第九話 警察隊の洗礼
俺たちを乗せた馬車は、アルトケス王国の王都、ハイデンの大門をくぐった。
眩い太陽の光に目を細めつつ、開けた景色に愕然とする。
……めっちゃ都会じゃん!
そりゃあ高層ビルとかは無いけれども。建物の作りが違うのだ。奥の方には明らかに鉄筋コンクリートっぽい建物も見える。
昨日までの街では木製か石がほとんどだったが、王都ではレンガも含め、多様な様式の建築が見られた。昨日まで居た自然に囲まれた町々と比べるとかなり都会然としている。
植物の独特な匂いは薄れ、上品な花の香りと焼けたパンの匂いが充満している。それによく見たら地面も石畳で舗装されている。
流石に王都である。
俺たちは舗装された道へ足を下ろした。すると、すぐさま道の向こうに純白の制服を纏った五十名ほどの一団が見える。
「「「グランセーヌ様! ご無事で何よりです!」」」
彼らは右腕を胸元に置き、手のひらをこちらに見せている。この世界における敬礼だろうか。
服装は真っ白のセットアップで、同じく白の帽子をかぶっている。なにより目を引くのは、胸元で輝く金色のバッジだ。
ノワレが言うには、ギャングにアーククラフトを横流しした人物にもこれが付いていたらしい。
つまり、彼らが警察隊か。制服の色は元の世界とは違うんだな。
敬礼を解いた彼らの先頭に立っていた人物がこちらへ近づいてくる。
「グランセーヌ様、お疲れ様でございます」
「私が居ない間、王都を守ってくださったことに深く感謝いたします。アハト殿。」
深々と頭を下げるグラン様。そして出てきた名前、アハトさん。たしかテルスさんが警察隊長って言ってたっけ。
短めの茶髪に金色の瞳、彫りの深い顔立ちで、ライオンみたいな威圧感がある。
あと腰になっっがい刀をさしてる。多分1.5メートルくらいはあるぞ。
俺の『リンドウ』は太刀だが、彼の腰にささっているものはいわゆる大太刀だろうか。
「それで、今回の収穫はそちらの二人ですか」
鋭い眼光が俺とノワレを射抜く。あまりの気迫に少し足が震える。そんな俺とは違い、ノワレは飄々としてアハトさんを見つめ返している。
「ちょうど良かったですアハト殿。こちらの男、刀堂雄助は異邦人でして、是非とも警察隊でこの世界の常識と、生き抜くための戦闘技術を叩き込んでいただきたい」
ビビる俺を見かねてグラン様がアハトさんに事情を説明してくれた。
その笑顔がかなり意地悪なものに見えたのは気のせいかな。ひょっとして、甘ったれた考え方を矯正してほしいとか思ってる……?
「王子の勅命とあらば、断ることなどありませんよ。ところで、二人とも御使いですか……また危ないもの拾ってきましたね」
「はいはーい。危ないものでーす! アハトさんも御使いー?」
「ああ、俺の愛刀はアーククラフトだよ」
ノワレすごいな。
こんなに威圧感ある人に最初からものすごくフランク。
俺にはノワレほどの度胸はないので、とりあえず自己紹介から入ることにする。
「あの、刀堂雄助っす。よろしくお願いします」
勢い余って直角以上に腰を曲げて頭を下げてしまった。
アハトさんの鋭い眼差しが俺の顔面を貫き、そのまま腰に挿してあるリンドウまで移動する。
「お前のも刀か。……しっかりと鍛え上げて見せましょう」
アハトさんが鷹揚にうなずいてみせる。
頼もしいと言うべきか、怖いと言うべきか……
「それでは失礼いたします。グランセーヌ様」
そう言ってアハトさんは後ろを振り返り、隊員たちの方へ体を向ける。
「全員グランセーヌ様に敬礼! ただちに隊舎に帰還する! 一人でも遅れれば罰走とするので全力で走れ!」
アハトさんの声はもはや怒号とも呼べるほど大きく鋭かった。
めっちゃ鬼教官じゃん……
やっぱりアハト様って呼ぼうかな……
というか走りが遅かったら罰で走らされるのか。スパルタだ。
なんて考えながら走り去っていく隊員たちをぼーっと眺めていると、アハトさんに首の後ろを掴まれる。
「おい新入り、なにしてる。走れ!」
「うわあ!」
そのまま前方にぶん投げられてしまった。
転ばないようになんとか足腰に力を入れ、勢いそのままに隊員たちの後ろを走り出す。
幸い元いた世界では柔道と剣道をやってたし基礎体力には自信が…………
ちょっと待って隊員たち速くね……? みるみるうちに前方の隊員たちと距離が出来ていく。
全速力で走り続けてギリギリついていけるかどうか……
考えているのすらエネルギーの無駄だと思えたので、俺は隊員たちの後ろを無我夢中で走り続けることにしたのだった。
⚫️
走りゆく隊員たちの背中が見えなくなった頃、グランはアハトに本題を切り出した。
「アハト殿。戻られる前に一つ相談があります。これをみてください」
グランが取り出したのは、今回の遠征における押収物である。
「それはラッパの……アーククラフトですか?」
「ええ、『アサガオ』と言うようです。ケミアの街でギャングから押収しました。問題はこれの出どころで、警察隊の人間が横流しした可能性があります」
不意をつかれたアハトは、目を丸くしてグランの言葉を受け止めた。
「そんな馬鹿な……何を根拠にそう思われるのです?」
「こちらのノワレというものですが、直近までギャングの手下だったようで、『アサガオ』が渡される瞬間も目撃していました。渡した人間は黒のローブを着ていて顔は見えなかったそうですが、服の隙間から警察隊の徽章が見えたと」
「見えたよー。形もしっかり見えたからね、間違いない!」
ノワレが双眼鏡を覗くようなジェスチャーをしながらグランに追随した。
アハトは唸りながら深く思考を巡らせる。
「グランセーヌ様……俺としては、元ギャングより自分の部下を信じてやりたいのですがね」
「それはもちろん理解します。しかし、ケミアの小悪党が簡単に手に入れられるほどアーククラフトは安くない。裏に何か大きな力を感じずにはいられないのです。ですのでこれを警察隊で預かってほしい」
「……裏切り者を釣るってわけですか……わかりました、一応預かりますよ。国王陛下への報告については……」
アハトが機嫌を伺うようにグランにそっと尋ねた。
「もちろん私が担当します。……まだわだかまりは解けませんか。」
「あなたのお父様はその……良い意味で論理的過ぎて、私とは合わないところが大きくて……」
「そうですか……ではまたの機会に情報共有をしましょう」
「ええ、では私はこれで失礼します。隊員達もそろそろ隊舎に着いた頃でしょうから」
そう言うなり光のようなスピードで走り去っていくアハト。
「行こうテルス……ノワレはこれからどうするのだ?」
グランがノワレに話しかけた。
「うーん。しばらくは情報集めだねー。まずは街の人に聞いてみよっかな」
「ずっと気になっていたのだが、なんの情報収集だ?」
グランが訝しげに尋ねた。
対照的にノワレは、元気一杯にそれに答える。
「妖花連合! ウチは別に入る気はないけど、個人的に用があるんだよね」
「そうか。落ち着いたら、明日にでも雄助の様子を見に行ってやってくれ」
「しょーがないなー。じゃあまたね」
ノワレはヒラヒラと手を振りつつその場を後にする。その姿にちょっとした嫌な予感を覚えるグラン。
「ノワレ……あいつやはり妖花連合に入るつもりなんじゃないか?」
「……あれを野放しにして大丈夫でしょうか?」
テルスが去っていくノワレの背中を不安げに見つめる。
王子を護ることは国を護ることであると、幼い頃から父に言われて育ってきたテルス。その憂いは、グランを通してアルトケスの未来へと向けられている。
「……すまないが、一応監視しておいてくれるか?」
「かしこまりました。今はそれより国王への報告を急ぎましょう」
それっきり、その場からは人影はなくなった。それぞれがそれぞれの憂いをもって、日常に戻ったのである。
⚫️
十分近く全力疾走を続け、俺の足は限界を迎えようとしている。今にも倒れそうになったところで、大きめの建物が見えてきた。
建物の周囲にはさらに広大な敷地があり、陸上トラックのようなものも見える。隊員たちがその建物に吸い込まれていくのを見て、俺は助かったと思った。
これで終わりだろうという安堵の気持ちと共に敷地内へ入っていく。
「ここは……ゲホッ……何……?」
息が上がって上手く喋れない。俺ってこんなに体力なかったっけ……
なんとか息を整えながら前を向くと、隊員たちは建物の手前で足を止め、目の前に向けて敬礼をしている。
彼らの視線の先には、優しそうな笑顔を見せる男性がいる。
……誰かに似てるな?
「はい! みんなご苦労様です! 君たちは一旦休憩とします」
彼の言葉と共に隊員たちがその場へ崩れ落ちる。
それを見て俺は少しほっとしてしまった。苦しいのは俺だけではなかったと分かったからだ。
でもこんな考え方では成長できないよな……
俺は目を瞑り、頭を振って邪念を払おうと試みる。鼓動の逸りが落ち着いてきたところでゆっくりと目を開け……
「うおっ!」
さっきの男性の顔が目の前に!
俺の声を聞いて、目の前の男性は腹を抱えて笑っている。
ゆっくりと息を吐いて目を開けるとそこに人の顔があったのだから、情けない声のひとつも出るだろう……だからあんまり笑ってくれるなよ。ハズカシイ。
一通り笑った後、咳払いと共に本題が始まる。
「君が例の異邦人くんですね。君のことはアハト隊長から聞いていますよ」
美しく清涼感のある声、流れるような金髪。
ああ、そうだ。俺は返り血で一部が赤く染まったあの金髪を思い出す。
「改めまして、僕はアルトケス王国第一王子、そして警察隊副隊長のネロセーヌ・テラ・アルトケス。今日から君の上司です」
やはりグラン様の……兄?
グラン様は第二王子と言っていたっけ。
「あ、俺は刀堂雄助っす。今日からよろしくお願いします!」
「君はどうやらグランと共に戦ってくれたようですね。そんな君が警察隊に入隊するとは、運命的です。これからも弟をよろしく頼みますね」
穏やかな笑みに心が解けていく気がする。
王子様と副隊長を兼任しているなんて大変そうなものだが、それを一切感じさせない。
アハト隊長とは対照的に優しく穏やかな声色と雰囲気を纏っている。
アハト隊長はかなり厳しそうだったが……うん、実にバランスが良いな!
「アハト隊長からは、"しごけ"とだけ言われておりますので、明日は歩けないのを覚悟してくださいね」
バランスが崩れ去った。
冷や汗が背中を伝っていく。優しそうに見えていた笑顔が、途端に恐怖の象徴へと塗り変わっていく。
……いや、この世界に来てから三日ほどの間で、既に二回も命のやり取りをしているのだ。
改めてヤバい世界だな、なんて思いつつ、自分の身を守るためなら……ちょっとくらいはしごいてもらうべきかと決意を固める。
「よろしくお願いします!」
腹に力を入れて声を出した。果たしてどんな訓練が俺を待っているのか……
「じゃあまず走り込みからですね」
え、さっきまでの走りは……?
どうやら俺がやっていたのは前奏に過ぎなかったらしい。
今にも崩れそうな脚を掴み、気合を入れる。
覚悟を決めた俺は、そのまま地獄のランメニューへと足を踏み出した。




