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結婚のあいさつにゃ

その晩、亜矢は里沙の自宅に泊まる事になり、深い眠りに着いた。


『お母さん、いらっしゃい。』


『ここは何処?寅之介、元に戻っているじゃない?』


亜矢はトラの間に招待をされたのだ。


寅之介とトラが並んで亜矢と相対している。


『ここは俺の夢の中の一部らしくて、トラの間と言うんだ。ここに俺とトラ以外の誰かが来たのは初めてだね。』


『寅之介さんのお母さん。この度は大切な息子さんをお借りして大変申し訳ございません。』


『猫が喋った……。』


亜矢は驚いたものの、寅之介から夢の中と説明されている事と、昨夜の現実での寅之介の姿を見た程のショックではない。


『そうなの。あなたが寅之介にひょう……同化していたのね。』


『お母さん、憑依じゃなくて同化って言ってくれてありがとう。』


亜矢はトラが寅之介を怨みで憑依した訳ではないと感じたので、同化と言い改めたのだ。


『先日、娘のシロが交配によって子どもを授かる事が出来ました。これも全て寅之介さんのおかげです。』


シロがまだ懐妊をしたかは確認出来ていないが、この世界では既に分かっている様だ。


『私は目的を果たせましたので寅之介さんにお身体をお返しすると申しましたが、寅之介さんは孫の成長を見届けるまでは留まって欲しいと言われました。』


最初はトラからのり移られた寅之介だったが、今は寅之介が出ていくなと懇願して同化を続けているのだ。


『あなたは何てお人好しなの?』


『そう言われても、例えば俺が深雪ちゃんと結婚して孫が出来たら産まれる時もそうだけど、小学校に入学してランドセル背負ってるところとか見てみたいだろ?折角なんだから、トラにも孫の成長を見せたいんだよ。』


『あんたは本当に馬鹿ね。そんな事言って、深雪さんとの子どもはいつ作るのよ?女の子はそんなに長く待てないわよ。』


亜矢はそう言いながら、寅之介の優しさを誇らしく思っている。


『寅之介さんのお母さん。私も本当は1日も早く寅之介さんとお別れをして、深雪さんと一緒になる事を望んでいますが、猫は人間より成長が早いので、もう少しだけ甘えさせてもらってます。』


シロが交配したのが約一週間前であり、逆算すると2ヶ月後には出産する事になる。


産まれてから成猫に育つまでは約10ヶ月なので、そこまで見届けるとなると約1年だ。


『猫には学校はありませんし、成人式の様な区切りもありませんから、産まれてからある程度……乳離れをして普通にごはんを食べる様になるくらいで充分です。』


猫の乳離れは生後およそ2ヶ月で、それ以降はベビー用フードから少しずつ普通のフードにシフトする。


『半年くらいってところかしら?』


『はい。それまではお世話になります。』


亜矢とトラの話はまとまった様だ。


『寅之介、あなたも良いわね。深雪ちゃんのご両親にも半年過ぎたら結婚の準備を進めるとお話するから。』


『分かった……。そうするよ。』


寅之介は猫の生活の方がしがらみがなくて良いとは思ったが、深雪や亜矢の為にも、半年後にはトラと同化を解消する約束に応じた。



翌日、亜矢は土産を用意して深雪の自宅を訪ねた。


寅之介はカフェで留守番をして待つ身となっている。


『この度は急にお邪魔して大変申し訳ございません。』


『ご丁寧に、どうも。』


深雪の母・佐藤也美が出迎えた。


『本来なら寅之介本人が伺わなければならないところですが、現在寅之介は容態が安定せず、ひと様の前で挨拶出来る状態ではございません。代わりに母の私が挨拶に伺った次第でございます。』


早朝、先に深雪が実家に戻る前に寅之介と里沙を含めた4人で作戦会議を行なった。


その内容は


①寅之介と深雪は大学時代から付き合っている

②大学卒業後も付き合いを継続しており、近いうちに互いの両親に挨拶に行く予定だった

③その矢先、寅之介は難病に罹り入院したが、身を案じた深雪は仕事を辞めて寅之介の部屋に住みながら部屋と病院を往復して献身的な介抱をしている


というものだった。


亜矢は居間に通され、深雪と並んだ也美と合い向かいに座る。


『ずいぶん大変でしたわね。寅之介さんは今どんな様子でしょうか?』


『無事退院となりましたが、暫くは静岡の方で療養させるつもりでおりますの。』


猫でいるうちは寅之介を深雪の両親に会わせる訳にはいかない。


『でも、寅之介くんの猫は連れていけないから、寅之介くんが戻るまで私あの部屋に居たいの。』


実は今回の計画は、最初に深雪が寅之介のアパートに移り、勤めていた会社を辞める時に両親を説得した方便がベースとなっており、猫の世話をするために長期間入院をする寅之介の代わりに部屋に住むというものだった。


『猫を飼ったり、男の人が契約したのに深雪が住み続けるなんて、大家さんは平気なの?』


昔ほどではないにせよ、犬猫禁止のアパートは多いし、契約時の住人と違う人間が住むのは契約違反である。


『実はそのアパートは私の妹が経営をしていまして、寅之介が大学に入った時から使っている部屋なんです。見ず知らずの方ではなく、寅之介が一番信頼をしている深雪さんが部屋を守ってくれるという事で、妹も安心しております。』


取り敢えず辻褄は合う筈だ。


後は寅之介の姿だけ見せなければ問題ない。


『つきましては寅之介が回復して東京に戻ってからのお話になりますが。』


『深雪との婚約……ですか?』


いくら両想いの仲だとしても、病み上がりで再発でもしたら結婚はご破算になりかねない。

病気自体は嘘だから再発は有り得ないのだが、也美が二の足を踏む様な話に持ってはいけない。


『お母さん!先生は暫くすれば社会復帰には全然問題ないって言ってたし、私それまで待ってるから。』


『待ってるからってあなた、婚期逃したらどうするの?』


寅之介も深雪も20歳代半ばなのでさほど心配する必要はないが、親としては気掛かりである。


『良いの。猫を飼って一人で暮らすから。』


深雪の言った猫とは、勿論寅之介の事である。


万一寅之介が元に戻れなければ未婚のまま寅之介と暮らすという決意を示したのだ。


『三宅さん。今日のお話は主人に伝えて、改めてお答え致します。私としては寅之介さんの回復がどの程度か分からないので正直不安ですが、深雪がそこまで言う以上、反対する理由はありません。寅之介さんの1日も早い回復を望むだけです。』


なんとか也美には事実を知られずに、寅之介と深雪の結婚話を進める事が出来、亜矢は深い息を付いた。

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