第六十八話 雷神の行進曲
針の人物と対峙し、訝しげに首を傾げるテーサ。
「……で、お前は誰なんだよ?」
「…………」
針の人物は真っ黒なローブを頭から被っており、その内側は闇に包まれている。
さらに針の人物は一言も喋らなかったため、その人物を特定できる要素は何一つ無かった。
「まあ、倒してそのローブをひん剥いたら分かることだな」
テーサが錫杖型アーククラフト『ボダイジュ』を振り鳴らした。
神秘的な金色の音と共に『ボダイジュ』の先端へと電流が集まっていく。
数回大きく鳴らした後、テーサは大きく地面を蹴り出し針の人物との距離を詰めた。
流れるような動きで振り下ろされた『ボダイジュ』から雷鳴が溢れ、周囲を雷が埋め尽くす。
「ふむ。あの針には刺されるなと言われたが……向こうが近づいてこないなら何も心配はないな」
針の人物は『ボダイジュ』の電撃を警戒して距離を詰められないようだった。
テーサはこれを好機と見て攻めに出る。
『ボダイジュ』を振り翳し、電撃を纏った錫杖の先端部を直接当てて針の人物の動きを止めようと画策した。
しかし、針の人物を追い詰めていたテーサの前に別の黒い影が躍り出てきた。
「おっ? そっちにも援軍か?」
路地裏から飛び出してきた、四人の黒いローブたち。
針の人物と同じように右手には針を握っており、ほとんど同じ格好の五人が並んだことになる。
次の瞬間、五人の影が縦横無尽に移動しながらテーサとの距離を詰め始めた。
「……まずい。どれが最初のやつだ……?」
あまりにも見た目が似通っていたため、テーサは御使いを見失ってしまった。
目を凝らし敵を一人一人確認するも、本当に違いがなさすぎてどれが御使いか分からない。
そうこうしているうちにテーサは五人の影に周囲を取り囲まれてしまった。
「……うー……分からん! まとめて焦げろ!」
テーサは特定を諦め、『ボダイジュ』の雷による全方位攻撃に踏み切る。
金属の輪っかが擦れる音と共に、電撃が網のように周囲の地面を駆けた。
しかしそれは軽快な動きで回避され、次の瞬間テーサに向けて五本の針が向かってくる。
どれがアーククラフトか分からないため、テーサは無理な体勢を取ってでも全てを回避するしかなかった。
四方八方へ体を投げ出しながら回避を続けるテーサ。
しかしどれだけ針をいなしても、針の人物たちによる連携の取れた包囲から逃げ出すことができない。
そうこうしているうちに少しずつ狭い路地へと追い詰められていく。
ふと針の一人がテーサの背後に回り込み、彼を羽交締めにした。
途端に他の四人の針が、露出したテーサの肌へと迫る。
「全部は無理……! ならこれだろ!」
テーサは全てを避けるのは不可能だと判断し、一番体の中心に近い位置に迫ってきていた針を蹴り上げた。
残りの三本は、テーサの体に深く刺さってしまう。
まさに絶体絶命だったが……
「……よっしゃあ! 操られてない! やっぱり真ん中のやつがアーククラフトだったか!」
テーサは百パーセント勘だけで中心に近い針を蹴り上げたが、どうやらそれが本命のアーククラフトだったようである。
テーサの日焼けした首筋に冷や汗が滴る。
「これはもう出し惜しみも無しだな。この後しばらく動けなくなるけど……来い、『ガジュマル』!」
自分を羽交締めしていた針の人物をパワーで振り払い、テーサは笛型アーククラフト『ガジュマル』を吹き鳴らした。
風と共に五匹の精霊が召喚され、即座にテーサの指揮下に置かれる。
すぐさま一匹の精霊が空高く舞い上がった。
上空で静止し、戦場を俯瞰する精霊。
その時、テーサの後ろにいた針の人物が、音も無くテーサの背後に忍び寄った。
その右手の針がテーサの首の動脈を切り裂こうと這い寄ってくる。
「……残念だが、こうなった俺様に死角はない」
テーサは後ろを振り向くことなくローブの接近を察知し、『ボダイジュ』を真後ろに振り下ろして殴り倒した。
様子を伺うようにジリジリと退がる他の針たち。
「驚いたか……? 師匠から受け継いだ、『ガジュマル』の戦術奥義……トラスト・マヒナ!」
『ガジュマル』は咥えている間、精霊と視覚を共有できる能力を持っている。
月のようにテーサの上空に陣取った精霊。
テーサはその精霊の視覚を使い、まさに戦場を鳥瞰していた。
後ろからの奇襲も、上から見下ろしているテーサにとっては子供騙しでしかない。
自分自身と戦場を俯瞰すること、それこそが歴代のミリモウイに伝わる戦術奥義、トラスト・マヒナである。
笛を咥えたままニヤリと笑い、『ボダイジュ』を大きく鳴らすテーサ。
発生した雷は、『ガジュマル』によって召喚された精霊たちの小さな体にまとわりついていく。
電気エネルギーの塊となった精霊が猛スピードで針の人物に体当たりし、一瞬で一人を昏倒させた。
「あと……三人!」
一斉に残った針へと襲いかかる精霊たち。
雷を纏った精霊が描き出す金色の閃光が、縦横無尽に空間を埋め尽くしていく。
その軌跡に捕まり、一人また一人と昏倒する針の人物たち。
「残るはお前だけだ!」
「…………」
テーサが『ボダイジュ』を地面に突き、シャランシャランと儚げな金属音を響かせた。
『ボダイジュ』は雷の槍と化し、テーサと共に敵へと襲いかかる。
針の人物の目と鼻の先で降り注ぐ落雷。
針の人物はたまらず踵を返し全力で逃亡を開始するも、雷神のごとく雷を操るテーサによって一撃を背中にくらった。
「おお、なかなかおしゃれになってきたじゃねぇか! 観念しな、俺様と『ガジュマル』からは逃げられねぇよ!」
雷で焼けこげ、背中の布がぱっくりと空いた黒いローブを見てテーサが言った。
テーサが近寄りローブを剥ごうとすると、倒れていた針の人物が自分の体に針を刺した。
その瞬間、到底立てるような傷では無かったはずが、針の人物は何事も無かったかのようにすくっと立ち上がった。
「え?」
テーサが戸惑った一瞬をつき、針の人物は急加速で逃げ出した。
「……あいつ……! 自分を洗脳して無理やり体動かしてんのか!? 怖っ!」
テーサも慌てて後を追いかける。
針の人物は逃げる途中、戦意を喪失して隠れていた警察隊員たちに針を突き立てていった。
ソルカの最初の大技によって恐怖で震えていた隊員たちは、その針の一刺しによって針の人物に都合よく認識を変えられ、テーサに向けて武器を振い出す。
「……くそっ! 流石に同盟国の兵士は勝手に殺せねぇよ……」
テーサは向かってくる警察隊員たちを殺さないように一人ずつ昏倒させていく。
やっと全ての操られた隊員たちを気絶させた時、既に針の人物の姿は彼の視界には無かった。
「……逃げ足早いな。精霊は……?」
テーサは警察隊員が向かってきた時、とっさに精霊に指示を出し、針の人物の背後を付けさせていた。
しかし、『ガジュマル』を咥えてもその精霊からの映像は受信できない。
精霊はある程度ダメージを受けると倒され、ただの魔力に還ってしまうのだ。
「精霊は倒されたな…………これは……俺様の勝ち、では無いよなあ……」
テーサがふらっとその場へ崩れ落ちる。
大量の脂汗がテーサの額を濡らしていた。
『ボダイジュ』『ガジュマル』共に魔力を多大に消費するアーククラフトであったため、テーサにはもう歩く元気すら残っていなかった。
戦場にほど近いその場で寝込むわけにもいかず、テーサはしばらく脱力感と戦いながら路地裏でひっそりと座り込むことになった。




