侍従長と妾
主人公は出ません
「侍従長様、三の方様が五の方様をお呼び下さるようにと…。」
「…ひえ、ぼ、僕がでしょうか?」
「…他にどなたが居るのですか?」
3の国侍従長の清風は、大きな溜め息を着いて弱々しく頷いた。
思えば、清風は貧乏くじを引く人生であった。
今の侍従長は自分で5代目、4代目までの侍従長は女性で三の方に惚れて妾となってしまったのだ。
その結果、三の方の「女性が良い」という意見を宥めすかした侍従達は、十神衆の血を継ぐ清風を見つけ出した。
しがない文官をしていた清風だが、容姿以外の項目を満たしており、半強制的に侍従長となってしまったのである。
まさか、こんな冴えない僕が侍従長だなんて…。
侍従長と言えば、1の国の流華殿や、5の国の慧羅殿の様な美しく聡明な者が想像されるだろう。
侍従長…十神衆の直属の側近であり、神子にも直接声を掛けても許される者。
涙目になり、これまでを反芻する。
3の国に、紅神子様が降り立たれた後、何故か偽の紅神子を一の方が連れて行き…。
更に、この国の牢に5の国侍従長の慧羅殿が入っていたという事実が分かり、東奔西走の日々で…。
ううっ…胃が痛い。
就任ひと月の僕には、荷が重い。
三の方様にもまったく話し掛けられない上に、紅神子様とも会えずにいるとは…情けない。
「…あら、侍従長様…どうされたのですの?」
「…あ、これは、遊栄殿。」
疲れきった清風の瞳には、三の方の妾筆頭が映る。
遊栄は、三の方に侍るよりも身の回りの世話をしたり、妾や侍女達を纏める役目を自ら行う女性であり、侍女頭も兼ねている。
控えめだが、言う時は言う女人なので、僕も時折頼っているが…。
「…ああ、その、今から三の方様の命で、五の方様を呼ぶ所ですが。」
まあ、と遊栄は口元を隠して苦笑する。
「相変わらず、三の方様は侍従長様に甘えられていますのね。」
甘えている?あの、男に冷たい人が?
目が点になった清風に、遊栄は「あら、気付いていませんでしたのね…」と、聞こえない声音で呟く。
不思議そうに首を傾げる清風に、遊栄はただ曖昧に微笑み誤魔化しておいた。
そんな二人の元に、駆け寄って来たのは侍従数名である。
「…侍従長様!大変です!」
「っ侍従長様!…紅神子様が、偽物かもしれません!姿を消されたのです!」
……………はい?
清風の思考は停止した。その間にも侍従が何やら声を上げるが、清風の頭は真っ白でそれどころではない。
パン、と両手を打つ音が響き、侍従の声が止まる。
清風もハッと我に返り、その音の元へと視線を向ける。
にこりと笑う遊栄が両手を叩いていた様で、ゆっくりと手を下ろして頭を下げた。
「よろしければ、私が五の方様に声を掛けに行きましょう。侍従長様はどうぞ、侍従の方々とお行き下さいませ。」
それに侍従達は直ぐに「有り難い!」と頷き、清風を引っ張る様にその場を去って行く。
清風の申し訳無さそうな顔を見送り、遊栄は素早く早足で五の方の居るだろう部屋へ急ぐ。
遊栄は小さく溜め息を噛み殺す。あくまでも、美しい妾の姿を崩さない。
(全く…殿方という者は、いざという時に頼りにならない)
侍女頭兼妾の遊栄…。実は、十神衆の血筋を引いている。
容姿端麗、頑健な肉体、勤勉、 犯罪歴皆無…つまり、侍従長としての素質を持っている。
彼女自身、侍従長としての教育も学んでおり、侍従の意向が無ければいづこかの侍従長になっていただろう。
いや、長く妾を勤めているので、遊栄の存在は薄かったのだろうが。
三の方の怒気にも動じない、芯の強い女人遊栄。
侍従長という立場より、彼女には目的がある。
(さあ、急がなければ…もしや、紅神子様とお会いできるかしら?)
遊栄の目指すのは、侍従長ではない。
紅神子の斎女なのだから。
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