバイトの恭太郎もすっかり客の相手が上手くなり、同じ高校生で一学年上の二人にも、臆せず会話をしている。
『ありがとね。恭ちゃん。』
未久理はだんだん猫ではなく、別の目的が出てきたみたいだ。
客の流れが一段落したところを見計らって、寅之介が二人を2階の部屋に案内する。
『階段、気を付けるにゃ。』
寅之介は階段を上がる時は四つ足になる。
『ねぇ寅ちゃん、あの猫こっち見てる。』
階段脇の駐車場の隅に例のトラ猫が見ていた。
『あれはタロの父親なのにゃ。』
『大きいね。なんか怖そう。』
ただ見ているのではなく、睨み付けている様にも見える。
増えてきた近所の野良猫たちもTNRが進んでだいぶ耳をカットされていたが、トラ猫は一向に捕まっていない様だ。
シロとの対面を終え、貴実華たちと階段を降りていくと寅之介の前にトラ猫が寄ってきた。
「よう。なんかずいぶん身体が大きくなったけど、あんたトラだろ?」
「……そうよ。タロちゃんの母親のトラよ。」
寅之介がトラと同化しているのをこの猫は分かった様だ。
『ねぇ、何話しているの?』
『ちょっと猫同士の話にゃ。二人とも、悪いけど、先に店に戻るにゃ。』
寅之介は二人を店に追いやり、トラ猫と2匹だけになった。
「面白ぇな。あんた、身体も人間みたくなったと思ったら、人間の言葉も喋れるのか?」
「そうよ。もともとこの身体は寅之介さんのものですから。」
人間同士の会話の時は一切前に出る事のないトラが雄に向かって喋った。
「なんかよう、このへんのメスはみんな呼んでくれねぇんだよ。」
発情期を迎えた雌猫の独特な鳴き声により雄猫が反応して発情をするが、避妊手術を受けた雌猫は発情をしないので、雄猫も発情の機会がない。
「あんたはこのへんで一番の猫だったよなあ。もう一度やらせろよ。」
寅之介の臭いで、交尾が出来るか分かるみたいだ。
「ダメよ。そんな事をしたら寅之介さんに身体を返せなくなるわ。」
「俺にはそっちの事情なんて関係ないね。一発やれりゃあ良いのさ。」
「勝手な事言わないで!あなたも早く保健所の人に捕まっちゃえば良いんだわ!」
近所に猫の鳴き声が響き渡り、心配した深雪が店から出てくると、雄トラは逃げていった。
『寅ちゃん、大丈夫?』
『ごめん、大丈夫にゃ。どうやらあの猫、このへんに避妊していない猫がいにゃいので、寅を狙っているにゃ。』
寅之介は次の発情期はまだ先のはずで、発情をする前に薬で抑えれば雄トラに襲われる事もないだろうが、今はまだ薬の投与は出来ない。
改めて、オオシロとオオハチに雄トラの話を聞いてみる。
「俺たちは産まれも育ちもこのあたりだからさ、縄張りがあって、よく悪さはしていたけど、縄張りの外には絶対に出なかったよ。」
この近所にはシロやハチ以外にも2匹の子どもがたくさんいるのは知っている。
「でもさ、アイツは縄張りなんか関係なくて、方々を渡り歩いて種をばら撒いているんだ。」
「しかも、俺たちが目を付けた可愛い子を巡って争っていると、力ずくで奪い去っていきやがるんだ。」
トラもそんな形で交尾したらしい。
『近寄ってきても相手にしなければ良いと思うんだけど。寅ちゃん、お人好しだから気を付けてよね。』
寅之介を介して、話を聞いた深雪が意見を述べる。
『発情する前に注射を射てば大丈夫にゃ。心配ないにゃ。』
寅之介の大丈夫という返事に、かえって不安を覚える深雪だった。
シロの出産予定日まで2週間と迫り、出産準備のために寅之介とコトラはシロのいる部屋を出て、雄猫たちのいるカフェで寝泊まりする事になった。
カフェで寝るのはシロの交配の時もあったが、今回は長期間である。
猫は夜活発に行動するため、元気な雄猫たちと一緒に寝るのはあまり気が進まない。
「ごめんね。昼間はお仕事だから静かにしていてね。」
寅之介は他の猫の様に昼寝の時間を取れないので、夜はしっかり寝ていたいのだ。
とはいえ、元気な猫たちはよなよな運動会を繰り広げる。
『うにゃ!』
空から一匹の寅之介の顔に向かって飛び降りてきた。
「誰?」
暗い室内でも夜目は利くが、落ちた猫はあっという間に逃げていったので、犯人は分からない。
その後も、猫たちはばたばたと動き回る。
「いいかげんにしなさい!」
さすがの寅之介も怒りを顕にし、ようやく運動会は強制終了した。
『眠れないにゃ……。』
興奮した寅之介は目が冴えて眠れなくなる。
『おはよう。ずいぶん酷い顔ね。』
里沙が朝カフェにやって来ると、寅之介は眠そうに出てきた。
『おはよう……にゃ。疲れたにゃ。』
寅之介はげんなりしていたが、こんな生活が2週間も続くのである。




