29 智ある獣、動く!
ウォロンが調査に出かけて数時間経過していた。その間、トナはじっとプロングスの部屋で待機していた。何度かメイドが訪れて飲み物や食べ物を置いていったようだが、トナはまったくそれに気づかず、テーブルの上には意外と豪華な食べ物が載せられている。メイド達の心尽くしだろう。本人に意図が伝わっていないようだが。
トナはある程度考えを纏めていた。プロングス達と話を詰めていた内政の方はともかく実行出来れば良いと言う結論を出した。工期が遅れてもやらねばならないからだ。それよりもウォロンが調査に出かけた方が気になって仕方が無かった。
だが、今のトナを見れば誰もが趣味の時間を満喫しているように見える。と、言うのもソファーにゆったりと腰を掛け、分厚い本をめくっている。他人から見れば読書しているようにしか見えないだろう。
しかし、本の内容を知れば趣味の時間とは言えないだろう。一度部屋に戻って取ってきた本は宮廷魔術師から借りた本だ。中身は古今東西、この世界に存在が確認されている、されていた魔道具集だ。その本に記述されている中で死者を操る道具を重点的に調べていた。確証は無いが、幾つか目星は付ける事が出来た。対抗手段は書かれていない。ただそういう道具が実際にあり、使用されてどのような被害があったのか。そして、その道具は今現在(本が出版された当時)行方はどこなのかを記してあるだけだった。
幾つか目星を付けた道具は全て行方知れずと記載されていた。誰かが所有していると書かれていれば、もう少し調べられるかもしれないが、本には壊れたと書かれていないし、封印されたとも書かれていなかった。
そうなると結論は一つだけだ。誰かがいつか使おうと秘蔵しているのだろう。
腕を組んでしばらく経つと、立ち上がって部屋中を歩き回る。もう何度目になるか解らないため息を吐き出した時だった。
ノックする事無く、ドアが開かれて見た事が無い男二人が入ってきたのだ。
トナは誰とは聞かなかった。予想していた時間よりかなり遅いが、そろそろ第一報が入るとは思っていたからだ。
荒い息で呼吸を整えようとする二人の男だったが、声が出せずにうろたえていた。が、目の前にあるテーブルに置かれたワインを目にするとビンに口を付けて飲む。アルコールがきつかったのか、口を抑えてむせるが声は出るようになったようだ。
「ウォロン殿より伝言です。『状況は最悪、核は見つからず』それともう少し探索してから戻るそうです」
教育が良いのか――勝手に飲み物を飲んだ事はさておいて――報告の時は騎士が行う敬礼をした。
その報告を聞いたトナは迅速だった。ソファーに立てかけた杖を手に取り、二人の騎士見習いを連れて部屋を出たのだ。
廊下を走るように進むトナの後ろを二人の見習いは足をもつれさせながらも付いて来ていた。階段を上り、王の執務室へと足を向けるトナ。さすがにこれ以上は見習いの身では付いて行けないと判断した二人は階段を上りきったところで足を止めた。
足音が減った事に気づいたトナは少しだけ訝しげに思い、振り返った。二人の見習いが躊躇して止まっている事に一瞬だけ苛立つ。が、すぐに理由を察したトナは二人に指示を飛ばした。
「アシューとプロングスを探して、王の執務室に来るように伝えて。その後は二人とも自分の部屋に戻って休め。しばらく休暇をもらえるように俺が頼んでおく。ご苦労だった」
そういうとさっさと執務室へと入っていった。
見習いの二人はすぐに動いた。今大事件が起きているという事には気づいていたが、休みがもらえる事が嬉しかったのだ。
認識が甘いとしか言えない考えではあるが、戦いそのものに慣れていない上に、強制的に現場まで付き合わされたので精神的に疲弊している。
おそらく、このまま戦いになったとしても後方支援が出来るかどうか怪しい。いや、怪しいだけで動くだけでも良いのだが、足を引っ張られても困るのだ。そう心配してしまうほどに疲弊しているのがありありと見てとれた。だからこそ、トナは言外に役に立ちそうも無いから寝てろと言っただけなのだが。
プロングスとアシューを探して言伝を伝えれば休める。そう考えた二人は気力を振り絞り、足早に城の中を走り回った。
「それで……これからどのようにするのだ?」
王の執務室にはトナ、アシュー、プロングス、当然、部屋主である王。王の傍らでは宮廷魔術師が不安そうに立っている。そして第二分隊、第三分隊の隊長、副隊長が勢揃いしていた。
トナは全員の顔を見渡してから口を開いた。
「相手の規模はまだ不明です。しかし、私が調べた限りですと一刻も猶予はありません。先ほど皆が集まるまでに宮廷魔術師殿に確認を取って確信している事があります。
敵の狙いは国崩しであると。
そして、敵がどのように攻めてくるのか。それは幾つか憶測が混じる事になりますが、聞いてもらいたい」
宣言だ。これから戦いが始まると。
そしてトナが責任者のように振舞うのは集まった中でプロングスに次いで経験が豊富であるという事と、様々な知識があるために作戦の立案なども出来るためだった。レダ国には宮廷魔術師という知恵袋は居るのだが、実戦経験がほとんど無いために、立てる作戦は机上の空論でしか無い。なまじ知識があるだけに勿体無いとは思うが、今すぐ実戦で通用する作戦を立てろというのは酷な話だろう。
プロングスが指揮を取る事も考えたが、全て任せるわけにはいかない。実戦時の指揮を取ってもらうつもりだったからだ。
「まだ確実な話ではないという事はまず言っておく。ただ、だからといって軽んじてもらっては困ります。これからそれぞれに命令を与えます。今回だけは仮とは言え、作戦参謀の立場に任命してもらいました。私の命令は王の命令であると認識してもらいたい」
トナの言葉に王が頷いた。そして皆の顔を見渡して異論が無いか確認を取った。
しばらく黙っていたが、誰も口を挟まなかったので、続きを話す。
「まず、第一分隊には街へ出て、住民を全て城へと誘導してください。特に女子供老人を中心に城の中へ。近隣の村人の誘導も頼みます。特に南側の住人です。
今回は騎士団のみで迎撃します。傭兵や商人など、街から出る者は西門より退去させ、南側に行こうとする者には警告を与えてください。数日空けてから南へ向かうように、と。残ると判断したのであれば城内でも宿でも構いませんが、外出禁止にします。下手に助勢されては邪魔ですので。
城の中はある程度解放してもらいます。ともかく住人を安全な城へと押し込めてください。決して城を囲む城壁からは出さないように」
「なぜそこまでするの? まるで何が起こるのか知っているようね」
苛立たし気に噛み付いたのはアシューだった。
ウォロンが探索に出た時もそうだった。トナは何かを予測しているかのように行動しているのだ。疑うのは無理も無いだろう。
「……あぁ、ごめん。俺もちょっと焦ってたかな。さっきがぶろんが連れてった騎士見習いが二人戻ってきたってのは言ったよね?
その二人から見た事を聞いて、その状況を作り出す方法を宮廷魔術師と話しあって結論出したんだよ。
まずは敵の目的。これはまず国崩しってのは異論無いよね? 今回なぜこれほどまでに大規模な行動に出たのか。それはおそらく俺達がこの国に滞在しているからだと思う。街でも一度襲われたからね。ゼルシムにとって俺達が邪魔……と言うよりもダークエルフ族にとって、かな?
んで、何を使って墓場で死人が動き出しているか、だけど。それはこの本に書かれた道具を使っている可能性が高い」
そう言って開いた本には古びた十字架が描かれていた。
古紙は変色し、時間の経過を如実に表している。
「使い方は簡単。地面に突き刺せば付近の死体を操れる。そして時間が経てば経つほど際限なく広範囲の死者を呼び寄せる物だよ」
「その道具だという根拠は?」
黙って聞いていた第二分隊の隊長が口を挟んだ。
「この道具の名前は『冥府の十字架』と言う。かつて存在していたリュール皇国が使用して逆に滅亡へと導いた、呪われた道具らしい。そして、その後の行方は不明。リュール皇国ってのはこの大陸の人なら知っているだろうけど、今のゼルシム国がある場所だよ。
皇国が滅亡してからは歴史から消え去っている。予想だけど、おそらくゼルシムを建国した者がその道具を手に入れたのか、もしくはその事件に乗じて奪い去ったかだね」
「対抗策は?」
「これも予測でしか無いんだけど、十字架を探して破壊するか、地面から抜くしか思いつかないね。
それで、今はがぶろんを探索に頼んだんだけど、まだ帰って来ないんだよねぇ……。
ま、手間取ってるだろうから、もしもの事を考えて先に出来るだけの事はしておきたいんだよ。だから、第一分隊は早急に住民の避難。第二、第三は城へ着いた住民を図書館や祭事場、一階にある食堂とか人が入れる場所に誘導してくれ。入りきれないなら二階、三階も使用して良いから」
トナの話を聞き終え、皆が顔を見合わせていた。信用出来るかどうか、と言うよりも突拍子も無い話に着いて行けないといった所だろう。動く気配が無いのを見た王が席を立った。
「作戦参謀にした私の判断に意見があるならば聞こう。もし、トナ殿の言う事が嘘ならば私が国民に頭を下げる。だが、これから本当にそうなったら誰が責任を取るのだ?」
王の言葉にびくりと震える。責任を取るとまで言っているのだ。それを配下の者がどうして否定できるのだろうか。そして、この短い期間でそれだけの信用を勝ち得たトナへ羨望と嫉妬が混じった視線が集められた。
が、王が咳払いを一つすると、全員が現実に戻ってきた。早々に頭を下げて退室していく……。
その様子を見た王がトナに顔を向ける。
「信用して良いのだな?」
「嘘を付いて我々にどれほどの利益があると思いますか? 二ヶ月もお世話になっているのです。そしてこれからもお世話になるでしょう。ならば自分の家を守るのですから全力で対処させてもらいますよ」
気負いの無い心強い言葉に王は頷き、トナは頭を下げて部屋を出て行った。
まだまだやる事はたくさんあるのだ。




