30 一匹の獣、再会するも……。
――その頃、レダ郊外の墓地には新旧の死体が所狭しと転がっていた。
「くそっ、帰りてぇな! 多いんだよっ!」
振り下ろした斧はすでに黒ずみ、正体不明の液体が垂れていた。比較的新しく、腐肉が付いた遺体を斬った時の名残なので主成分は血だとは思うが、どのような変化を遂げたのか、粘り気が多い。古い死体ならば骨が露出しているために砕くだけで動きに制約をかけられる。背骨などの場所であれば呪われた魔法から解放する事すら可能だ。だが、腐肉がある場合は一撃で片付ける事が出来ない。刃が滑って致命傷を与えられない時があるのだ。
愚痴りながらも振り下ろした一撃が、頭部から肩口へ流れてしまい、し止め損ねたと思った瞬間、ウォロンの防衛本能が身体を動かす。なるべく衣服に汁が付かないようにとは思っているが、命を取られるよりはましだ。瞬時に足の筋肉が撓み、力任せに蹴り上げて吹き飛ばした。本気で蹴り上げれば鉄板入りの靴が鈍器以上の武器となる。
だが、嫌悪感からかウォロンの蹴りは普段よりも威力が減っていた。
粘る液体が入った革袋を蹴った感触は鉄板越しとは言え嫌気が倍増する。骨だけならば甲高い音を立てて砕けるために小気味良いと思う時があるのだが。
蹴りの衝撃によって、弱くなっていた背骨が砕かれた死体は上半身を九十度曲げたまま、まだ無事な腕を伸ばして生者へ向かってくるのだ。気味悪いというよりも余りにもシュール過ぎて笑えてしまうかもしれない。
距離があり、死体の動きは遅いのでウォロンは攻撃の範囲に入るまでは完全に無視を決め込む。
それよりも攻撃範囲に侵入してくる他の死体で忙しかった。斧で斬り、掴みかかろうとする死体を盾で押して引き離し、筋肉を振り絞った回し蹴りで骸骨を砕く。
時々、生前使っていたので一緒に埋葬した、と思われる木こり用の斧やショートソードを持った死体が邪魔だった。以前の記憶が微かにあるのか、他の死体よりも良い動きをしているのだ。油断すると斬られそうになる。
そして、数体を沈黙させた後にさきほど九十度まで曲げた死体が背後へと迫り、振り返り様に鉈のような蹴りを袈裟斬りの様に振り下ろしてやった。距離を考えずに力任せに放ったのだが、命中させる事に成功し、さらに力が入った分かなり鋭い蹴りになった。その証拠に砕かれた背骨の部分から上半身と下半身を分けた。かろうじて繋ぎ止めていた腐肉をも断ち切った。
どこに意識があるのか、それでも下半身だけはゆっくりと歩いてくるが、股間に振り下ろされた刃によってやっと沈黙する。上半身はほふく前進の要領でじわじわ迫るが、頭部を踏み潰されて動きが止まった。
肩で息をするウォロンの背後には動く事が出来なくなった遺体が大量に転がっていた。集めれば何人分と換算できるかもしれないが、力任せに砕き、引き千切ってきたため、まるで竜巻が通過した後のように遺骨や腐肉が散乱していた。
「そろそろ何か発見したいん! だけどっ! なっ!」
斧を振るい、蹴りを放ち、盾で殴り、近づく亡者を黙らせた。群がる亡者はまだまだ居る。少し休もうかと時間を稼いだ先から、地面を押し分けて新たに亡者が増える。
溜息を吐き出して、それを冷めた視線でじっと見ていた。怒りでは無い。諦め……か。
その様子を見た後、覚悟を決めたのか腐った汁を被る事を嫌悪しなくなった。完全に諦めたウォロンは力を抑える事を考えず、がむしゃらに武器を振るった。力の差が歴然としているため、ほとんどが一撃で沈黙させ、多くても二撃目で黙らせた。
一人の侵入者を目指して襲い掛かる亡者と侵入者の足跡を死体が埋め尽くしていた。
――尋常離れした肺活量を持つウォロンはさほど疲弊した様子も無く、ただ真っ直ぐに墓地区画の中心を目指していた。それと同時に群がる亡者も増えていく。腐った死体の壁は脆いが、分厚い。さらに突き進んできたこの辺りの区画はほとんどが掘り返されてある。周りに居るのはこの辺りに埋められた者達だろう。
そして掘り返された地面は穴だらけで足場がとても悪く、操り人形と化している亡者達が穴に引っかかって倒れた様子を何度か見たが、さすがに笑えなかった。
ウォロンにはそれを見ても笑う暇や突っ込む余裕は無いからだ。
大概の亡者は一撃で黙らせる事が出来るが、四方八方から纏わり付かれると対応が遅れてしまう。さらに時々、足元に噛み付いてくる骨犬が奇襲となり、危うく怪我をしてしまいそうになる場面が何度かあった。
「愛犬家を恨みそうになるな……」
骨犬の頭蓋を踏み潰して呟くウォロンが、ふと視線を亡者達の隙間へ向けられた。
何かが反射していた。いや、日の光は薄雲に遮られているので反射しているわけでは無い。おそらく自らが光を発しているのだ。まだ距離があるが目的の物だ。淡い光は日の光で掻き消されていたようだが、今は薄曇があるのでかろうじて見えたのだ。
口元が緩み、弧を描いた。
身体が洗える!
解決出来れば寝ようが騒ごうが身体を洗おうが自由になれるのだが、ウォロンの頭に浮かんだのは身体を洗えるという一点のみだった。確かに体中に染み付いた液体と異臭は耐え難いものだ。当初の目的をすっかり忘れているような気がするが、それでも最終的に同じ方向へ向かっているようなので問題は無いだろう。
目的を見つけたウォロンの行動は素早いものだった。
助走無しで跳ね、骸骨の頭を踏み台にしてさらに跳躍する。当然、次いでとばかりに踏み台にした骸骨兵の頭は踏み砕いている。群がる骸骨兵とまだ肉が付いたままの死体を踏み分け、肉が付いていない方だけを踏み台にして進んで行った。肉が付いていれば滑るかもしれないからだ。
目的の道具まであと少し。
飛び跳ねるウォロンは一度も地に足をつけず、逆に骨だけを狙って足場にし、迫っていった。
あと数体を足場にすれば届くというところまで近づいて地面に降り立った。足場が消えたというわけではなく、魔法の道具の側に一人見知った人物が立っていたからだ。
紫紺の瞳を持つ女性は魔道具――大きな十字架――に手を置いて立っていた。
「また、会えたな。セリア」
少し嬉しそうなウォロンの言葉にセリアは無言で指を差す。出会った頃には付けていない装飾品――銀の指輪――が付いた指で、まるで狙いを付けるように――。
首を傾げて側転をしたのは指を突きつけられた瞬間だった。指先から何かが迫ってきたのでは無く、セリアの方向から何かが複数向かってきたからだ。謎の攻撃が背後に迫る肉付きの骸骨兵に当たった。腕が弾け飛び、体中の骨が砕かれた。
何をされたのかは解らない。だが、その攻撃は十分に死を連想させるだけの威力があったと確信出来た。
「物騒なもんは閉まって、少し話しだけでもしねぇか?」
驚きを隠せないウォロンだが何とか意思の疎通を試みる。が、その返答はまったく無い。まるでセリアの幻が目の前に居るようなそんな雰囲気。最初に出会った時のような闘気や生気が無い。あるのは暗闇から迫るような殺気のみ。
二ヶ月やそこらでここまで変わるのだろうか……。
理由に思い当たらないウォロンは困惑するばかりだった。だが、何かが心に刺さる。どこかで見た事がある表情なのだ。まるでどこかの誰かを思い出すような――。
一瞬でも思い耽る時間が与えられない。少しだけでも時間が許せば考えが纏まるのだが、断続的に、しかし徐々に早く、目に見えない攻撃が続いていた。
セリアを中心に円を描くように走る。時折、足を止めて方向転換したり、近寄ってくる骸骨兵やゾンビ兵を片付けながらも気配を感じて屈み、転がって避ける。
攻撃の正体はまったく解らないが、避けた先に居る骸骨兵が数個の穴を穿かれて崩れ去るのを見る限り、拳ほどの大きさの物が亜音速で撃ち出されているようだ。
おそらく指輪も魔道具なのだろう。理屈は知らないがその力が拳ほどの物体を撃ち出している。そう考えればそれなりに対処法が思いつく。魔術師との闘い、喧嘩してきた経験が、身を助ける。てこずり、勝負が付いて無いのは今ではトナとプロングスの二人。ある意味褒め言葉なのだが、二人はそう言われてどう反応するだろうか。
どうでも良い事を想いつつ、足に力を溜め、速度を変えながら円を描く。
ゆっくりと歩くような速度から、残像すら起きるほどの速度へと動くためにセリアの指は狙いを付けられない。感に頼って見えざる攻撃をするが、全てが躱されて集まってくる死体に命中し沈黙させた。
当然、その動きに周りの骸骨兵やゾンビ兵が対応出来るわけは無く、ゆっくりと動いた時にやっと視認できているのか、遅い動作で数歩進み、残像を残すほどの時は目標を見失って動きを止める。時々放たれる見えざる攻撃に倒され、進行方向を遮るように立ち止まっている死体をウォロンは蹴り倒し、方向転換するための足場にした。
しばらくの間、セリアを中心に円を描いていたウォロンだったが、突如動きを変えた。進行方向を遮る死体を蹴り付け、方向転換するかと思ったが、円の動きから直線に変え、セリアに迫ったのだ。
さらに直線的に迫ると思わせておいて、地を蹴り付けてその場で跳躍し、セリアの頭上を越えて背後を取るつもりだった。
横の動きに目を慣れさせ、直線に動きに変える事で錯覚や動揺を生ませる。さらに跳躍によって視界から消えたように思わせる二段構えだ。脚力に自信があるウォロンならではの速度に反応出来る者は少ない。
追撃しようと思うならば、だが。
攻撃するだろうと思うタイミングで跳ねたウォロンだったが、跳躍中に眼下に居ると思ったセリアの姿が消えていた事に気づいた所で遅かった。
地面に着地し、周りを見渡すと子供ほどの背丈がある十字架が予想以上の速度で遠ざかっているのを見て目が点になっていた。
おそらく、ウォロンが跳躍した瞬間に十字架を抜いて走り去ったのだろう。見た目通りの重量だとしたら信じられない膂力だ。
その判断力と力強さに驚かされつつ、魔道具の効果が無くなったのか、周囲に集まっていた死体達がばたばたと倒れ伏していった。
目に見える範囲の死体はすでに地面に倒れ伏し、視界が確保された時にはセリアの姿は見えなくなっていた。
セリアの態度からするとこの場で全ての決着を付け様としているように見えたのだが、思いの他冷静だったようだ。
まるで実験結果を見て退却したような鮮やかな手並み。
「くそっ、やられたか」
地面に愛用の斧を叩きつけて悪態付くウォロンだった。周りを見渡し、何度も確認するが一帯で生きている者は自分以外居ない。
嘆息を吐き、チンピラのように唾も吐き捨て、来た道を戻る事にした。これ以上この場に居ても意味が無い事だけはすぐに悟ったからだ。
疲労と言うよりも徒労に終わった事が足を重くしている。
だが、それよりも今最も気掛かりな事は、帰りの足になる馬が無事なのかどうかであった……。




