33 智の獣、剛の獣、出陣!
第二分隊の隊長を先頭に大声を上げて攻め立てる騎士達は出て行くまではかなり気合が入っていた。
ウォロンの鼓舞というよりも現状を打開出来る策を提示され、勝てると思い込んでいたからだ。実際は実力不足だから弱いお前らは各個を集団で倒せ、という意味であったわけだが。
必勝の作戦では無い。効率の悪い方法で何とかその場を凌ごうとしているだけなのだ。
おそらく、騎士達は誰一人としてその裏の意味を理解していないだろう。
それでも国を守れると思った騎士達からすると希望があるだけマシだ。
マシなのだが……。
やはり、実際に蠢く死体を目にすると戦意が削られた。大声で飛び出したものの魔物が近づくにつれて声がしぼむ。
予想の範囲だったのか、プロングスは頭を掻いて困り果て、騎士達と一緒に飛び出したトナもため息を吐いて落胆の色を見せた。
しょうがないとでも言いたげなプロングスは頭上で杖を振るう。それと同時に空いた手で正面にも円を描いた。魔力が充填された杖がたどった軌跡が青白い魔法陣へと変化し、正面に描いた円もまた魔法陣へと変わる。それを左右、背後、足元と計六個の魔法陣を展開させた。
等間隔で魔法陣が敷かれ、八面にある魔法陣が淡く発光する。トナならばすぐに看破するだろう。八面で等間隔、すなわち立方体の中央にプロングスは陣取る形になっているのだ。
補助魔術の一種で《小規模戦術結界陣》と呼ばれている。
この結界陣の能力は二つある。
一つは八面にある魔法陣が空気中に漂う魔力を吸収し、術者の魔力へと変換させて魔力を回復させる。微々たるものだが、これによって魔力コストが低い魔法ならば連発できるようになるし、短時間で回復するので大規模な魔法を放つ事が出来るようになる。
もう一つは八面の魔法陣を立体的に配置している形だ。その配置によって魔術威力を増幅する形になっているのだ。
立体魔法陣は中心部に居るプロングスを守るかのように明滅しながら取り囲んでいた。
作り上げられた八面体。それをプロングスの胴体部分で切ると鏡に映したように真逆の四角錘が二つ。頂点を通るように直線で切ると、どう切っても何か魔術的意味のある形になるのだ。これを応用しているものがある。アクセサリーなどに使われる水晶などもたびたびこういう形にカッティングされるのは増幅目的があるからだ。
ただ、欠点としてはこの場から動く事が出来ず、もし動いたら結界が解けてしまう点だ。
今のように安全な場所で使うならばまったく問題無い。誰かが押したりして動かさなければ。
結界が正常に作動しているのを感じたプロングスが一息呼吸を吐くと掌を頭上に向けて短縮詠唱を口にした。
《ラム・ファ・マガウ》
《炎の鉄槌》と唱えるプロングスの頭上には煌々と暗闇を照らす赤い光が生み出された。合図するように手を振り下ろす動作に連動し、生み出された炎塊が騎士達の前方、攻めてくる集団の中央部に接触。
炎に触れた魔物は炎上し、炎塊が地上に触れると爆風で魔物を吹き飛ばし、その衝撃と共にのた打ち回る蛇のように炎が暴れ、触れる魔物を灰へと還す。
自然な炎と違い、魔力が込められた炎は燻る事も無く消え去った。
騎士達と交戦している魔物達よりも後方に打ち出した炎塊は前衛と後衛に分断する。燻っているわけではないので、後続はゆっくりとした足取りでまだまだ近寄ってくるが、第二、第三の炎塊に阻まれていた。
その間、交戦している前衛は数百。騎士達が指示通り動いていれば、時間がかかるだろうが、余裕で倒せる数だ。
後続を分断している事が皆に伝わると、落ち着いたのか指示通り動き出した。
確実に敵を討ち、苦戦している同僚の援護へと周り、それを繰り返して前衛を減らす。
ただ、時折三人で相手していても手間取る場合も見受けられた。その時は第二分隊の背後で援護に回っているトナが動く。
トナは大忙しだった。全体の流れを見て指示を飛ばす。怪我をした、倒れた者には簡易的なものではあるが、死なない程度に回復魔法を施して後方へ下がるように声を荒げて叫ぶ。三人で一体を相手にするようにと指示を出してはいるが、乱戦となればそれを完璧に実行できるわけではない。時折、圧され始めた箇所を見つけると杖に宿した光を凝縮した固まりを光弾として撃ち出して援護する。
威力はさほど込められてはおらず、一体の頭蓋を砕くと光弾は四散した。貫くだけの威力を持たせることは出来るし、目の前に居る程度の数ならば一人でも片付けられるのだが、今回は回復と援護を主に目的としているために攻撃の方に魔力は割いていないのだ。
すでに数十人の回復と援護魔法、援護射撃までしていたのだが、まるで無限の魔力を持っているかのような八面六臂の活躍だった。だが、この国に居る魔術師と比べれば尋常じゃない魔力総量を持っているだけだ。今のまま続ければ遅かれ早かれ魔力は尽きる。そうなれば数日は寝込むだろう。
それでも手を抜かないのは当然味方の死者を出さないようにという気持ちが強いからだった。他にも理由はあるのだが、それはまだオマケのようなもので、今の状況を打開出来なければ考える必要も無い事だ。
――すでに日が落ち、星が空を埋め尽くしていた。魔物の侵攻は止まる気配が無く、月明かりが照らす平野には様々な色が地面を濡らし、様々なものが交じり合った臭いが立ち込めていた。
外壁からはプロングスが援護射撃していたが、今は光が必要と判断し、街道の両脇に火球を撃ち出して木々に火を付けた。煌々と炎が周囲を照らし、巨大な松明となっている。
交戦する事すでに数時間。第二分隊は精神的疲労が重なったのか、全員の動きが緩慢になっていたため、一時間ほど前からゆっくりと後方で待機していた第三分隊と交代を始め、今は第三分隊が前衛で奮闘していた。
最初に攻めて来ていた敵の前衛部隊の魔物達はとりあえず殲滅する事はできた。だが、プロングスが足止め――というよりも遠距離攻撃によってある程度数を減らしていたはずの後衛はまだまだ健在だった。
数が減っていないというよりも、かなりの数を減らしたのだが、進軍してくる敵の数が尋常では無いのだ。
ふと、薄暗い地平線に目を向けると異変が起きている事に気づいた。不運な事に敵の部隊は二種混合だったのが、三種類――いや四種類に増えていたのだ。
一つは死霊――レイスと呼ばれる実体を持たない人影。青白い表情に背景が透けて見える身体。衣服は生前身に付けていた物のようだが、うっすらと見えるだけなので良く解らない。ふわふわと漂っていた。
闇夜でもうっすらと光る魔物で、暗闇でも目立つ。物理的な攻撃がまったく効かないレイスは魔術が付与された剣か魔法でなければ排除できない厄介な魔物だ。さらに生者に対して怨念でもあるのか恐ろしく好戦的である。
もう一つは明らかに死体では無い。アンデットではあるが、墓場から這い出た者では無く、呪いによって生み出されるか、魔界から召喚されなければ出てこないような下級魔族で人食い――グールと呼ばれる魔物が混ざっていた。
黄土色の肌にかろうじて下半身を隠している汚い布。磨いた事は絶対無いと言い切れる黄色く変色した乱杭歯を見せつけながら迫ってきていた。
ある程度善戦していると勘違いしているのか、少し前に出ていた第三分隊をトナは少し後退するように指示を飛ばした。
トナからも死霊やグールが見えていた。遅々とした歩みだった集団から明らかに速度の違う者が近づいて来ていたからだ。
そこで、少しだけ思案する。このままウォロンの考えた基本的な戦法を変えない、という選択肢もあるが、後方から新たに迫る敵を見る限り、内容を一部変更しなければならないだろう。このままではレイスによって死人が増える。
プロングスもまた思案していた。ゾンビや骸骨兵、グールが相手ならば時間がかかっても同様の戦法で倒せるはずだ。だが、レイスだけは無理だ。第三分隊全員に魔法を付与する事は可能だが、現状の解決策にはならない。付与した魔力も無駄になる可能性もある。
プロングスが一瞬だけ逡巡する素振りを見せた後、外壁にもたれるように眠るウォロンへ杖を投げた。
木製の杖がウォロンの側頭部に当たり、小気味良い音を奏でた。
「ってぇなぁ……。ん、終わったか?」
身体は休めていたのだろうが、さすがに爆風と怒声や罵声、悲鳴と叱咤激励が飛び交う戦場で深く眠る事は出来ないようだ。杖が当たったのも相手がプロングスだと知っている事と木製の杖でダメージは少ないと解っているから避けなかっただけだろう。
「お~。まだまだみんな元気に闘ってるなぁ~。相手側も新たな仲間と大行進しているようで……」
現状をしっかりと見たウォロンの感想だ。敵の軍勢を見て辟易しているのは、起された事も考えると自分の出番だと悟ったからだろう。鍛冶屋に急遽持ち込んで磨いてもらったばかりの斧と盾をしっかりと装備し、タイミング良く走り寄って来た騎士見習いが手渡す洗濯の終わった黒革のいつもの服を受け取ると、その場で着替えて戦闘準備を整えた。
それを見たプロングスが頷き、外壁から身を乗り出して叫んだ。
「トナ! がぶろんと一緒に十字架のところ行ってくれ。こっちは俺が何とか時間稼いでおくからっ!」
トナが上を見上げて頷くと周りに居る騎士達に指示を与えながら先頭へ歩いていく。
少し遅れて面倒臭そうなウォロンが城壁から下り、足取り重くトナの横へ立った。
「レイスは任せたけど、とりあえず俺の斧に魔法よろしくな。出来れば長時間持つように頼む」
片手で遊ぶように斧を振り、首や腰を動かして柔軟する。その間にトナは杖を構えてウォロンの斧へと意識を向けると、小さく呟いて杖の先端を斧へ当てた。まるでランプに火を入れたように、ゆっくりと灯った。白色の光が包み込むように淡く。
「聖属性だから若干攻撃力増してるとは思う」
「十分だ。レイスさえ殺せるようになりゃそれでいいさ」
二人は前方へ視線を向ける。
四種類の魔物がひしめき合って近づいてくる様に、トナはため息を、ウォロンは苦笑を浮かべた。
『んじゃ、いくか』
同じ台詞を口にした二人はゆっくりと散歩に行くような足取りで歩き出した。
集団を個別で相手できるように扇形で待ち受け、徐々に後退して包み込むように囲んで各個撃破する戦法を取っている騎士達は驚愕を隠せなかった。
前方から来る軍勢を相手に怯む事無く近づいた二人は、一人で数体を相手に応戦しているのだ。それも危なげなく余裕を持って対応している。まるで事前に取り決めがあったように滑らかに。
それだけでは無く、さらに驚かされた。普段からやる気が無いウォロンが数人でやっと倒していたゾンビを重そうな斧を片手で振り回して簡単に細切れにしているのだ。それだけでは無く、薄っすらと凄惨な笑みを浮かべている姿に恐怖を覚えた。
援護ばかりしていたために戦闘向きでは無いと思われていたトナの姿にも驚かされた。見事なまでに距離を取り周囲に氷と雪を振り撒き、魔物を凍らせ、鋭利な刃物と化した氷で骸骨を砕く。力任せとしか思えないウォロンと、踊るように躱して魔法を放つトナ。
効率よく動く姿を見て、誰もが思った。
強いと。基本的な身体能力が違いすぎると。慣れもあるのかもしれないが、それだけではない何かを感じ取ったのだ。
近くに寄って来るウォロンとトナへ、群がるように魔物達が集まってきていた。そのまま受け入れるわけもなく、当然それを蹴散らす。
基本的にはウォロンを前衛とし、トナが援護という形ではある。だが、状況に応じて――レイスが居る場合――トナが示し合わせたように前衛へと進み、ウォロンが背後から迫るゾンビやグールを薙いだ。
時折、数で圧されて劣勢気味になると、トナが杖の石突を地面に刺して短縮詠唱を呟く。金属音と怨めしげな声が響く戦場の中でウォロンはトナの声を敏感に聞き取り、飛び跳ねるように距離を取った。
魔術師が詠唱している時に戦士が護衛するのがセオリーではある。だが、トナの詠唱の速さと正確さを知っているウォロンは躊躇する事無く離れた。
そして、トナもまた離れると思っているからこそ、背後で護衛していたウォロンが居ないと確信して魔術を発動させた。
紙一重のタイミングで危険区域からウォロンが離れた瞬間。トナを中心に氷雪が吹き荒れた。
複数の敵を葬り去る氷系範囲魔法《氷雪よ。荒れよ》と呟いたのだ。
レスティアを助ける時にダークエルフ相手に発動させた魔術と同じものだが、範囲は今回の方が広い。
やはり、疑心暗鬼で発動させた魔術と心置きなく発動させた場合とは範囲も威力も変わるのだ。
数秒間吹き荒れた氷雪は効力が切れた途端に消え去る。残されたのは氷によって切り裂かれた魔物の凍った肉片と幸運にも原型を留めた氷像。レイスは肉体を持たないために跡形も無く消え去っている。
トナはすぐに杖を構えなおし、光弾を放ち近づこうとする魔物の足を止めた。
群がる魔物が減ると一時、ウォロンはトナから離れて闘う。
魔術に巻き込まれないように警戒しているだけではない。ウォロンの闘い方も仲間意識が薄いのだ。
群がるためにそれほど狙いをつけて斧を振っているわけではない。自分の斧が当たる範囲に敵が近づいたら力任せに振り切り、その勢いを殺さずに他の魔物も切り捨てているのだ。
効率は良い。だが、自分の攻撃範囲に気配を感じると意識しなくても攻撃の手を加える癖があるのだ。間違ってトナが近づくと刃がトナへと向けられてしまう。
ウォロンはグールが振り下ろす爪を半歩だけ横へと移動して躱すと、すくい上げるように斧を振り上げる。刃が顎から侵入し、頭上へ抜ける。顔を分断されたグールはどす黒い体液と脳漿、骨片を撒き散らしながら仰向けに倒れる。
ウォロンは一歩前へ踏み出し、斧を振り下ろす。グールの背後から近づいていた骸骨兵の腕と足を砕き、バランスを崩して膝を付いた瞬間に鉄板入りの靴で頭部を蹴り砕いた。
レイスが両腕を上げ、威嚇するように近づいてくるが、戦う前にかけられた聖属性の魔力が付与された斧で切り捨てると甲高い声を上げて消え去った。不快だ……。
余裕を持って闘う二人はゆっくりとしているが、確実に前進していた。
目的地は小さな森を抜けたところにあると思われる村だった。




