38 獣の本気。
――死騎士がわらわらと群がってきていた。
数発撃ち出す光弾をアンデットとは思えないほど俊敏に躱された。魔術師に集まるのは、かつては歴戦の騎士だった魔物。それが数十体……。勝てる見込みはまず無い。それが当たり前の事だ。敵からすれば狙いを散らし、同時に攻撃してもよい。死を恐れない魔物ならば、一体を犠牲に残りで止めを刺してもよいのだ。
ただ、その解りきった現実が目の前に突き付けられているはずなのにトナに悲壮感は無かった。
たんたんと。ただ、たんたんと光弾を撃ち、死騎士が躱す様子を眺めていた。何度目かの光弾が一体の死騎士を掠めた瞬間、立ち止まった。
もう諦めてしまったかのように瞳を閉じて。
セリアは視界の端に映るトナの様子を見て、一人死んだと確信した。
相手が悪いのだ。多勢に無勢という状況でトナの行動は明らかに無駄な抵抗でしか無い。
死騎士の攻撃を躱す動きは魔術師とは思えないほどに滑らかなものだったが、戦う者として関心出来たのはそれだけだ。
唯一、気になったのは自分の手で殺したかったという思いがあっただけ。
状況がそれを許さなかったのだから、そこは良いと思った。ともかく目の前に居る男二人が死にさえすれば当初の目的は達するのだ。
無防備に立つトナは杖にかなり高密度の魔力を蓄えていた。
――光弾を悉く回避された。魔力もすでに少ない。節約して勝てる相手だとも思えない。ならば――。
恐怖を感じないのではない。状況から最善最良の一手を実行する。それだけである。今出来る後悔の無い一手を。
トナは毎回思う。迷ってはダメなのだ。その気持ちが、覚悟が、持ちうる魔力を最大限引き揚げると。
圧縮された魔力が杖のまわりを漂う。
目前と迫る死騎士に向け、杖を差し出すように掲げると高らかに謳い上げた。
いつも使う言葉では無い。魔術の種類が変われば文言が変わる。魔力を使い精霊に語りかけるのではなく、聖なる存在に語りかけるための言葉だった。
慈しみと優しさ、そして悲しみを含めて。
《子が父に願う・我が声に耳を傾け・光と・愛を。
闇に魅入られ・闇に縛られ・隷属せし眷属・歪められ・理から外れし者。
土は土に・水は水に・風は風に・火は火に・然るべき場所へ・在るべき姿へ戻れ。
愛をもって還るべき場所へ・慈悲深き光にて・安らぎの地へ。
我は正しき道へ誘う!》
《リーブ・ヒャルト・リビス・ヒャルト・オン・レヴァ・コーム・神の示す道》
唱えられた文言が杖に蓄えられた魔力に反応し、即座に杖で魔方陣を描いた。古き時代、血肉を捨て、忘れ去られた過去から存在し続ける偉大なる方へ。少しでも多くの慈悲を願いながら。
祈りを捧げながら描く魔方陣が完成した。
そして、死騎士の凶刃がトナの上着を斬り、剣が肩口へと触れ、ばっさりと斬られ……そうになったと同時に魔方陣から光が溢れ出た。
蒼く、暖かい光は目の前に居る死騎士へ突き刺さる。光はトナを中心に死騎士、デュラハン目掛けて鋭く突き進んだ。回避行動を取る暇など一切出来ない。追尾もするが、魔術発動と同時に光が貫いていたのだ。逃れられるものでは無い。
ウォロンの攻撃を躱し、耐え、反撃まで出来た死騎士達だったが、アンデットである以上、トナの聖なる魔術に耐えられなかった。
磨き上げられた剣が腐食し、ボロボロの鎧が崩れ落ち、割れた鎧からは黒い瘴気が溢れ出した。人間ならば出血しているようなものだろう。
目に見えて動きが緩慢となり、瘴気を吐き出し尽した鎧から柔らかな光の玉が現れた。
鎧の周囲を飛び回ると空へと浮かび上がる。魔力によって縛られていた魂……だったのだろうか。
金属同士をぶつけたような音が鳴り響いた。首無しの馬は浄化されて消え去った。馬車も浄化され、崩れ朽ち果てていたが、地面に降り立ったデュラハンは突き刺さった光の道を腕を振るって叩き割った。
尋常ならない力技を眺めていたウォロンがあきれ果てた。
「おいおい、今のでデュラハン倒せなかったのかよ。腕落ちたんじゃねぇか?」
トナが、杖に寄りかかるように使ってゆっくりと近寄ってきていた。
「今ある魔力を最大練って広範囲に拡げたんだけど、効かないみたいだな。増幅して一点集中すりゃなんとかなるかもしれんけど、これ以上はランク落とした魔法が数発撃てるかどうかだな……」
肩を竦めたウォロンは近づいてきたトナへ目を細めてじっと見ると、不満気に漏らした。
「つっかえねぇな」
「おまえがな」
見越していたのか、返答は刹那も間をあけない。
諦めたように、ウォロンが盛大にため息を深く吐き出す。
「しょうがねぇな……。アレやるしかねぇか」
「それしか手はないね」
互いに了解し合い、ウォロンは両腕を回して柔軟を始め、トナは残った魔力をゆっくりと練る。
その様子を見ていたセリアが訝しげに見ていた。その間もデュラハンを視界の端に捕らえるのを忘れない。
準備運動を始めたウォロンを見ていた。今なら背後から一撃で……。
意識を拳に一瞬だけ向けただけだ。だが、それを察知したのか、振り返ったウォロンが掌を向けて止めた。そして、人差し指を立てて横へ振る。
無駄だと言う態度。挑発に思えた行動だったが、身体が動かなかった。躊躇う(ためら)理由など無いはずなのだが……。
身体が暖まったのか、斧を構えなおすウォロン。
その態度には明らかにセリアを忘れ去っているかのような、興味を失っているような様子だった。
不意に……今も殺意を抱いているはずの相手だと解っているのだが、声を掛けてしまった。
「お前達はまだ闘うつもりなの」
「俺はな。怖いならトナと一緒に先に帰ってもいいぞ」
素っ気無い返答。すでにセリアを相手にする気が無い。優先させねばならない相手がいるのだ。
もとよりセリアを倒そうという気が無いのだが。
「だったら、動けなくなる前に言えよ。そうすりゃ帰れたってのに」
トナは魔力を練りながらぼやいた。
「次からは先に言うよ」
まったくそのつもりが無いとばかりに答え、盾を足元に置き、斧を構えなおす。
「ま、骨は拾ってやるから何とかしてこい」
「優しいことですな~。……骨残ったらよろしく頼むわぁ」
トナが杖をウォロンへ向ける。ウォロンの身体が淡く光る。聞こえるかどうか解らないほど小さな呟き。
「正気なの……? お前が言った事が本当ならば、一国を滅ぼした魔物相手なんだぞ。たかが人間ごときが敵うわけが……」
「何だ? 恨んでるわりに心配してくれるのか?」
にんまりと心底嬉しそうに問うウォロン。
「ばかな。元々おまえは私が殺すつもりなのよ。殺されたって別にかまわないわ。勘違いしないで」
ここで頬を赤らめて返答してくれば、ウォロンに希望の光があるのだが、嫌悪を露に拳を突き出して構えた。何時でも攻撃出来るという意思表示にほかならない。
「そーでっか。んじゃ、俺だけが生き残れるようにがんばってみるかなっと」
「ついでで良いから俺も入れとけ」
「余裕あればな」
少しだけやる気が失せつつ、淡く光るウォロンは斧を両手で持ち、デュラハンへと歩いていった。
今なら背後から襲えば殺せるはずだ。弱りきった目の前の魔術師に拳を振り下ろしてもいい。だが、手が、足が動かなかった。
相手は死者の先兵を束ねる上級の魔物なのだ。正直、セリアに勝機は見出せなかった。今も背中を見せて逃げ出してもいいと思っている。だが、斧を持つ男が平然と向かっていく様子になぜか惹かれるモノがあるのだ。
困難だと自身が思う相手に強固な気構えも見せず、散歩に行くような足取りで行く男を……。
両手で斧を構え、デュラハンの目の前で立ち止まるウォロン。
一個の魔物でありながら、その身体は堅牢な砦ほど頑強。死者であるために躊躇いや恐れは無く、殲滅する事に何も感じない。
ウォロンの雰囲気に何か感じるものがあるのか、デュラハンが片手に持つ自分の頭を元の位置に持っていった。
首が繋がったのか、赤い一対の瞳がより強い光を放った。
その状態がデュラハンの本気なのかもしれない。
この時点でウォロンが出来る事はただ一つだけだ。
堅牢な砦を破壊するだけの力を込めて敵を倒す。
単純な答えだが、それを可能とする方法を持っているのもウォロンだけだ。
唯一の弱点である『浄化』系の神聖魔法だが、それを使える男は後方で座り込んでいるから。
じっと睨み合うのかと思っていたが、同時に動いた。
デュラハンは鉄塊とも言える大剣を振り上げようとしていた。
ウォロンは全身に力を入れているのが、離れていても見て取れた。細かく震えているのは禁断症状に悩まされているような……。
セリア、トナが確認できたのはここまでだった。
ウォロンの姿が消え、そして……。




