夢に泣く
一の方が数名の侍従を連れて、国へと走り去っていく。侍従長代理の身分を請け負った遊栄だが、自分の立場を弁え車内に乗り込む事はしない。代わりに慧羅の上着の予備を借りて身に付けると、騎乗したまま馬車の隣を離れず進んでいく。
その姿は、3の国の妾だと侮っていた侍女や侍従も考えを改めざるを得なかった。
*
…うん。眠い。
緩やかな微睡みの中、また夢を見た。
『…ああ、君は酷い。』
寝台に横たわる私の側に居る男性は、ただそう口にする。既に命尽きてもおかしくは無く、浅い呼吸で霞む視界に意識が薄れていく。
『…っ。何故、僕では無く君が逝かなければならない?』
男性の瞳からみるみる滴が零れていく。
十神衆では、ただ一人【私】に愛を語らなかった人。
『なあ、答えて欲しい。一は、君が消えれば世界を滅ぼしてしまいそうだ。三は、心を歪ませてしまいそうだ。四は、確実に壊れてしまうだろう。五は、やっと得た感情を失うかもしれない。』
儚く少しずつ消えていく命を見つめる男性は、その手を強く握り締める。
『…なあ、本当に最期に居るのが僕で良いのか?今からでも一を呼ぶよ…モミジ、君が是とさえ言ってくれれば…』
それだけは嫌…絶対に嫌…。なぜ、こんな臥せって醜くなった姿を見せる必要があるの…。もう窶れて、肌も黒ずんで、きっと私は何て酷い姿でしょう。私に傾倒する魅影になんて見せられない…守来だって私を嫌うわ…壱刄は絶対に泣くわ…あと…ああ、だめ…苦しい…
声を出せず頭を振る女性に、男性の顔がくしゃりと歪んだ。涙を堪えているのか、体は小刻みに震えている。
『…何も出来ないのか…天へと還る君に、僕は…何も…』
男性の握っていた筈の手から、力が抜けていく。視界が白くなり、まるで体から魂が抜ける様だ。必死に何か叫ぶ相手の声など、もう届いては居なかった。
『……あああ!嫌だ!いかないでくれ!!…ああ、僕は、僕は…君よりも…っ先に………』
*
………………夢。
目覚めたのは馬車の中だった。背中が嫌な汗で湿っており、体は鉛の様に重かった。あれは夢なのだと思うが、あの命が終わる感覚は言い表せ無い。
思考を変えようと、夢に出てきた男性を思い出す。初めて夢に出る男性は、どうやら紅神子を看取ったらしい。今までの相手とは異なり砕けた口調だったのが不思議であった。
「………壱刄?」
冷静になってくると共に、側で付きっきりだった一の方の不在に気付く。この世界に来てからは、やはり一番の庇護者が居ないと不安になってしまう。紅神子だと持て囃されてもまだ十五なのだから。
…亜子も里子も居ないしな。慧羅は使って良いって守来が言ってたけど、わざわざ何も無いのに呼ぶのも…。
「…紅神子様、失礼を致します…お目覚めでいらっしゃいますか?」
「え、あ…はい。起きたよ!」
紅葉の困惑を知ってか知らずか丁度良い間合いで掛けられた声に、慌てて返事を返す。今日聞いたその美しい声は、紅葉の警戒心をほどいていた。返事の後、程無くして窓の隙間から水と細かく切り分けた果物が差し出される。
「あ…ありがとう。」
「とんでもございません、畏れ入ります。」
えっと…確か、遊栄だっけ?
相手の名前を思い出しつつ、甘酸っぱい赤い果実を口に含む。
…あ、じゃなくて壱刄の事聞かないと。何で居なくなっちゃったのか。
「…あの、壱刄…
ヒヒイイン!
紅葉の声を遮が突然の馬の嘶きに遮られる。馬車の揺れが止まり、前方の御者や護衛達のさざめきが耳に届く。
“おい!これはどうする?!
無理だろこんな状態じゃ!
…いや、今から3の国に戻れと?
駄目だ、それこそ一の方様にどんなお叱りを受けると…
とりあえず、侍従長方に聞いてこい!”
焦りと苛立ちの混じる声に、紅葉の不安も募ってくる。遊栄は馬車の近くから付かず離れず「きっと大丈夫でございます」と落ち着いて励ましてくる。
それから暫く待機していた紅葉の元に、体感的には三十分は経った頃…5の国侍従長である慧羅が外から声を掛けてきた。
「紅神子様、少々よろしいでしょうか?」
「うん、何があったの?」
僅かに窓を開けて不安を隠せず問うと、慧羅の眉間に皺が出来ている事に目を瞬いた。前方では3の国侍従長清風が、従者達と何やら話し合っている。
「…実は、2の国に繋がる橋が冬にあった大雨で壊れているらしく…」
橋が壊れてる?え、不味いよね!うん?…というか
「2の国…?」




