第九話
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ソニアの謹慎処分は、一年で解けた。
とは言っても、結局それまでの生活とほとんど変わらなかった。勇者が魔王を倒すまでの3年間、ソニアはずっと、国内の魔族を倒すだけの生活を続けていた。
終わらないように見えた血と汚泥の日々は、ある日南西の空から放たれる輝かしい虹色の光で終止符を打った。
神々しい、女神の祝福の光が魔王城から放たれる。それは魔王城から近ければ近いほど、浄化されてゆく光だった。ロージアン王国からはとても遠い光。だが浄化の波は、徐々にこの国にも到達するはずだった。
「――終わった、の?」
ソニアは大きな鳥の姿をした魔物と戦っている最中だった。
大きな翼から、羽が剣のように固く尖って公女隊に降り注ぐ。それに対する風の防壁を築いているところだった。その光に気づいたのは。空に舞い上がり、その光を運悪く見てしまった魔物はつんざくような悲鳴と共に、地に墜ちた。実戦を重ねた、新しい公女隊はすかさず魔物に止めを刺す。その魔物を焼き払ってからソニアは思わず、呟いた。
「終わりました……終わりました、ソニア様!」
かすり傷を負ったミュリーラは、それでも嬉しげにソニアに告げた。
それでも実感が湧かずにいたソニアに、公女隊で最も強くなったイーデリックも笑って頷いた。
「終わりましたよ、ソニア様。これから100年の平和が来るんです」
そう安堵したように笑うイーデリックに、時にはソニアに代って指揮を執ってきたオーガスが、
「油断するなよ。ロージアンは浄化の光から最も遠い。恩恵を得るまではまだ魔物も出るだろう。気を引き締めろ」
と釘を刺した。ソニアも、舞い上がりかけた心を落ち着ける。
「魔物はこれから減っていくでしょう。ですが、最後まで油断のないように」
公女隊の犠牲は、ヒーストル村での魔族の件を除けば非常に少ない。それはソニア達が努力した結果でもあったが、あれ以来魔族が出現しなかったという事情も大きかった。
「勇者様が我が国の神殿を清めてくださるまで、もう少し頑張りましょう」
ソニアはそう言って仲間達に笑った。
魔王を倒した勇者と、再び会う。
ソニアはその時、勇者に謝罪をしなければならない。かつての無礼を。
勇者がロージアン王国までやって来たのは、魔王を倒してから半年以上経ってからのことだった。
各国が勇者と自国の女性を娶そうと画策する時間により、ロージアン王国の浄化は遅れていた。だがそれもこの日までだった。
その日、ソニア達は狼型の魔物を狩っていた。もうすぐ勇者がロージアンに到着するというこの時期に、魔物のことで勇者を煩わせたくないというソニアの見栄が出たのだ。これまでも勇者無しで戦ってきた。だからこの程度の魔物など、勇者がいなくとも勝てる、そう思って隊を率いていたソニアに届いた声。
大型のガルムリーダーに立ち向かおうとしたソニアに届いた声。
すぐにアルヴァンの声だと分かったのに、以前聞いた声より低く、凄みを増した声に戸惑った。
「――ゆう、しゃ、さま……」
前方にはガルムリーダーがいる。だがその魔物も分かっているのだろう。ここにいる男がどれほど危険な存在なのかを。
ジッとソニアを見つめるアルヴァンの目は、黒く暗い。かつて相対した魔族より彼の方が危険だと、体中が叫んで訴える。
3年前、一度だけ会ったあの時でも、もし戦えばソニアの方が負けただろうと思う。だが今では……戦いにすらならない予感がした。ソニアがどれほどの威力の魔法を打っても、彼には掠り傷にもならないのではないか。彼のその手が突き出される、それだけでソニアの心臓は取り出され、グチャッと潰されるのではないか。そう思えるほどの実力差に、体が自然に震えた。
ソニアだけに注がれる視線は、明確にソニアへの憎悪を伝えていた。アルヴァンがソニアを憎んでいる。それはソニアにとって当然予想できていたことではあった。だがこれほどの、これほど明確に殺意すら帯びて伝わる、圧倒的な強さを持つ者からもたらされるそれに、ソニアの本能は悲鳴を上げた。彼は今すぐにでも簡単にソニアを殺してしまえるだろう。どんな殺し方だってできる。どんな残忍な方法だろうが、瞬時に終わるものだろうが、ソニアに抵抗できるものでは決してない。
アルヴァンはソニアから引き剥がすように視線をガルムリーダーに向けた。
その手に持った、自ら光を放つ剣を一閃させる。本当に、上から下へと、ごく自然に振っただけのように見えた。
ガルムリーダーは、身じろぎすらせず、その致命的な一閃を受け入れた。抵抗しても無駄だと悟っていたのだろう。ソニアですら倒せる魔物だ。アルヴァンの敵になるはずもない。
狼の体が、綺麗に縦に割れた。
温かい血潮すら、勇者への恐怖で冷めている気がする。
ソニアはガクガク震える体を抑えようとした。もうすぐ――今にもアルヴァンはこちらを振り返る。その目に、ソニアへの暗い憎悪を宿して、手を伸ばしただけで殺してしまえるソニアを見つめる。喉の奥に凝る悲鳴がある。手を握り合わせても殺せない震えがある。
ソニアは必死で自分のスキルを探った。
迂闊な動きをすれば喉元を食い破られそうな、獰猛な肉食獣の相手をするような気分だった。平静に、動揺など悟らせないようにしなければ致命的な目に合う、その時のソニアにはそう思えた。
必死に探したスキルを発動させ、見えないベールを身に纏う。
恐怖に縮こまっていた体がスッと伸び、痛いばかりに胸を叩いて脈打っていた心臓が落ち着きを取り戻し、地面に座り込みそうになっていた足から余計な力が抜ける。
振り向いたアルヴァンの目は、相変わらず獰猛にソニアに注がれていた。ソニアだけを。今にも首を締めんばかりにギラギラと光って。
「お礼を申し上げます、勇者様」
だがソニアの口からは、その場に相応しい、礼儀を保った穏やかな声だけが紡がれていく。だからだろうか、アルヴァンの声は思いがけず静かだった。
「……いえ。それが”勇者の仕事”ですから」
勇者の仕事。
アルヴァンはこれ以上なく見事に勇者の仕事を果たして見せた。魔王を無事に討ち取り、世界を浄化の光で満たしたのだ。最大の義務を果たした彼は、今やもう何の義務も負わない。彼の望みはなんでも叶えられるだろうし、また叶えられなければならない。
彼の望みは何だろう。
ソニアの謝罪?
ソニアは先ほどの、そして今も注がれ続けるアルヴァンの暗い獰猛な目を思った。
謝らなければ、と思う。恐らく、このスキルを発動させていれば、謝れるとも思う。だがそれは真の謝罪だろうか?己を覆い隠して、口先だけの謝罪と受け取られるのではないだろうか。ではスキルを外す?喪のベールで自分を覆っていなければ立つことも難しい、殺気にも似た視線の前で。泣き叫んで、震える声で途切れがちに謝罪の声を絞り出す?それは、もしかしたらアルヴァンの望みにも適うかもしれない。だがそれは今ではないとソニアは思った。アルヴァンが、ソニアの謝罪を拒絶し、その気になればソニアをどのようにでも害せるだけの場所が必要なのではないかとも思うから。
それに、彼の望みは謝罪だろうか。謝罪のその先にある、罰を究極的には彼は求めているのではないだろうか。その罰がなんであれ、ソニアがその罰を受け入れる。そのことが重要なのではないだろうか。口先だけの謝罪より。
ソニアは淡く笑った。
やはり思った通りだった。
ソニアに幸せな未来はない。ロージアンが平和になったその先にソニアはいないのではないかとかつて予見したように、ソニアの人生はロージアンの混乱が終わると共に終焉を迎えるのだ。そしてそれは自分が蒔いた種ですらある。平和になった時代に、ソニアの存在自体がなくなる。それはソニアに、これまで背負ってきた重荷を全て投げ出せるような安堵をもたらした。
せめてアルヴァンの望むソニアへの罰が、今の暗い彼の目をかつてのように明るくするものであるように、そっとソニアは祈った。
読んでくださってありがとうございました!!
ここでこの物語はいったん終了にしようと思います。
理由は活動報告にも載せようと思うのですが、現状の、共感できないヒロインのまま書いていても完結に至るストーリーになんら説得力を持たせられないことが大きな原因です。
今まで応援してくださった皆様、励ましてくださった皆様本当にありがとうございました!!
もう少し私自身が作者として成長してから、改めてこのお話を最初から書き直したいと思います。
未熟な私にここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました!!




