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地下牢の神子  作者: 雪香
20/31

ー侍従の憂鬱ー


「おーい志津。お前、女が出来たって本当かよ?」

「…はあ?」


9の国侍従である志津は、ここ数日同僚からのからかいに頭を悩まされていた。

というのも、最近本国で多発していた人拐いの一味を捕らえた際、身元の知れぬ少女を保護したからだ。少女と言っても、年齢的には志津と変わりは無いが。


今日も侍従仲間に会って早々「その女に会わせろ」「お前がめとってしまえ」と騒ぎ立ててくる。


「ですから、この様な時期に妻をめとる事は無いと言った筈です。それに、その娘はあくまで故郷が知れるまで預かっているだけの身。」

「…はあ、お前かってえなあ。時期とか言ってるとすーぐ年なんか食っちまうぞ?お前だってもう数えで17だろ?その年で侍従なんだ、引く手あまたじゃねえか。」


切々と言い募ってくるのだが、志津には勿論響かない。彼の頭にあるのは、本日の職務内容である。

…ええと、今日は侍従長様の書簡整理を補佐し、その前には九の方様にご機嫌伺いした後身支度のお手伝いで…


まだ何か言っている同僚に軽く挨拶をし誤魔化すと、納得してはいないがその場を後にした。彼の向かうのは九の方の寝所である。まだ記憶の戻らぬ幼い九の方に代わり、侍従長の仕事は多岐に渡り細々とした事に手が回らない。

その為、侍従で一番年若い志津が良いだろうと、側近くで身の回りの事を補佐している。


九の方の私室に着くと、扉前に控える護衛に会釈し扉を叩く。


「…九の方様、侍従志津が参りました。お目覚めであらせられますか?」

「うん、起きてるよ。」


声を掛けた後、間も置かず少年らしい声が返ってくる。

失礼致します…と言いながら扉を開けば、豪奢な室内で着替えを終えて寝台に腰掛ける少年と目が合い片膝を着く。


「おはようございます。ご機嫌麗しくようございました。朝の身支度の用意を始めさせて頂きます。」

「うん、良いよ。」


にこりと子どもらしい笑みを浮かべる九の方に頭を下げ、立ち上がると身支度の準備を始める。少し癖のある髪に触れ、櫛を通し整えていく。九の方が顔を洗い終えると、新しい布を手渡し歯用の銀楊枝と新しい水を台に置く。


最後には衣服の調整を行い、九の方が一匙の白湯を飲んだら控えていたメイド長へ朝食を頼み、朝の日課を終える。常ならば静かに椅子に腰掛けている九の方は、窓辺へと足を進めていた。


「…九の方様?どうなさいましたか?」

「…………ねえ、志津。僕は、いつ記憶が戻るのかな?」

「…!九の方様…それは…。」


年の割には聡明だと言われる九の方。国主である少年は記憶の無いまま12歳となった。通常十歳前後で記憶を取り戻すのが十神衆だが、未だ戻らぬ記憶に不安が訪れるのは仕方ないだろう。


蒼の神子側では年の近い方も居られず、9の国侍従長はお忙しい方だ。相談もしづらいのだ。だが、志津がそれに対し気安く答えられる訳が無い。あくまでも志津は侍従、教育と補佐を行う侍従長と立場が違うのだから。


「…時が来れば、いずれ戻られるかと…。」

「…だと良いけど。」


月並みの返答をする侍従を見もせず、九の方は窓の外をぼうっと見つめる。


…やはり、二千年ぶりに紅神子様が一の国に戻られたと聞いて以来様子がおかしい。紅神子様が戻られたのなら、蒼神子様だとて次いで戻られる筈…そう侍従長様も仰られていた。


十神衆は国主でもあるが、神子の従者であり、守り人でもあり、夫君ともなり得る。しかし、記憶が無い状態で会った者は史書には書かれていない。


「…僕は、蒼神子様に会いたくないよ…。」


独り言の様に囁かれた声は志津には聞こえず、相手にどう声を掛ければ良いか言葉を探しあぐねていた。

やはり、侍従長様にさりげなく相談をしてみるか?…いやいや、一介の侍従が出すぎたと思われるやも。だが、いつ蒼神子様が現れるとも限らない…。


そんな思考の中、メイド長の声が掛かり朝食が室内へと運ばれるのだった。




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