第七話
7人(!!!)の方に評価していただきました。
とても過分な評価で恐れ入ります。ありがたく思っています!!
勇者一行がロージアン王国に到着し、王家の墓がある”王家の山”から財宝を運び出すまでソニアは勇者達と接触することはなかった。そもそも用事がなかったということもある。大公女であるソニアだが、王家の墓に入ることなどこれまでになく、従ってその案内をすることも不可能だったからだ。
「ブリディン王国とは前もって調整していたのだがねぇ」
その夜、ジャスターはソニアの執務室でそうぼやいた。
勇者達が今回所望した宝物は、魔王城への封印を解く鏡のうちの一つだった。
宝物とはいえ、そのような品物を秘匿する訳もなく、ロージアン王国側は素直にそれを勇者達に渡した。だがそればかりではなく、勇者達はそれ以外の宝物をも持ち去ったのだ。
「翡翠の指輪、でしたか。ひいお祖母様が当時のブリディン王国王太子から与えられたという?」
曾祖母の指輪を、ジャスターの許可なく持ち去ったというのはいただけない。が、たかが指輪にジャスターがこのような反応をするはずもない。
「かつての、王位継承を示す指輪だったそうだよ。王太子が婚約者であったひいお祖母様に贈られたらしいが」
曾祖母が婚約を破棄され、後に国王となる末王子に嫁いだことは周知の事実だ。
ジャスターは物憂げにため息をついた。
「もちろんあの指輪にブリディン王国の継承権の意味などない。今となってはね。だがブリディン国王はずっとそれを欲しがっていたからね。どうにかして取り戻そうとしていたようだが、ひいお祖母様の遺品をそうおいそれと渡すわけにはいかないからねぇ」
恐らくはそこに外交的な駆け引きもあったのだろう。ジャスターは意味ありげに笑った。しかしその笑みもすぐにかき消える。
「それで、勇者様が取り戻されたと?ですが、何故です?」
基本的に勇者は一国の利益誘導をすることはない。と言われている。だがブリディン王国は勇者の出身国だ。ブリディン寄りの考え方をするのも仕方ないのかもしれない、が王家の墓から許可されていない宝物を持ち去るのはいかにも非礼ではあった。
「さぁ?誰ぞに吹き込まれたのではないかな?――案内人は制止したようだが、押し通されたようだ。まったく、私の手が離せない時を見計らって好きなことをしてくれる」
ジャスターはレイシュア神殿長に癒着していた貴族から実権を取り上げる作業を慎重に行っていた。重なる夜会でも、なにがしかの動きを部下にさせていたようだ。
「――夜会は明日、でしたわね」
ソニアに反射的に浮かんだのは、父祖の墓から遺品を勝手に持ち去った事に対する嫌悪感だった。自分の心に、その苦い感情が沸き上がったのを自覚して、ソニアは自制した。
自分は、ただでさえ勇者に対して単純な感情を抱いていない。それは見捨てられたという気持ちからくる八つ当たりのような気持ちでもあったが、体の芯を焼くような嫉妬の感情も僅かながらあった。魔族を犠牲無しですんなり倒してみせる勇者の強さに、ソニアは嫉妬を感じていたのだ。
目を伏せてソニアは己の心の醜さに耐えた。
過去は変えられない。
弱かった自分が許せなくて、何の罪もない勇者を妬んでしまうぐらいなら、これから強くなればいいのだ。自分がどれほど血を流してでも、女神から祝福された”特別”な人間でなくとも、全てを守る力を手に入れればいいのだ。
思い詰めた顔で決意を新たにするソニアを、頬杖をついたジャスターは沈黙を守りながら見つめていた。
ソニア達が勇者達と顔を合わせたのは、勇者達が国を去るにあたってのその夜会が初めてになった。
勇者であるアルヴァンとありきたりの挨拶を交わしたソニアは、彼を見て思った。真っ直ぐな人だな、と。
感情や意志を隠すのが宮廷のやり方だ。その中でアルヴァンは眩しいぐらいに自分の感情を露わにしていた。褒め称えられて喜ぶ姿は、ともすれば貴族達から静かな軽侮を浴びることだろうが、彼の強さがそれを滑稽な物に見せていなかった。
きっと彼はその真っ直ぐな思いで、助けを請われれば全力で助けに行くのだろう。……その思いを利用された結果が、翡翠の指輪だった。そういうことではないのだろうか?
ソニアは自分の汚い心を恥じると共に、奇妙な安堵を覚えていた。ソニアが彼を憎む、どんな隙も彼にはない。彼は完璧な勇者で、慈悲深い。彼のそういう純粋さを利用する人間達に注意さえすれば、それでいいのだ。
「――ソニア姫」
声をかけられてソニアは顔を上げた。
真っ直ぐに明るい、アルヴァンの眼差しが彼女の卑しい嫉妬や自分勝手な安堵を射た、ように思えた。ソニアはたまらずに再び目を伏せた。自分の卑しさを自覚することは苦しい。
「どうなさいました、勇者様」
先を見よう、とソニアは自分を落ち着けるために心の中で唱えた。
いつか、勇者がいなくともロージアン国内ぐらい守ってみせる、そう言えるだけの強さを身につけよう。もう誰もあんな風に無為には死なせない。死なせては、ならないのだから。
パットとクラリアを思い出す。
スラム街出身の彼をクラリアと会わせたのは、彼女の視野を広げるためだった。この国にスラムがあること、貧困のせいで蔑まれる人々がいること、捨てられる子供がいること。クラリアはソニアが何も言わずとも、パットとの会話でそういった事情を悟っていった。そうして、二人は恋に落ちた。成就することがないと、二人とも分かっていた恋だった。
「そのような場所を無くすために、わたくしはいつか嫁ぎますわ」
そうクラリアは言って綺麗に笑った。
「国が富めば、少なくともそう言った場所は狭くなりますわね?王族のわたくしが彼らの生活を支援することで、救われる命もありますでしょう?」
クラリアは考え始めていた。自分の価値を理解し、役立てようとしていた。恋を知っただけでも良かったのだと笑って。
死なずにすんだ。パット達だけでも。
だからもう二度目はない。もう二度と、『もっと強ければ』という後悔はしない。
「驚きました」
アルヴァンの言葉に、ソニアは一瞬目を瞬かせた。
「あなたが、魔族を倒したと聞いて。とてもお強いのですね」
ソニアは、アルヴァンを仰ぎ見た。夜会の灯りに照らされて、灰色の髪がチラチラと綺麗に輝いている。
「そ、のようなことは、ございませんわ」
ソニアは混乱した。強い。強いのはアルヴァンの方だ。何の犠牲もなくブリディン王国の魔族を倒しているのだから。
「あります。実はあの時、女神様からの啓示があったのです。ブリディン王国の魔族よりロージアン王国の魔族の方が強い、と。繭が破れるのも、ブリディン王国の物は一週間後だという啓示もありました。あなたからの親書に『救援は不要』とあったのですが、実は心配していたのです。ジャスター国王からは救援を要請する文書ももらっていましたし。ですがそんなことは不要でしたね。あなたは”勇者の力”がなくとも見事に魔族を倒してしまった。俺たちの心配こそ不要でした」
ソニアは、アルヴァンの言葉をうまく飲み込めなくて目を瞬かせた。
混乱しつつも咄嗟に、『従兄の救援要請があったのなら、どうして助けに来なかったのですか』という問いが口をついて出そうになった。
頭の内側がガンガンとうるさい。
キィィィン、という耳鳴りが遠くから聞こえ、凄まじい早さでソニアの鼓膜の内側までやって来て、耳が引き裂かれるような大きさで鳴り響いた。
「これほど美しいのに、あれほど強い。あなたは、……小さい頃から、俺の理想でした」
耳が引き裂かれて血が迸りそうなのに、アルヴァンの言葉は鮮明に聞き取れた。
アルヴァンは頬を染め、少しためらった後、ソニアの手を取って彼女の前で膝をついた。
大きな夜会だ。ロージアン王国の全貴族が集っていると言ってもいいほどの。
「美しいソニア姫、私が魔王を倒したら、どうか私の妻になってくださいませんか」
音楽が、人々の話し声が消えた。
ジャスターが珍しく血相を変えてこちらに来ようとしているのが見えた。
ソニアは、不思議なほど全てが鮮明に見えた。
そうして、自分が取るべき最善の行動も分かっていた。にっこり微笑み、『わたくしにはもったいないお話ですわ』と断ればいい。羞じらったように笑う自分の顔さえ容易く想像できた。
ドンッ!!
ソニアを突き飛ばして、身を挺して魔族の爪からソニアを守ったルドレンダの死に顔が浮かんだ。
ニコラークの千切れた首。ダーレントの黒くぽっかり空いた胸元。
一人ずつ、死に顔を見ながらソニアが火をつけていった。
まるで眠っているような穏やかな死に顔の者もいた。まるで、ソニアのもたらす炎こそが彼らの命を絶つ元凶であるような。
ソニアは、負けた。
正しいことを、選べなかった。
「平民の、それもスラムの孤児であったあなたが、大公女であるわたくしに妻になれと仰るのですか。お断り致しますわ」
アルヴァンの、彼がどう努力しても修正不可能な部分をあげつらって侮辱した。
真っ直ぐな彼が、傷ついたという感情を真っ直ぐその顔に浮かべた。
同じ顔ができたらいいのに。
ごめんなさい、そんなつもりはなかったのだと泣ければいいのに。
「――ソニア、下がりなさい」
厳しい目をしたジャスターに命じられ、ソニアはその場を後にした。
自室に下がり、ソニアは乾いた笑いを洩らした。
「ふふふっ」
笑いは、一度ソニアの制御を離れるともう戻らなかった。何かを吐き出し終えないと止まらないように、いつまでもいつまでも喉から迸り出る。そうして笑いながらソニアは、泣いていた。
泣きながら哄笑する。だがその笑い声は既に苦鳴じみていた。高くない、まるで地の底から響くような呻き声に似た笑い声が延々と続く。侍女が怯えたように部屋から走り去っていくのを、意識の片隅で捉えていた。
狂っている。ソニアは腹の底から笑いながら、そう思った。
壊れてしまえ、潰れてしまえ、惨めに朽ち果ててしまえ。
荒れ狂う激情が己を呪ってソニアに喚き散らしていく。ソニアはそれに、引きちぎるほど強くシーツを握りしめて耐えたのだった。
読んでくださってありがとうございます!!
感情的な後書きにつき、以下を削除しました。
お騒がせしました!




