第六十九話 激化の龍舞
テーサが針の人物と対峙している頃、少し離れた場所で、ノワレとシュウジはテンカと相対していた。
先程までのノワレとテンカの空中戦に、シュウジの『ウツボカズラ』による磁力操作が加わり、さらなるカオスが生まれた戦場。
「シュウジ、足場!」
ノワレの掛け声に反応し、瞬時に『ウツボカズラ』をノワレの足元へ飛ばすシュウジ。
『ウツボカズラ』を足場とすることで、空中での加速と急激な方向転換が可能になったノワレ。
シュウジが地上から二人の闘いを観察しつつ、適切なタイミングでノワレを援護しているのだ。
その甲斐あってノワレとテンカの空中戦は、まるで龍が舞うような激しいものになっている。
「なしてそっぢばっが援軍が来ょんじゃ!? エスピケスはつかしーっちゅんか!」
戦いの最中、テンカが激昂して叫んだ。
直後テンカの全力の回し蹴りを喰らい、地面に堕とされるノワレ。
そこにもシュウジが『ウツボカズラ』を飛ばし、着地をふわりとアシストした。
「……つか……?」
蹴られた痛みよりも、シュウジに助けられたことよりも、何を言われたのか分からない恐怖が先に立ったノワレ。
意味不明で困惑している彼女の雰囲気を察し、リンゴが小さく補足を入れる。
「あれはサボるって意味ヨ」
「ああー、そういうことー……ねぇ、テンカ? そっちにも援軍の当てがあるんだ?」
ノワレはニヤりと笑いながらテンカにカマをかけてみた。
テンカは嫌そうに顔を歪めながら答える。
「ああ? そがなこといっども言うてながや。そっぢにだげぎょうさんたすげがいられんがようなかだけじゃ」
ノワレの顔から笑みが消え、目を点にしてリンゴに助けを求める。
「……リンちゃん通訳……」
「そんなことは言ってない。そっちにだけ助けが来るのが気に入らない。らしいわヨ」
ノワレは納得したようにふむふむと頷き、即座に言い返す言葉を構築する。
「んー……人望じゃないかな?」
「もどとうぞぐがなにをねづもっけたいこどいよんがや。とうぞぐどものよじりあいを人望じゃいよんでねや」
早口で捲し立てるテンカ。
もちろんその言葉のひとかけらすら聞き取れず、ノワレはリンゴをポンポンと叩いた。
「元盗賊が何を寝ぼけたことを言っているの? 盗賊同士の慰め合いを人望とか言ってんじゃねぇ。って言ってますワ」
「なんで聞き取れるのさ……」
「なぜあれと会話できるんだノワレ……」
いつのまにか後ろに立っていたシュウジが眉を顰めている。
シュウジはリンゴがカバンの中にいることを知らないので、ノワレがテンカと普通に会話できていると思っていた。
「んー……雰囲気? 文脈? かな」
説明するのも面倒なので、適当に自分の手柄ということにしておいたノワレ。
「……聞き取るコツはあるか?」
ノワレは怪訝そうな顔をしてシュウジを見上げる。
「なんでそんなこと聞くのー? 戦いに必要ないよね。ひょっとして、テンカに惚れちゃったの?」
ノワレが意地悪く口元を抑えて笑った。
シュウジは動揺することなく、ふっと小さく笑って言う。
「ああ、あの強さにな。……お前のように恋愛脳で生きていないのだよ俺は」
子どものようにあしらわれた雰囲気を悟り、ノワレが一瞬で不機嫌モードに切り替わった。
「はいはい。そんな大人なシュウジさんなら、ウチの出鱈目な動きも広い心でサポートしてくれますよねー?」
「安心しろ。出鱈目なサポートをしてやるさ」
二人は目を合わせてニヤリと笑う。
盗賊団ミツバチとして共に戦っていた時の記憶が、二人の間に共有された。
ノワレが『シオン』を握り直し、テンカに向けて飛翔する。
二人の会話を律儀に待ち侘びたテンカは、尻尾型アーククラフト『ウツボカズラ』の先端をノワレに向けた。
先端についた発射口から爆炎が噴き出す。
「シュウジ!」
「右いくぞ!」
シュウジが右側からノワレを『ウツボカズラ』で吸い寄せ、爆炎の直撃から救出した。
ノワレはそのまま『シオン』の能力でグルっとテンカの周囲を大回りし、その頭上から踵落としを狙う。
当然それは反応され、テンカが両腕を上で組んで防御した。
「隙だらけだな」
シュウジが二輪の『ウツボカズラ』同士を反発させ、その鋭い刃をテンカの無防備な脇腹に突進させる。
「そげなもん読めるがや!」
テンカは『ワスレナグサ』を天に向け、出力を上げて噴射した。
テンカにかかとをぶつけていたノワレも、一緒にガクンっと急降下を体験する。
「あ、やばっ」
先程までテンカがいた位置まで落っこちたノワレ。
それによってテンカを狙っていた『ウツボカズラ』が、ちょうどノワレの首元へと直進する形となった。
「『シオン』!」
ノワレが向かってくる『ウツボカズラ』に向けて『シオン』を突き出した。
途端に『ウツボカズラ』は進路を変え、真上に飛び上がっていく。
ノワレがほっとしたのも束の間、テンカのオーバーヘッドキックがまたもノワレの体を急襲した。
テンカはそのままくるりと回り、優雅に地上へと降り立つ。
圧倒的な戦闘センスを前に、ノワレは愚痴をこぼすしかない。
「痛ったいなー……やっぱあんたパティシエより軍人のが似合うって!」
よろめきながら起き上がったノワレが身を屈めつつ言う。
テンカの打撃を受け続けたノワレの体はもう限界に近く、この煽りは半ば強がりだった。
「余計なお世話だがや! おめこそいい加減に寝どけ。あだずは王城に行がなならんのだがや」
背筋をしゃんと伸ばしたテンカが、体についた土埃を払いながらノワレを睨みつける。
「王城が目的地か。本気で王の首でも取るつもりか? なぜそんなことを考える?」
シュウジが『ウツボカズラ』を手元に引き寄せつつ問いかける。
「……下手な時間稼ぎは嫌いだがや」
怒気を強めた声で凄み、強く地面を蹴り出したテンカ。
手に握られた鹿角刀の矛先はシュウジの首元へ。
シュウジはワルツを踊るように円を描き、両手に持った『ウツボカズラ』でテンカの攻撃を弾いていく。
「世間話のつもりだったのだがな」
「話の振り方が下手だがや。そげなもんでおどめの時間を奪えると思うなき!」
テンカの攻撃が激しさを増していく。
両手両足に尻尾と、五肢による隙間のない攻撃がシュウジの視界を埋め尽くしていた。
しかし、それに動じる様子もなくシュウジがニヒルな笑みを浮かべる。
「……失礼した。では話の切り口を変えよう。貴様、妖花連合に加わる気はないか?」
テンカの手が止まった。
目を丸くしてシュウジの顔を覗き込んでいる。
「愚問やさ。テロ組織なんぞに入っで何が良いことあるっちゅんや?」
冷たく突き放したテンカ。
袖に振られることは織り込み済みだったシュウジが言葉を続ける。
「アハトが来た時点で、そちらの勝ちの目は無くなったも同然だろう? 貴様ほどの実力者が、ただアーククラフトを失って終わりというのは虚しいのだよ。こちらに付けば今から勝ち馬に乗れるぞ?」
テンカの目がゆらゆらと泳ぐ。
その表情は、シュウジに勝ちを確信させた。
⚫️
『ホオズキ』がテルスの頬を掠める。
ボコボコに穴を開けられた旧ドラクロワ領。
ドロとテルスの戦いが激しさを増すとともに、静かな街並みに血の匂いが染み込んでいく。
「……ちっ。カイナリンのやつ、とんだデマを仕込んでくれたなあ! 『リンドウ』の御使い、面白いじゃねぇかよ!」
事前の会議で、カイナリンからは警戒に値しないとまで言われていた『リンドウ』の御使い。
ドロはハズレを引いたと残念にも思っていたが、今となってはテルスが有利に戦闘を進めていた。
「一人で面白がってるんじゃないわよ」
「つれないこと言うなよ! これ以上に楽しいことがあるってんなら教えてくれや!」
『ホオズキ』が橙色の軌跡を作り出し、テルスの命を奪いにくる。
一撃一撃を丁寧にいなしながらドロの懐へ体を滑り込ませるテルス。
「カハッ……!」
懐に潜り込んだテルスの回し蹴りが、ドロの意識を刈り取った。
しかし、すぐに目を覚ましたドロが再び『ホオズキ』を振り乱す。
「しつこいわね……」
「こんな面白い戦い、すぐ終わらせるほうが失礼だろーが!」
ドロは一度気絶したことで、タガが外れたように突撃を繰り返すようになった。
その勢いに押され、テルスは防戦を強いられる。
ドロの手がテルスの首を掴みそうになった瞬間、テルスが腰にささったレイピアを抜いた。
レイピアの先端がドロの右手を掠め、鋭い痛みがドロに手を引かせる。
「お? 二刀流もやんのかよ?」
「……苦肉の策よ。重くてやってられないわ」
テルスの右手には『リンドウ』、左手には彼女の愛用のレイピア。
重くてやってられないなどと涼しい顔で言い放ったテルス。
しかしその余裕そうな表情とは裏腹に、テルスの頬に冷や汗が伝う。
それは死への恐怖からでも、継戦の疲れからでもなかった。
テルスの体に溜まっていくのは疲れではなく…………魔力。
雄助に比べて小さなテルスの体では、長時間の戦闘はあまりにも負担が大きく……
突然ふらりと体の力が抜けたテルスを見て、ドロがトドメを刺しにかかる。
しかし、もう金輪際『ホオズキ』がテルスに傷をつけることは無いのだった。
「あ?」
急速に動き出したテルスに反応できなかったドロ。
彼の腹にはレイピアが深々と突き刺さっている。
そのままドロの腹を蹴り飛ばしたテルス。
「カハッ……。急に蹴りが重くなったなあ。やる気になってきたかよ?」
ドロの問いに答えはない。
青紫のオーラを全身から放つテルスは、ただ野犬のように吠えるのみ。
「あああああああ!」
「ん? ……ああ、カイナリンが言ってやがった暴走ってやつか。見たところ自我はねぇな」
雷に打たれたような肉割れがテルスの脚全体に広がる。
栗色の瞳を濁らす、群青のオーラ。
多すぎる魔力、強すぎる生命力は、テルスに圧倒的な暴力を与え、それ以外の全てを奪った。




