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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
アーククラフト戦争編
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第七十話 暴虐の細剣士

 稲妻のようにテルスの脚を肉割れが走る。


 強すぎる生命力によって活性化した筋肉が、内側からテルスの筋肉を膨張させていた。


 嬉しそうに『ホオズキ』を振り回すドロに狙いを定め、地面を抉る音とともにテルスが走り出した。

 『リンドウ』とレイピア、その双剣がドロへと襲いかかる。


 それを『ホオズキ』で受け止めたドロ。

 しかしテルスの次なる前蹴りを防ぐことが出来ず、ドロはまたも後方へ吹き飛ばされる。


「……ちっ。パワーはさっきまでの比にならねぇな。だが……」


 『ホオズキ』の八本のモーニングスターがテルスに襲いかかる。


「手数でいけばよ、流石に退がるしか無ぇよなぁ!」


 ドロは先程の攻防で学んでいた。

 手数を増やし、攻め続けることでテルスを押し込めると。


 パワーが上がった代わりに自我を失い、理性的な戦いが出来なくなったテルス。

 そんな彼女になら、なおのこと手数で攻めて頭を使わせるのは有効だとドロは判断した。


「……は?」


 しかし、それは誤った判断だった。


 ドロはテルスがモーニングスターをかわすと思っていた。


 その予想は無惨にも外れ、八本のモーニングスターが全てテルスに命中したのだ。


 その一本一本がテルスの腕に、脚に、腹に、取り返しのつかないほどの傷をつける。

 しかしテルスは一切動じた様子もなく、『リンドウ』を無造作に突き出した。


「痛覚消えんのかよ……バケモンが……」


 『リンドウ』はギリギリでドロの心臓をかわしていた。

 しかし、ドロの体に深くささった『リンドウ』は、彼の魔力を吸い付くさんばかりに青く輝いている。


 『ホオズキ』は、御使いの魔力を消費してモーニングスターを生み出すアーククラフトである。

 『リンドウ』を突き立てられた今のドロには、『ホオズキ』に魔力を使わせるほどの余裕は無かった。


 魔力でできた七本のモーニングスターが虹色の光の粒となり空中へ霧散する。


「……ちっ。傷まで治んのかよ……クソが」


 ドロの目の前で、彼がこれまで積み上げてきたテルスの傷がぐんぐん埋まっていく。


 吹き出していた血も、折れていそうだった 骨も、全てが綺麗な状態に戻った。


 充血した目と、青紫のオーラに鞭打たれひび割れた体だけが、変わらずにそこにある。

 次の瞬間テルスが思い切り『リンドウ』を引き抜き、ドロを袈裟斬りに処した。


「……ガハッ。クソが」


 血を吐いて地面に膝をついたドロ。


 さらに追い打ちをかけるようにドロの胸を蹴り飛ばしたテルス。


 ドロの心臓が止まるまで、もう幾分も時間は無かった。


「クソが……クソが。クソ楽しいじゃねぇかよ……!」


 身体中から血を流し、もう立っているのがやっとであるドロ。

 しかし、彼の戦闘にかける想いは尋常では無かった。


 ただ快楽のため戦う狂った人間。

 傭兵時代から変わらない、彼の生き様であった。


 彼の走馬灯に戦場以外の場所は出てこない。

 気の向くまま、気持ちの良いままに戦場を駆けた、輝かしい思い出だけがドロの脳裏をめぐる。


 テルスが両足に力を込めるのが見えた。

 テルスが超高速で近づいてきて『リンドウ』を振り上げるのも見えた。


 しかしそれに対してドロが出来るのは、せいぜい『ホオズキ』を掲げて防御姿勢をとるのみ。


 魔力を吸い尽くされたドロの体に、テルスの一撃を受け止めるだけの力など残ってはいない。


 彼の体は、『ホオズキ』の鎖と一緒に一刀で切り伏せられた。


 これにてドロの血に塗れた人生は、やはり血に塗れた終わりを迎えた。


 事切れたドロの体を見下ろすテルス。

 その目は未だ、理性を取り戻す気配はない。


「あああああああああ!」


 テルスの絶叫がドラクロワ領に響き渡る。


 ドロの魔力を吸い尽くしたテルスは、もう止まれなかった。


 あたりの民家を豆腐でも斬るように刻み、周囲の道は彼女が踏み込んだ反動でボロボロになっていく。


 しばらくの間、目につく全てに対して破壊の限りを尽くしたテルス。


 その血走った目が、少し離れた位置で戦っているノワレやテンカを捉えた。

 青紫のオーラに身を任せ、栗色の髪を振り乱し走り出したテルス。


 その目の前に、ふわりと降り立った赤毛の旗手がいる。


「もうやめておきなよ」


 テルスの双刀を旗で受け止めたのは妖花連合リーダー、アコ。


 今のテルスの目には全ての人間が破壊の対象として映っている。

 もちろんアコも例外では無い。


「『リンドウ』、欲しいと思ってたんだけどね……これはちょっと要らないかな……」


 アコがくるりとテルスの懐に潜り込み、テルスの突進の勢いを利用して、鳩尾に肘打ちを決めた。


 そのまま咳き込むテルスの口元へ手のひらをあてがったアコ。


 アコの冠型アーククラフト『トリカブト』から滲み出る毒を摂取し、テルスの体から力が抜けていく。

 テルスの中で飽和する魔力が、アコの毒と相殺されていった。


 青紫のオーラも、稲妻のような肉割れも、全てが綺麗になくなるまで、そう時間は掛からなかった。


「……あ……? わたしは何を…………あなたは、アコ……?」

「これ以上……あたし達の街を壊すのはやめてもらうよ」


 アコが目を細めてテルスを見やる。

 テルスは言葉の意味が分からず聞き返す。


「あたし達の……街……? あなたは一体……」


 薄れゆくテルスの意識。


 アコの毒は、『リンドウ』の魔力を上回り、ゆっくりとテルスの体を蝕んでいく。


「……やっぱり覚えてないかな。あたしはアコ…………アコ・ドラクロワだよ」


 懐かしい響きが、テルスの鼓膜を優しく揺らした。


 蘇るのは幼い頃、ドラクロワ領主の娘と遊んだ記憶。

 遊んだのは一回きり。

 名前ももう覚えていなかった。


 赤い髪が綺麗な、よく笑う女の子。

 十年前の内乱で行方不明になった女の子。


 幼い頃の記憶の中で、テルスの意識が途切れた。


 アコはさっと手のひらを引っ込め、大きく一つ息を吐いた。

 あたりを見回し、口を硬く結ぶ。


「病院……どこだったっけな」


 小さな呟きを置き去りにして、テルスを担いで走り出したアコ。

 病院を目指し、古い記憶を手繰り寄せる。


 とうの昔に捨て去ったはずの……ドラクロワ領主の長女、アコ・ドラクロワとしての記憶を。


            ⚫️

 

 真紅の『バラ』と純金の『ヒマワリ』。

 エスピケスの雄牛とアルトケスの獅子。


 ソルカとアハトの闘いは、世界の常識を覆すほどの凄絶さを見せていた。


 ソルカが周囲の物を斬りつけるたびに極太の火柱が立つ。


「炎はもう斬り飽きたよ……!」


 『ヒマワリ』が火柱を、まるで紙を切るように両断していく。


 少し燃えてしまった服の裾を素手で握り、微かな火を揉み消したアハト。


「……切り飽きた? まだ始まったばかりだろう」

「いやあ……さっきまでお宅の動物マニアさんとやり合っててな。ドラゴンの相手までさせられてたんだよ」

「カイナリン……切り札まで出した上に負けたのか……」


 大きくため息を吐き、髪をくしゃくしゃと擦るソルカ。


 そもそもカイナリンがアハトの足止めに失敗した時点で、アルトケス王の殺害は失敗したも同然だった。


 つまり、既に負けたと言っても過言ではない状態なのである。


「そう責めてやるなよ。結構頑張ってたぞ」

「……貴様がここにいることが失敗の証だ。全く彼女には困ったものだよ……」

「じゃあ諦めて帰るか?」


 アハトの煽りに腹を立てることもなく、ソルカがニヤリと笑って『バラ』を構える。


「部下の失敗をカバーするのが上司の勤めなのだよ。それは貴様もよく理解しているだろう?」


 大地を踏み締め、一蹴りでアハトの懐に潜り込むソルカ。


 『バラ』の横薙ぎを『ヒマワリ』が激しく受け止める。


「……お互い苦労してんなあ……」

「本当にな!」


 力のぶつけ合いを制したのはソルカ。

 アハトが後方へと吹き飛ばされた。


 そのさらに後ろには倒れ伏すグランがもがいている。


「すみません、アハト殿……私はまだ動けそうには……」

「無理しないでくださいよ。王子様も守れずに警察隊長なんて名乗れないんですから……命に変えても守ってみせますよ」


 アハトが立ち位置を調整し、ソルカの視線からグランを隠すように立つ。


「命に変えても、か……健気な犬だな」

「お互い様だろ!」


 ソルカとはかなりの距離があったが、アハトは迷わず『ヒマワリ』を振り抜いた。


 極大の遠心力が暴れたことで暴風が生まれ、かまいたちがソルカの全身にチリチリと襲いかかる。


「良い風だ……!」


 ソルカはその暴風によって巻き上げられた無数の石を『カーネーション』で回収し、その一つ一つに『バラ』で傷をつけた。


 発生した無数の火柱が暴風と正面衝突し、暖められた空気は上昇気流を生んだ。

 結果、炎を纏った竜巻があたりの草を薙ぎ大地を焦がしていく。


 その時、二人の間にあったのは奇妙な一体感。

 竜巻が収まった時が勝負の幕開けであるという共通認識。


 風が消え、火が止んだ。


 アハトとソルカが同時に動き出し、剣同士がぶつかる鋭い金属音が響く。


 その音は二人のプライドと故郷の命運を賭けた大勝負のゴングとなって、焼け焦げた草原を駆け抜けていった。

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