母は強し!なのにゃ
朝になり、寅之介の部屋で一晩を共にしたタマはシロと引き離された。
「ごめんね、タマはこれから病院に行くの。」
「病院?!あの痛いところ?」
ワクチン接種を受けた事があるタマは病院に対し良いイメージはない。
まして、飼い主の貴実華は学校に行って不在なのだ。
『承諾書は書いてもらったからね。健康チェックを受けたら去勢手術するけど、麻酔が効いているから寝ているうちに終わるから。』
不安そうにしているタマに里沙が説明し、それを寅之介が通訳して伝える。
『シロも大人しくしていてね。』
シロの発情は少し収まってきたみたいだ。
『寅さん、シロはちゃんと懐妊するのかな?手術したらもうタマはダメだし、また相手捜さなきゃならないんじゃない?』
猫が妊娠したか分かるのは交尾して20日程度掛かる。
『大丈夫にゃ。間違いないにゃ。』
寅之介は断言したが、トラとの会話の中でシロに子どもが授かったと確信したのだ。
ふれあいペットクリニックにタマを預け、化けねこカフェに戻った二人を深雪が待ち兼ねていた。
『寅ちゃん、さっき、寅ちゃんのお母さんから電話があって、今度の日曜日にこっちに来るって!』
『アヤねぇが?!ヤバい、どうしよう!!』
寅之介より先に、叔母の里沙の方が慌てている。
寅之介の親代わりでありながら、猫化した寅之介の事をずっと隠していたのだ。
『お母さん、にゃんて言ってたのにゃ?』
『寅ちゃん、ずっと電話寄越さないしいつまで経っても就職しないって怒っている。私のせいだ……。』
実は、寅之介の携帯電話に何度も着信があった事を深雪は知っている。
猫の手では操作出来ない寅之介のスマホを深雪が預かっていて、着信があっても留守電にしてやり過ごし、後で寅之介に成り済ましてメールやラインで返事を送り返していたのだ。
『仕方ないのにゃ。深雪ちゃんのせいにゃないにゃ。お母さんが来たら本当の事を言うしかないのにゃ。』
『アヤねぇが寅さんの姿見て、普通で居られると思う?発狂してお店破壊されちゃうかも!』
実の姉妹なので里沙はアヤねぇこと寅之介の母・三宅亜矢の性格は寅之介より分かっている。
寅之介と深雪は、恭太郎の母・和枝の言葉を思い出した。
『で、日曜日何時頃東京に来るの?』
『お昼過ぎの新幹線だそうです。』
『午後って事は、泊まる気かな?お茶を濁してやり過ごす訳には行かないな。』
里沙はこの期に及んで、まだ隠し通すつもりでいる。
『日曜日はお店忙しいですけど、恭太郎くんももうなんでも出来ますし、私がお母さん迎えに行きます。』
『深雪ちゃんが?会った事もにゃいにょに!』
寅之介は恋人でもない深雪を亜矢に紹介するはずがない。
『里沙さんも寅ちゃんも日曜日はお店空けられないでしょ?私にも責任がある訳だから。』
亜矢に心配を掛けない様にメールやラインで寅之介に成り済ましていたために問題が大きくなったと、深雪は悔いる。
『深雪ちゃんに任せるわ。お願いね。』
『軽っ!』
寅之介は、単に里沙は深雪に丸投げしているだけの様な気がした。
日曜日、深雪は里沙から車を借り、東京駅に向かった。
深雪は早めに到着し、駐車場に車を停め待ち合わせ場所で待っていると、予定の時間通り寅之介の母・亜季が現れた。
『はじめまして。里沙さんのお店で働いている佐藤深雪と申します。』
亜矢はぎょっと深雪を睨み付ける。
『……全く、仕事があるからって、なんで身内が誰も来ないのよ。あなたには関係ない話だけど。』
(ずいぶんキツい感じ!寅ちゃんのお母さんとは思えない。)
『あなたね?里沙から聞いているけれど、寅之介の同級生って。』
(げ!里沙さん、なんて言っていたんだろ?)
『はい。里沙さんにも寅之介さんにも大変お世話になっています。』
深雪は、亜矢が自分の事を少なからず知っていると知り、急にたじたじになった。
駐車場から車を出し、亜矢は車内で話の続きを始める。
『里沙のメールに私に紹介したい娘がいるって書いてあったの。ずいぶん寅之介にお熱を上げてる女性が居るって。何しろあの子、あの性格でしょ?あなたみたいな積極的な方のほうがお相手には良いと思うの。』
『な?!』
寅之介に想いを寄せているのは否定しないが、別にこっちから積極的に告白した訳ではない。
里沙のおかげで亜矢から思わぬ攻撃を受け、ハンドルを握る深雪の手から汗が滲む。
『で、あなたたち、どこまで進んだの?』
どこまでと言われても、友達以上恋人未満のまま寅之介は雌猫化してしまったため、進みようがない。
『すみません。寅之介さんとは何もないんです。……』
『何もないって深雪さん、有史以来若い男女が一緒に暮らしていて何もないなんて有り得ないわよ。』
『一緒に暮らしてって……、そこまでご存知なんですか?』
里沙はそこまで亜矢に暴露していたのだ。
確かに深雪は寅之介の部屋に同居しているが、雌猫化して何かと不自由をしている寅之介の手助けをしているだけだ。
『深雪さん。あなたとはここまで少し話をしただけですが、妹からの報告も含めて私は寅之介のパートナーとして最適な方と考えています。どうか未来永劫寅之介の伴侶となり、支えて戴けないでしょうか?』
突然の母の訴えだ。
『お母さん、すみません。私と寅之介さんとは一緒には暮らしていますが、本当に何もないんです。でも、今にお母さんのお話、とても有り難く思います。』
『本当に寅之介は一緒に暮らしていて深雪さんに指一本触れてないの?逆に男としてどうかしているわ!そんな馬鹿息子のお相手をしてくれているなんて、どうもありがとう。結婚しなくても良いから、ウチの娘になって!』
押しが強すぎて何を言っているのか分からない。
二人の乗った車は、カフェに到着した。




