39 決着。
――デュラハンが大剣を振り上げようとしていた。
ウォロンは最大の力で撓めた足の筋力を動かして『縮地』を発動。
踏み込みは十数秒掛かる距離をゼロに近くなるほどまで縮め、両腕の筋力ははちきれんばかりに膨れ、その力で振るった斧の刃がデュラハンの肘に噛み付く。装甲が薄い部分で喰い千切られたように穴が開いた。
返す刃で脇腹の薄い装甲へと噛ませる。
――デュラハンは両手で持つつもりなのか、胸の前に構えようと腕を持って来ようとしているようだ。
両足の付け根部分、両膝部分に狙いを付けて何度も斧を振り下ろした。
デュラハンの両肘、両肩、両足の股関節部と両膝が空中に投げ出されたが、ウォロンの攻撃は止まらない。
――デュラハンは何か行動しようとしているのかもしれない……。
空中に浮いた両腕両足を斧で叩き付け、分厚い部分がへこむ。それでも手を休めない。
何度も何度も斧を叩き付けた結果、両腕両足部分が金属破片となって散らばる。
目の前には胴鎧と首が残っていた。唇を舐めたウォロンが襲い掛かった。
――デュラハンには自身に起こっている事が理解出来ていないだろう。
デュラハンの横へ回り込んだウォロンが斧を振り上げた。
胴鎧に斧を叩きつける。比較的装甲の薄い脇腹部分を中心に何度も何度も。
衝撃で撓む鎧にヒビが入る。
赤い雫を撒き散らしながら、ウォロンが斧を叩き付けた。
――気づいているのかどうかも怪しい。
鎧が粉々になり、残った首が徐々に地面に落ちかけている。
もちろん、それをただ眺めるつもりは無い。
斧を叩き付ける。赤い雫が点々と首に付くがウォロンは気にしない。
ただただ叩き付ける。
ウォロンの視界が赤く染まる。
それでも叩き付ける。
何度も何度も……。
ガシャ!
ひしゃげた金属の音がした。複数の音を重ねて一度に解き放ったような音だった。
その音がしたと同時にウォロンの姿が現れた。デュラハンが立っていた場所に。
対峙していたデュラハンが木っ端微塵になっていた。立っていた場所を中心に鎧の部品が鉄屑となって散乱している。
「な、なにが……どうなって……」
狼狽して搾り出すように呟くのはセリアだ。
「切り札だよ。普段なら絶対やらない正真正銘のラストカード。俺の援護魔法を受ければ文字通りの必殺……。気になるなら直接聞いてくれ」
杖でかろうじて立つトナが投げやりに応えた。
『多撃必殺』
ウォロンが持つ唯一オリジナルの技だ
前にセリアと初めて戦った時に使った『縮地』の発展型である。
『縮地』は脚部の筋肉を最大限使い、地面を蹴りつけて間合いを詰める技術だ。
通常、人間の脳は力を制御している。筋力はどれほど力を込めても三割までしか発揮されない。
それは己の力で筋肉が暴発するのを無意識に抑えているためだ。
だが、世の中にある剣技、体技などには必ずと言っていいほど『奥義』と呼ばれる技が存在している。
長い間の修練や命を賭すほどの執念によって鍛え上げた者のみが使える技で、演舞など形式的な型と脳の制御装置を意識的に、もしくは暗示を用いて解き放つ、二つの技術を合わせた総称と考えて良い。
『奥義』は三割しか使えない筋力を四割まで解放することが出来る状態を言う。たった一割の違いしか無いが、その一割上がると威力も速さも倍以上に跳ね上がるのだ。
それがウォロンの『縮地』だ。
なぜ、発展型の『多撃必殺』は姿が消えるほどの力を持つのか。
それは肉体強化の援護を受けたウォロンは脳の制御装置を五割以上解放する事が可能になるからだ。
一般の『奥義』よりも解放する事によって得る神技なのだ。
しかし、最強とも言える技ではあるが、万能では無い。
ウォロンは立っていた。
両腕はだらりとぶら下げ、握力がもう無いのか斧は地面に刺さっている。まるで腐り落ちそうなまでに力無い腕は筋肉の膨張によって毛細血管が破裂しており、流れ落ちる血で真っ赤に染め上げられている。ズボンの裾からも血が流れ、靴を赤く濡らしていた。
どう考えても無理しているのだ。
セリアはじっと見ていた。唇を噛み、口内に鉄の味が広がる。
ゆっくりと、振り返るウォロン。大量に生産されていたゾンビやグールと同種族だと思えるほど青白い表情。まるで幽鬼のように歩み寄るウォロンが陰惨な笑みを浮かべてセリアを見ていた。
誰が見ても死ぬ間際にしか見えない。だが、セリアは動けなかった。
妖精族を絡めとるのは恐怖……なのだろうか……。
魅入られたように視線を外せないセリアにウォロンが問う。
「俺と……一緒に城へ来ないか?」
セリアの目の前には死に掛けた人間が居る……はずだ。だが、中身も人間なのかまったく自信が持てなかった。非常識なまでの武力。非常識なまでの体力。非常識としか思えない戦闘センス。だが、もっとも理解し難いのはその思考だ。
「な、なにを……」
言葉に出来たのはそれだけだ。身体が震えた。氷で出来たナイフが全身にゆっくりと刺さる感覚。数分で身体中を貫き、体温全てを奪い去るような……。
身体がやっと動く。だが、それは無意識に一歩足が下がっただけだ。
それを見たウォロンが笑みを消し、新たに表情を作り出す。悲しみと……憤りなのだろうか。何に対してなのかは解らない。
だが、その表情を見てセリアの心に湧き上がったのは……。
「くっ」
いつの間にか身体が束縛から逃れていた。胸にわだかまるものを振り切るように駆け出した。
走りながら思う。
胸に湧き上がったモノがどのような種類なのかは解らない。
だが、確実に自身を縛るだろう。気持ちを、身体を縛ると容易に想像出来ると思うだけに、この場所に捨てなければならないと思ったのだった……。
遠ざかるセリアを見つめながら、ウォロンはため息を吐き出した。
「その格好で説明無しに言うからだろ。せめて順序立てて説明しろよ」
力尽きたのか、地面に座り込んだトナ。魔力、体力共にまったく無いのだろう。ウォロンを助けようともその場から動こうともしない。
「しかし、がぶろんが好きになったのはどうでもいいが、相手が妖精族でさらに人間から毛嫌いされてるダークエルフとはね。困難というか、無謀というか……らしいとも思うけどな」
肩を竦める。
「まぁ、どうなるかは……次回の……お楽しみだ」
たどたどしく応えたウォロンががくんと膝を付いて、地面に倒れた。
支えるべき腕が動かない今は地面に叩きつけたようなものだ。だが、そのまま力尽きたのか豪快なイビキを響かせる。
「師匠が気を利かせて誰かよこせば良いんだけどなぁ……」
夜空を見上げて呟くトナも同時に意識が消え去った……。




