28 一匹の獣、己の不運に呆れる。
――ウォロンは馬を飛ばすように走らせていた。目的地はレダ国に住まう民衆が最後に行きつく場所。
墓地だ。
後ろから追いかけてくるのは二人の男。ウォロンに誘拐されたと言われても否定出来ないほど強引に連れてこられた不運な二人だ。飲みに行くというならば、嫌々ながらも楽しい事があるかもしれないとわずかな希望が持てるが、行く先は墓場である。
色気も無ければ笑えるわけでもない。用件も聞いていないために薄ら寒さすらある。だから、ウォロンの後ろを追いかけるように二人が追走しているのは、馬の足が遅いわけでは決して無い。ある程度距離を取り、ウォロンの悪口と愚痴を言い合うためだった。
街を囲む強化された石壁の南門を守る守衛の制止を振り切り、暴れ馬と化したウォロンは駆け抜けた。ちらりと視線だけを背後に向けると戸惑いながらも二人の騎士達も同様に駆け抜けていた。
色々と文句を言いたいだろうが、今はそれどころではない。ウォロンはそう思って馬に鞭を入れた。
レダ国の墓所は二種類に別けられる。
一つは貴族達、権力と金を持っている者達だ。彼等は自分達が所有する土地の一部を墓所用としている。場所は避暑地として使っている遠方や自分達が住む土地の一部などだ。どれほどの権力を持っている貴族でも死ねば墓地へと送られる。ただ、金がある者達はなぜか死後も虚栄を存分に振るう。
ある者は墓地を守る守護者を雇い、四六時中墓の前に立たせている。
ある者は盗掘されにくいように深い穴を掘り、死んだ後ではまったく使えもしない金貨や装身具を一緒に埋葬している。
死ねば土に還るとしか思っていないウォロンからすると無駄の二文字で片付けられる事なのだが、それぞれに死後の世界を考えているようで、貴族達はこぞって豪華な墓や装飾品を一緒に埋葬し、芸術家に特注させた十字架を作らせ、己の土地に煌びやかな墓を作っていた。
もう一つは庶民が使う墓所だ。レダの郊外、街を囲む石壁を抜け、さらに全速力の馬で二時間ほど走ったところにある小高い丘は針山の様相を呈していた。その丘は墓所用に広大な区画が設けられている。五万人以上の人々がこの区画へと埋葬するため、土地には十字架が所狭しと立てられており、路上生活者など特殊な例を除けば、ある程度の金を稼ぐ庶民ならば誰でも目の前にある墓場に埋葬する事が出来るようになっていた。
取り囲む柵は手入れがすでに諦められているようで、ボロボロに腐り、目に見えるだけで数箇所破損している。自然に壊れたのか、壊されているのかは解らないが。
所々に建てられている小さな建物は埋葬時に使う道具などを置いておく倉庫だろう。
死者の聖域にはいくつかの人影が見えた。
参拝者だろうか。不思議なのは死者を弔う場合の服装は黒だ。もし、そういう服が無いのなら黒っぽい服装なのが普通だと思うのだが、遠くに見える人影は全員白っぽく見える。この国の文化なのだろうか……。
遠くの方に見える人影の足元には小さな影が纏わりついているのが見えた。おそらく犬だろう。その犬もはっきりと判別できないのだが、白っぽい。
ウォロンは首を傾げながらも、特に重要とは思わず、他に違和感がある場所がないか見渡していた。
数歩踏み出し、壊れた柵を越えて墓地の区画に足を踏み入れた時だった。
掘り起こされたり、十字架が折られたりなど、目に見えて大きな変化が無いか見渡していたウォロンの背後から二人の騎士が声を掛けた。
「ウォロン殿。……あの犬近づいて来てません?」
二人の騎士が指差す先に視線を向けると、確かにさっきまで人影に纏わり付いていた犬がこちらへ向かって走って来ていた。白い犬は速度を落とすこと無く、ただ真っ直ぐに。
遠くから見ると白い犬だった。フォルムが、動作が犬と同じだったからそう判断したのだ。
だが、近づくにつれてはっきりと見えるようになると、その判断が謝っていた事に気づかされた。
白い犬では無かったのだ。いや、色が白いというのは間違ってはいない。犬というのもおそらく間違ってはいないだろう。
ただ、表現が曖昧になる理由があるのだ。
近づいてくる犬は……。
白骨化した犬だったのだ。
背後に居た二人の騎士は声を失い、立ち竦んでいる。逃げようとも闘おうともしない。やはり、こういう突然の襲撃に慣れていないようだ。
だが、ウォロンは違う。近づいてくる……いや、襲い掛かってくる骨犬をしっかりと視界に収めると、腰に吊るした斧を抜き、ウォロンの数歩前で飛び掛ってきた骨犬に向かって刃を振り下ろした。
硬い陶器を割るような音がすると、飛び掛ってきた骨犬は粉々に砕かれて地面に散った。
「参拝者じゃなくて、本人が歩き回ってるようだな……」
笑えない状況なのだが、口元には笑みを浮かべる。
「おい。どっちか一人、取り急ぎでトナのとこへ報告しに行け。『状況は最悪、核は見つからず』これだけでいい。もう一人はもう少し探索してから帰るぞ」
背後を見ずに命令を飛ばすウォロン。その命令に答える声はしばらく経っても聞こえてこなかった。
訝しげに振り返るウォロンは少しだけ驚き、そしてすぐに疲れ果てたようなため息をこぼした。
二人の騎士は土気色にまで顔色を変え、地面に座り込んでいたのだ。ふと、なぜこれほどまでに動けない男が騎士なのだろうと思っていたが、ある可能性を思い出し、目の前にしゃがみ込んで聞いてみた。
「おまえらってもしかして見習いか?」
ウォロンの言葉をゆっくりと吟味したかのように時間が過ぎ、視線をウォロンへ向けて、やっと反応が返ってきた。
気をつけて見なければ解らないほどに首を動かす。縦に。
反応の遅さに半ば解っていたとは言え、うな垂れた。
彼等の運の悪さ、急いでいたために見習いを連れて来た自分の運の悪さにため息を漏らす。彼等の運の悪さとは言うが、完全にウォロンが強制的に連れて来た被害者でしかないのだが。
「……解った。二人ともさっき俺が言った事を記憶して戻れ。あぁ、追加で俺はもう少し調べてから戻るから、色々と準備よろしくって言うとけ。いいな?」
返事は無かった。カクカクと首を動かして了解した意味を表すと、腰が抜けているようで、時の流れが遅くなっているかのようにゆっくりと歩き出し、乗り辛そうに馬に跨ると来た道を戻っていった。
頭を掻き、二人の騎士見習いが戻っていったのを確認すると、斧と盾を構えなおして死者の聖域へ歩いていった。
……いや、聖域だった場所……か。




