34 炎の獣、動く!
敵に真っ向から向かっていった二人の姿が見えなくなるほど離れた頃、レダ国に異変が起こっていた。
北門で待機していた密偵――陽動の可能性を考えて配備していたアシューの部隊から緊急連絡が入ったのだ。
曰く、怪しい人影が数人見かけたと。
それだけならば配置している騎士だけでも大丈夫だろうとは思う。だが、状況が状況だけにそのままにしておくわけにいかなかった。
プロングスは悩み……悩んだ末に決断した。
「お前ら街へ戻れ!」
足元に居る第三分隊に大声で指示を出した。
トナとウォロンが撃ち漏らした敵と戦っていたのだ。数が減っているためにそれほど混乱は起きない。三人一組、時には四人で袋叩き状態にして倒していた。
そこへ突然の撤退命令。第三分隊は命令を復唱し、全員に命令が行き渡ると撤退を開始した。
勝てると思っていたところに水を差すような命令で、不平不満でも出るかと思ったが、良くも悪くもレダの騎士達に騎士道が浸透していなかった。
戻れと言うなら喜んで戻る。戦略的にも援護的にも死ぬ事はまず無いだろう。だが、回復役のトナが居なくなっている事と遠くからまだゆっくりと迫る軍勢の恐怖が拭いきれていない事を考えると、退いて良いなら退く。それが命令に抗う事も無く素直に従う理由だろう。
楽な状況ばかりでは腕は上がらないのだが、魔物と戦うという経験だけでも出来れば上々だ。
隊列が組まれていた第三分隊が街へと戻り、鉄の門と格子状の柵が上から下ろされ、完全に閉められた。
音だけを頼りに街への門が閉まった事を確認したプロングスが己を囲む魔法陣へ視線を巡らせ、呼吸を整えた。
「えっと……確か……」
少し不安げなのは自信が無いからだろうか。首を傾げて記憶を探っているようだ。
杖に集める魔力が徐々に集まり、松明数本分の光を放つ。南門の城壁に柔らかい、暖かい光が大きく瞬く。
深く息を吸い、ゆっくりと呟くように、詠うように詠唱を始めた……。
《我・魔を制御する者なり・地より揺るがず・風より早く・水より厳しく・火より猛々しく・その根元にして根幹の力・いにしえより伝えし法に則り・生まれいでよ・我が意のままに・内より生まれる力・想いを形にする力・すなわち魔の理なり!
猛る炎・我が心写し・吹き上げろ・地を砕き・天を裂き・竜すら退け・全てを滅す力!
いにしえより生まれし魔人の吐息・力強き豪腕・その力の一端・顕現せよ!》
淡く光る杖を筆にして、呪文詠唱と同時に杖で空中に描くのは大きな真円。その周りと中に小さな円を複数描き、それぞれに幾何学模様と魔法文字を描いていく。
汗が頬を伝い流れ落ちる。使い慣れない魔術は魔法陣を簡略化する事無く描かなければならず、呪文は一言一句口頭で詠唱しなければならない。正確に韻を踏んで詠うように。
魔法陣が組み上がり、幾何学模様に魔力がさらに通されて、力強く光を放った。杖を天に向けて掲げると最後の一文を言葉にして吐き出した。
《ラ・カエラム・ウリス・ウルス・ラーマ・ラーマ・ファ・ラムレーム・ガロス・ガラム!》
発動と同時に意思無き軍勢が踏み歩く土が赤く変色した。通りを寸断するように太く横一文字の赤い線が描かれ、その線に合わせて陽炎が生み出される。
描かれた赤い線が一瞬点滅したかのように見えた瞬間。亡者のうめき声で満たされた空間に爆音が響き渡った。闇夜を切り裂くように赤い壁を伴って。
分厚い、分厚い壁だった。そこには二重の螺旋を描いて上昇する炎が数本生み出されていた。
前に居た大陸で開発された魔術で、溶けない氷に覆われた山間部を縄張りにしていた邪悪な氷竜を焼き尽くしたとされる炎系上級魔術《吹き上がる炎の牙》だ。前の大陸でも上級であるために使える魔術師は居る。だが、これほど短時間で詠唱を終え、複雑な魔法陣を組める者は数少ない。さらに目の前にあるほどの威力は込められない。
もちろん、プロングスの力は普段からこれほどの威力を込めた魔術を発動できるほど余裕があるわけではない。《小規模戦術結界陣》を展開させて増幅しているからこそなのだ。だが、その事情も知らず、ただ目の前に広がる結果だけを呆然と見ていた騎士達は城壁から一仕事を終えたとばかりに悠然と降りてくるプロングスへ畏怖の視線を向けるしかなかった。
「さて、次は侵入者退治か……」
頭を掻く姿には哀愁が漂っていた。だが、それでもまだまだやる事があった。




