第八話 劇毒の旗手
アコの腕から滴るどす黒い液体は……
「察しがいいんだね、王子様。確かにこれは毒だよ」
アコの手から毒液が零れ落ちた。彼女の足元の草があっという間に腐り果てていく。
「毒を出す旗っすか……。ということは、旗の布にも毒液がしみこんでるんすよね」
「試してみるかい?」
アコが旗を下に向けると、その布部分を黒紫色が侵食していく。あっという間に大量の毒液が仕込まれた武器が完成したのだ。
そのままアコは地面を蹴り、俺を無視してノワレの元へ駆けていく。
ノワレは慌てて両手に持った『シオン』をクロスさせ、振り下ろされた旗を防御する。
「ノワレ! 強情で可哀想な子。あんたやっぱりあたしらと来なよ!」
「何度も断ってるよね!? ウチはあんたらとは違うの!」
ノワレが旗を弾き返し、思い切り前蹴りを放った。ノワレの攻撃は休む事なく続く。
なんと高く飛び上がって宙を舞い、アコに飛び蹴りを浴びせたのだ。
「ノワレ空飛べるんすか!?」
「『シオン』の能力ではね、自分だけじゃなくて『シオン』本体も中心にできるんだよ」
「……つまり?」
「『シオン』を中心にして自分を公転させたってことだね。それを上手く繰り返せば飛べる!」
上手く繰り返せばって……
簡単そうに言っているが、多分めっちゃ難しい事だよな。意外と天才肌なのか。
「あ、雄助。動かないでね」
「え?」
その時、俺の耳元を巨大な物体が掠めていった。完全に意識から抜けていたが、頭に血を登らせたファウナが『ラフレシア』をこちらに向けていた。
「……ノワレぇ! アコ様の誘いを断るんじゃねぇ! 風穴開けたるわぁ!」
口が悪いな……
さっきまでのアコに対する猫撫で声を一瞬で忘れさせるようなドスの効き方である。
「……帰るよファウナ。あいつらのアーククラフトは今度にする」
いつのまにか起き上がっていたアコがファウナを制した。まだ納得できない様子だったファウナもアコの言う事に逆らう気はないようで、大人しく首を縦に振っている。
「……分かりましたよアコ様ぁ……」
優雅に踵を返し、二人歩き始めたアコとファウナ。
一瞬引き止めるか迷ったが、グラン様が先に声をかける。
「待て! せめてちゃんと名乗ってから帰れ! 貴様らの目的はなんだ!」
真紅の長髪を靡かせながらくるりと振り向いたアコ。その自信を帯びた瞳が俺たちを射抜く。
「あたしらは妖花連合ってんだ。全てのアーククラフトを集め、壊す。そして世界を平和に戻すのさ。次会った時はあんたらのも貰うから……またね」
勝手な宣告を発した後、アコはファウナを肩に担ぎ走り去っていった。
アコたちの背中を見送った俺は、ちらっとグラン様に目配せをする。
「……追わなくて良い。あのアコとやら、かなり厄介そうだった」
グラン様の目から見ても、無闇にちょっかいをかけて良い相手ではないと判断したようだ。
「アーククラフトはあの旗っすよね? リンゴ、旗のアーククラフトって知ってるっすか?」
ノワレの鞄の中から戦況を見守っていたリンゴに声をかけた。
「覚えがありませんワ。ワタクシより後に生まれたものに関しては必ずしも知っているわけではありませんノ」
「そうっすか……とにかくまずは被害状況の確認っすかね」
あたりを見回すと、『ラフレシア』によって建物は壊滅的な被害を受けていた。いくつかの建物は完全に倒壊してしまっている。しかし、家だった物をどかして確認もしたが、幸いなことに人的被害は無さそうだった。
三人揃って歩き、辿り着いた街の中心部でテルスと合流する。
「お疲れ様です。彼女はいかがしましたか?」
「逃した。どうやらアーククラフトを狙う盗賊らしい。……テルス、王都に連絡できるか? 彼女らがまた戻ってくる可能性もあるからな。今日は泊まっていくことにする」
グラン様が悩んだ末に言った。
「それなら、宿を探す必要があるっすね」
そう言って辺りを見回す。
夕暮れで赤色が混じり出した小さな街。
探せばすぐにでも見つかるだろうと思っていたのだが……
「どうやら先程の戦いで倒壊した建物がそうだったようで……」
しばらく手分けして探した結果、テルスさんが持ち帰ってきた結論がこれだった。
どうやら旅人が寄ることもほとんどないようで、街にはほとんど宿泊施設が無いらしい。そしてそのたった一つが先程壊れてしまったと……
「どこかの家に泊まらせてもらえるよう交渉しましょうか」
「……いや、王子が泊まりにくるとなれば、緊張で身も休まらんだろう。ここは、どうだ……馬車の中で、野宿というのは……」
グラン様によって野宿が提案された。
なにやら微妙に歯切れが悪い気がする。
「馬車に泊まるのですか……? しかし、一国の王子がそれは……」
「テルスよ。私は国民を第一に考えたいのだ。国民から安らかな夜を奪うわけにはいかんのだよ。なあ、雄助」
グラン様が俺の肩にポンと手を置いて微笑む。
……野宿したいんだろうなあ。王子様ってこういうことしなさそうだし。
縋るように俺を見るグラン様の目線は、到底無視できるようなものではなかった。
ここは肩を持っておくか。
「またあの妖花連合とかいう人たちが戻ってくるかもしれないっすからね。すぐに動けるように馬車でいいと思うっす」
「……まあそういうことなら構いませんが……」
テルスさんもなんとなく察したのか、あまり揉めることなく車中泊が決まった。
グラン様はそれを聞くなり、"私は馬車の上で寝るぞ!"などと息巻いている。しかし流石にそれはテルスさんに制止され、グラン様はいざとなった時に守りやすい馬車の車内ということになった。
ということでグラン様とテルスさんが馬車の中で。ノワレが馬車の上でということになった。
そして仮にもグラン様の護衛であり、なおかつガタイの良い男である俺が地べたに行くのは、言わば当然の帰結である。
寝られないことは無いのでこれで良しとしよう。
⚫️
「……そんなこんなで転移するに至ったんすよね」
なんやかんや俺の元いた世界の話や、グラン様の仕事の話などで時間は過ぎていき、気づけば月が高く輝いている。
俺たちはそれぞれの就寝ポジションについたものの、戦闘の興奮から抜け出すことができず、未だにゴロゴロと駄弁っていたのだった。
それにしてもさっきからノワレはあまり喋っていない。
明らかにアコと出会ってから口数が少なくなっている。修羅場みたいだったし、しょうがないのかな。
俺は人のこみいった話に踏み込むのが苦手だ。例え気心の知れた友人でも、その踏み込みで関係が崩れるのを怖がってしまう。出会った初日のノワレともなれば尚更である。
話すことがなくなって夜の風の音が聞こえ出した時、そんな空気をグラン様がぶち壊しにかかる。
「ノワレ。さっきのアコとは知り合いなのだよな……?」
ノワレもまだしっかりと起きていたようで、すぐに返事は返ってくる。
「……さっきもちょっと言ったけどね、ウチが元々いた盗賊団ミツバチは二年前に壊滅してるんだ。その生き残りの大部分が、アコが率いる妖花団に吸収されてー……」
「それが今の妖花連合ってことっすか」
「うん。ウチも何度も勧誘されてるからね、知り合いだよ」
「入らないのですか? 妖花連合に」
テルスの問いにノワレが少し静かになる。顔は見えないが、なんとなく悲しそうな顔をしてる気配がする。
「ウチとあいつらは、やりたいことがちょっと違うんだ」
「やりたいこと?」
「……ウチは、アーククラフトとかどうでも良いんだ。ただ、生き残らないといけない。幸せに生きないといけないの」
ノワレの声が小さくなった。元々ダウナーな喋り方だから、衣擦れの音にさえかき消されそうなほどに小さな声だった。
それを察してか、グラン様が強引に話題を変える。
「……ところで雄助。お前、人を殺せないのか?」
痛いところをつかれてしまった。俺は元現代日本人だ。異世界に来たからといって一日や二日で俺の常識は変わらない。
「……殺せないっすね。命は平等に価値あるものっすから」
それを聞いてノワレが少し笑う。
「甘いねー雄助。そんなんじゃこっちの世界ではやってけないぞ」
「お前のは甘ったるいと言うのだ雄助。本当に大切な一つのために、他のすべては斬り捨てて歩め」
なんという極論っぷりか。
先程の戦闘の時も少し思ったが、グラン様はかなり脳筋な気がする。
「それかなり極端じゃないっすか……? じゃあ、例えばグラン様たちにとっての本当に大切な一つって?」
「王子としての矜持」
「生き残ること」
「グランセーヌ様の補佐としての務め」
全員が間髪入れずに答えた。芯が強すぎるだろこの人たち。
これではまるで俺が優柔不断みたいじゃないか。
「……それでも俺は諦められないんすよ。俺の手が届く所、全部救って進みたいじゃないっすか」
親父がそうだったように……
仰向けになり、煌めく夜空に手を伸ばす。
都会に慣れていたからだろうか。はるか遠くの星は、俺の人生で一番の輝きを放っていた。
⚫️
明くる日の朝。
結局妖花連合が現れることは無く、俺たちは平和に街を出発することになった。
舗装されていない道をゆっくりと弾みながら進む馬車の中で、俺たちの会話もまた弾み始める。
「う〜ん。一晩寝たらスッキリしたよ。ウチは王都についたらまずは情報収集だなー」
ノワレが大袈裟な伸びと共に今後の展望を口にする。
あれ? ところで何か忘れてる気がする……
「ところでノワレ。昨日の続きだ。ニロビに『アサガオ』を流したのは誰なんだ!」
グラン様のおかげで思い出した。
そういえば、ノワレがその情報を持っていると言うから王都へ入ることを許可したんだっけ。ノワレは自信に満ちた笑みを見せ、グラン様をじっくりと見つめている。
気になるノワレの答えは……
「わかんなーい!」
満点の笑顔でとんでもないことを言い出したノワレ。
額に青筋を浮かべて『ダリア』に手をかけるグラン様。テルスさんが慌ててグラン様の手を押さえている。
だがノワレの言葉には続きがあった。
「顔は見てないからねー。でも真っ黒なローブの下に警察隊のバッジが見えたよ」
汚職警官!?
そんなドラマみたいなことあんの!?
怒り心頭のグラン様を尻目に、本当にとんでもない爆弾を投下したノワレ。
グラン様とテルスさんにもこの答えは予想外だったようで、顔を見合わせて固まってしまう。
「……いかがいたしましょう。グランセーヌ様」
「内密に調査が必要か……」
「警察隊長にお伝えしますか?」
「アハト殿は信頼できる。彼にだけは伝えることにするか……よし、雄助。ではお前は内偵になれ」
俺の方を指差してグラン様が言った。
内偵ってことはつまり……
「警察隊に入隊しつつ、裏切り者がいないか監察してグラン様に報告するってことっすか……?」
いやいや荷が重いって!
俺は転移してきてまだ二日だぞ? 生活すらままならないのに、そんなスパイみたいなことまで……
不安そうな俺の目を見て、グラン様が付け足す。
「まあ、お前の不安もわかるがな。逆に異邦人のお前相手なら、犯人も油断してボロを出すかもしれん」
「そう上手くいくっすかね? この世界のこと、まだほとんど分かってないんすけど……」
「心配ならノワレに案内してもらえ」
「え、なんかちゃっかりウチの仕事増えたんですけどー? ウチにだってやることあるのに!」
頬を膨らませてまで抗議するノワレ。
しかしそれはグラン様に飄々と流される。
「アルトケスに居たいんだろ? ならきちんと仕事はしてもらう」
俺としてもこの世界の勝手を知る人に案内してもらいたいので、ここはグラン様に乗っかっておく。
「頼むっすよノワレ……」
「……まあ良いかー……」
あーだこーだ話し合っていると、目の前に巨大な鉄の壁が見えてくる。
賑やかな人々の声と共に、馬車の旅は終わりを告げた。
十メートル程はある大門が俺たちを待ち構えている。
「あれが入り口っすか……」
「そうだ。あれがアルトケス王国の王都、ハイデンの入り口だ」
読んでいただいてありがとうございました!
ノワレ編、終了です。ヒロインが増えて楽しいですね
次回より警察隊編です!
よろしくお願いします!




