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地下牢の神子  作者: 雪香
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急使


あれから戻ってきた壱刄達を迎え、1の国へと帰る馬車へと乗り込んでいた。ひとつ目の車内には、一の方と紅葉が乗り込む。ふたつ目には、お見送り役として…5の国からは慧羅、3の国からは清風と遊栄が乗り込んだ。更に後ろには侍女や侍従等と続いている。


「慧羅を就かせておりますので、どうぞ気安く御使い下さい。」


そう言って微笑むのは、五の方である守来だ。ずっと紅葉に付き添いたいと口にしていた彼だが、一の方の代わりに3の国での偽神子調査をしなければならない。

馬車の窓越しに紅葉の手を取り離れがたそうに微笑する姿に、年若い紅葉も心が揺れ動いてしまう。


守来ともっと話したいけど、しょうがないんだよね…仕事だから。うん、心配かけないように言わないと。


「うん。残念だけど、また会えるよね。」

「…!勿論です。モミジ様は暫くは1の国におられましょうか?でしたら、必ずやお伺い致します。」


また会えるかを聞かれた5の国国主は、内心で天にも昇る心地である。そんな相手の気持ちを知ってか知らずか、そこまで深く考えず紅葉は穏やかに頷き返す。


「待ってるからね?…あと、慧羅を就かせてくれてありがとう。」

「いえ、私自身がお見送り出来ず申し訳ございません。侍従長ならば、多少は暇潰しにでもなればと。」

「…?暇潰しだなんて。慧羅はとっても良い人だし、凄く頼りになる人だよ。」

「…………そうですか。」


うん?何で黙ったんだろう?えっと、言われなくても当たり前ってこと?…うわあ、私ったら恥ずかしい!


紅葉は気付いていなかったが、隣に座る壱刃から笑みは消え失せ、守来の瞳からは色が消えていた。しかしそれは一瞬で戻り、紅葉へと柔らかく微笑み、優雅に礼をすると後方の馬車へとゆったりと歩み寄っていた。


馬車へと何か声を掛けた後、3の国城へと戻って行く守来の背を見ながら、馬車は城門に向けて出立する。門へと続く道も美しい花々に彩られ、訪れる者を飽きさせはしないだろう。

この花達でさえ3の国国主が、初代紅神子の好きな花を集めたと云われている。


門を出るその刹那、紅葉の瞳は美しい翡翠に目を奪われる。城門の前に立ち、切なそうに此方を見つめる愚かな人。

…魅影。

ふいに目が合うと、ハッとした相手は深々と頭を下げた。市原紅葉としては、彼を好きになれない。けどれ、紅神子モミジは彼を拒めない。


3の国から遠くなる馬車の中、微睡む紅葉の頭が壱刄の肩に寄り掛かる。直ぐに壱刄が侍従に何か指示を出す声が聞こえ、紅葉の体に毛布が掛けられた。いとおしそうに髪を撫でた壱刄は、そっと紅葉の体勢を変えて自らの膝に紅葉の頭が来るようにする。


「…どうしたら貴女を留めておけるのか…。」


……壱刃の…声…?


その甘い囁き声は、一の方を知る者全てが驚きを表すだろう。今の一の方にとって、全ては紅葉の為に尽きるからだ。





1の国へと帰路を進める道すがら、紅神子と一の方の時間を邪魔できる者は居ない。だが、そんな中一人の侍従が前方より1騎を走らせてきた。汗だくなのに蒼白い顔を見れば、一の方の馬車に近づくのを周囲も流石に止められなかったのだ。


「……一の方様、国より急使がございます!」

「…ただ今紅神子様が休息されている。声を低めろ。」

「!申し訳ございません。そ、その、事は火急でございまして…」


馬車の中より聞こえる一の方の苛立ちを含む声に侍従は慌てるものの、それでも食い下がらない様子に不思議に思う一の方も「何があった」とだけ問いただす。


「…っは。それが…………………………………」

「…何だと。」


紅神子以外に関心の無い一の方ですら、急使の伝言は眉を潜める内容だった。

『明け方頃、見知らぬ女と共に侍従長が姿を消した』らしい。侍従長の琉華と言えば、美しく聡明だと他国にも知られる一の方成人より仕える者。間違っても、仕事を疎かにし勝手に国から出る事はしない筈なのだ。


もしや…と壱刄は思案する。偽神子が3の国を出てから行方が知れない。仮にも、三の方に紅神子として信じさせた件がある。幻術か香か薬か、他者に何がしか操れる術があると考えた。

その女が…偽神子であったら?モミジが1の国に帰るのは危険だ。


隣で眠る紅葉の手を優しく取り、指先に唇を落とす。よほど疲れていたか目を覚まさない紅神子に微笑み、馬車の座席に横たえて自分は入り口から外へと歩み出る。

馬を止めたままの御者へと数度指示を出し、後方の馬車へ声を掛ければ幾人かが表に姿を出した。


「…何用でしょうか?一の方様。」


確か…この者はモミジに敬意を払っていた。

品良く一礼する3の国妾兼侍女頭を見る一の方は、少々不本意と言いたげだが最後は決意をし口を開く。


「侍女頭、お前は武に心得はあるか?」

「…はい。体術、剣術共に…侍従長候補としての嗜みはございます。」


突然の他国国主からの質問に、遊栄は動じる事無く適切な声音で答える。何故遊栄を召したのか、それは今火急の件状況だったからだ。


「なるほど。三の方には事後承諾だが、今よりお前を1の国侍従長代理にする。俺の代わりに紅神子様の側に付き、御守りしろ。」

「…!…は、い。畏まりました。」


モミジを国に戻せない、一の方は国に戻らなければならない。側に置くには、気の利いた同性で腕が立ち、護衛を務められる者が必要だ。今の状況では、適任が遊栄しか居なかったのだ。流石に侍女頭程度では紅神子に付けられない…となれば、位を与えるしかないのだ。


あまりの展開に言葉を詰まらせる遊栄だが、流石に侍従長として教育も受けていた経緯も有り動揺を堪えて深く礼を取った。


「…よし。馬車は3の国に戻るのは遠いか…2の国に急使を送れ。紅神子様を2の国にお送りする様に。」






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